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2020年6月29日 岡山空襲戦没者追悼式典出席

公開日:2020年07月02日
 

AMDA中学高校生会副リーダー
岡山県立岡山朝日高等学校3年
政木 悠布


  6月29日、岡山空襲から75年を迎え戦没者追悼式が岡山市役所で営まれました。今年は新型コロナウィルス感染予防のため規模が縮小され開催されました。岡山市からの依頼で青少年代表として出席し、追悼のことばを述べました。その時の内容を紹介します。


 追悼のことば   平和への誓い 通い慣れた学校への道を自転車でいく景色の中に、西川があります。春には桜の木が美しく咲き乱れ、クリスマスの時期には、あたり一面が壮大なイルミネーションで輝くそんな素敵な場所も、75年前は、人々が苦しみ嘆く地獄のような場所でした。私たちの町、岡山市は、上空に現れたB29に1時間半もの間に10万発近い焼夷弾を投下され、一瞬にして焦土と化しました。この穏やかな日常からは想像もつかない惨事が、1700をこえる尊い命を奪ったのです。
その苦しみは、その後も続きました。目の前で無残にも大切な家族や友達を失った方々や、遠い戦地で戦う兵士となった家族を想い、その帰還を待ち続けて叶わなかった方々。そして戦死の報を受けても、遺骨が帰ってこず、虚しさと苦しさだけが残った方々。その苦痛を、当時の人々は乗り越えてきました。その事実と想いを私たちは決して忘れてはいけないと思います。

私は、知覧の特攻平和会館を家族と訪れたことがありますが、そこには、若くして爆弾を装備した飛行機に乗り、敵艦に体当たりして散った若者たちの写真と言葉がたくさん残されていました。自分と歳の変わらないこの若者たちが、今の私のような恵まれた生活をすることなく、お国のために命を落とすことを厭わなかった様子を、言葉なく、ただただ涙を流しながら目の当たりにすることしか、私にはできませんでした。
御霊の安らかならんこと、そしてそのような悲劇が二度と繰り返されないこと、恒久の平和を祈って、私にできることを探していきます。

戦争はどこまでも悲惨で、どこまでにも悲しみの渦を広げていきました。それは私の身近な人のもとにも押し寄せていた過去があったことに、私は全く気がついていませんでした。
幼いころ、隣の家で私を実の孫のようにかわいがってくれた、今は亡きじいちゃん。戦時中操縦していた飛行機が敵機に撃墜されミャンマーに墜落し、一命をとりとめたけれど、終戦後4年間も帰国できなかった方でした。幼かった私には、じいちゃんから直接体験を聞く機会はありませんでしたが、新聞記事などに掲載されていた数多くの、じいちゃんが執筆した随想記を通して、その思いに触れました。戦争がどれだけ人の心と体を傷つけてきたのかを考えると、二度と起こしてはならないと奮い立たされます。
今の私よりも若くして少年飛行兵となったじいちゃんは、ビルマ戦線で死を覚悟し戦ったこと、戦地で多くの仲間の命が失われていくのを目の当たりにしたこと、死の歩行と言われたインパール作戦の道中を、よろめき歩く日本人部隊を見たこと、内地に戻ってからは戦死した同僚たちの遺族のもとへ遺品を持って訪れ、全滅した部隊の中でたった一人生き残った者として、最期の様子を遺族に語り伝えたことなどが鮮明に描かれていました。そんな経験をしたじいちゃんは、のちに日本航空のパイロット第1期生となり、戦後の日本の復興を支えてきました。じいちゃんは戦没者の冥福を祈るとともに、世間に向けて戦争の真実を発信し、私のように今を生きる孫の世代にまで思いを残してくれました。こうやって悲しみを乗り越え、自らを奮い立たせてきた方々のおかげで、平和の礎が築かれたのです。この環境があり今を生きられるということに感謝して、私たちは平和な世界に向けて進んでいかなければなりません。

私は、今まで歩んできた道のりの中で、平和を目指す機会をいくつも与えてもらいました。その中でも、AMDA中学高校生会での3年間にわたるボランティア活動は、世界情勢や社会問題を自分のこととして捉えるのに大きな影響をもたらしました。AMDA中学高校生会は、災害で被害を受けた地域や紛争地域に医師団を派遣する、国連NGO団体 AMDAの中で、学生によって運営されています。毎月の定例会で、世界各国で起こる問題を把握した上で平和の意味を考え、平和を築くために私たち学生にできることは何かという議論を重ね、実行に移します。私は、その活動の一環として、大災害を経験し復興に向かう東北地方、南海トラフによる影響が大きいとされる高知県、そして国際的・医学的視点から平和を考えるためにインドネシアを訪れました。国や文化、歴史に違いはあっても、私たちは助け合うことができます。お互いを認め合い、寄り添うことで、相互理解が達成され、平和に近づけるのだと思うようになりました。

それでも、平和とは何を意味するのか、平和に向けて何ができるのか、その問いかけに終わりは見えません。しかしそれは、ずっと心の中にあってもいい疑問だと私は思います。今の自分が、今この時に、何ができるのか。これを一生かけて追い求めながら、ここにいる皆さんと、そして世界中の人々と、あたたかい平和な未来をつくっていきます。この誓いが、岡山空襲や戦争で尊い命を落とされた方々への追悼になりますよう、ここにもう一度ご冥福をお祈りし、追悼のことばとさせていただいきます。

追悼式に参列した感想を紹介いたします。
平和希求のために何ができるかを見つめ直すよい機会を頂けたと思っています。先人の経験を私たちの世代が受け継いで、AMDAでの活動などを通じて世界平和を追求しつつ、自分にできることを一生かけて探していきたいと感じました。


 
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