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インド視察記-3〜AMDA奨学金〜(2019/11/4〜19)

公開日:2021年01月28日
 
AMDAグループ代表 菅波 茂
 

ビクラム氏と筆者

2019年11月11日午前11時。ジーナアミタッブ学校を訪問しました。貧しい家庭の子ども達が対象です。事務局長はビクラム氏です。52歳です。驚くべきことに、彼が人と話をする時に、彼の眼は瞬きを全くしません。普通の日本人なら耐え切れずに視線をずらすと思います。彼の眼をとてもかわいらしく感じているので、視線をずらすことなく対応しています。

彼がこの学校を始めた動機は、彼自身が貧しい子供時代を送り、ブッダガヤにある印度山日本寺の菩提樹学園で日本語としつけなどを教えてもらった経験からでした。彼の学校を訪問する時には必ず全生徒が参加する歓迎式をしてくれます。歓迎式の開始にはこの地域でも有名な合唱団(5名)が歓迎の歌を歌ってくれます。私にとってはウイーン少年合唱団くらいの価値があります。この歌の後にビクラム氏の歓迎のスピーチがあります。その後に、私の挨拶が続きます。「よく勉強して、将来は日本とインドの懸け橋になってください」がその内容です。
 

ビクラム氏の学校で歓迎を受ける筆者

ビクラム氏の学校でスピーチをする筆者


今回はビクラム氏にAMDA奨学金の提案をしました。「毎年、1万円を成績優秀な生徒に奨学金として提供します。1万円を分配する人数と選択はお任せします。そして、5年毎に奨学金受賞者から1名を日本に招待したい」という内容でした。ビクラム氏は大変喜んでくれましたこの奨学金の意図は日本に関心を持ってもらいたいことに加えて、現在世界経済に大きな影響力を及ぼしている中国の次に来るインドの時代に備えた人材育成の視点もあります。

 

歓迎の歌

生徒たち


彼の自宅における夕ご飯に招待されました。ブッダガヤを流れる川べりにある大きな家でした。驚いたことに12家族50人が同居する大家族でした。初めて大家族共同生活制の生活環境を経験しました。大家族の運営は兄弟間で決める。同時に、兄弟の職種は様々で助け合っているそうです。親睦を深めるために毎週1回は必ず食事を共にしているとのこと。

昭和44年の学園紛争の時に岡山大学が全学ストライキで休校になりました。私はこの時に東南アジアから南西アジアに加えてイランからクウェートまで10ケ月間のほろほろ旅をしました。その時には、ブッダガヤにはホテルが無くて仏教寺院の宿坊に宿泊をしました。それから50年後のブッガヤの変容はすさまじいものがあります。ホテルが多すぎて、過当競争になり、既にいくつかは売りに出されています。10年後あるいは20年後に訪れると予測されているインドの時代には経済の発展によりブッダガヤはもっと変容すると思います。この時代には、ビクラム先生の生徒たちは成人になっています。何人がAMDA奨学金受賞者としてこのブッダガヤで活躍しているのか楽しみです。

同時に、心配なことがあります。ブッダガヤには仏教の聖地として、アジア各国の仏教寺院があり、アジア各国から多くの信者がお参りに訪れています。11月から2月の気候の涼しい乾季にはどこのホテルもいっぱいになります。しかし、日本からの参拝者は年を追うごとに減ってきています。

日本の仏教は「祖師仏教」といって、仏教の各宗派を開いた人たちが開祖として尊敬されています。例えば、鎌倉時代の仏教では、天台宗の最澄、真言宗の空海、日蓮宗の日蓮、曹洞宗の道元、臨済宗の栄西、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞などです。ブッダガヤには2〜3の宗派の仏教寺院がありますが、僧侶1名が常駐している寺院は1〜2です。

国内には有名な仏教系大学があります。しかし、その学生たちがブッダガヤに訪れることもあまりなさそうです。仏教系大学の学生あるいは各宗派の若い僧侶を次の3つの理由で1年間前後のインターンシップをブッダガヤで実施することを提案したいと思います。

1)お釈迦様ゆかりの地を追体験する。ブッダガヤでは修業された洞窟、スジャータから牛の乳粥をいただいた村、悟りを開かれた場所。できれば他の仏教聖地の訪問。
2)アジア各国寺院の僧侶たちとの交流と国際感覚の養成。
3)インドの最貧州であるビハール州における社会福祉事業活動。

仏教で聖典とされているたくさんの経はお釈迦様と弟子との対話です。いわゆる知識です。知識を智慧に昇華するのは経験です。インドの人たちの生活環境と倫理道徳は日本に住む私たちとは多くの点で違います。

日本に住む私たちの倫理道徳は、「1)人に迷惑を掛けてはいけない、2)嘘を言ってはいけない、3)困った時は助け合う」です。この倫理道徳を守っていると、インドの社会では生きていけません。インド社会ではインド社会の慣習にもとづいたもっと別の大切な倫理道徳があります。

インド仏教と日本仏教は同じではありません。お経を読む人の時代背景と生活環境によって解釈が異なってきます。少しでもその差を埋めてくれるのはインドでの生きた経験しかないのではと思っています。


 

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