岩尾 智子

2025 年9 月30 日、フィリピン中部のセブ島沖でマグニチュード6.9の地震が発生。続いて、10 月10 日、フィリピン南部ミンダナオ島沖でマグニチュード7.4 と6.8 の地震が相次いで発生しました。地震発生直後より、AMDA フィリピン支部および現地協力団体Asian Center ofExcellence in Development and Security(ACEDS)と連絡を取り合う中で、両者からAMDA へ支援要請がありました。これを受け、日本から看護師2 名、調整員1 名からなる救援チームをフィリピンに派遣。さらに、日本人看護師1 名と現地調整員1 名がフィリピン各地からチームに合流し、支援活動を行いました。

岡山を出発する派遣チーム
< 10 月12 日~ 17 日:ミンダナオ島での活動>
日本から派遣された一行は、10 月12 日に岡山を出発し、翌13 日に、ミンダナオ島でともに活動を行うフィリピン支部およびフィリピン空軍と、同島のダバオ空港で合流しました。翌日から2 日間かけて、フィリピン支部、空軍予備役関係者ならびに現地ボランティアの方々にご協力いただき、支援物資の買い出しと、梱包などの準備を夜中まで行いました。
16 日、チームは二手に分かれて活動しました。1 つ目のチームは、拠点としていたダバオから車で片道7 時間程かかる、被災地の中でもアクセスが困難なダバオ・オリエンタル州カラガ町に向かいました。町内の大学、コミュニティーセンター、ヘルスセンターの各代表者に、合計300 世帯分の食糧(お米5kg、インスタント麺、魚やコーンビーフの缶詰、コーヒー、クラッカーなど)を預け、後日、それらを各代表者から被災した世帯に配布していただきました。

空軍との物資支援(カラガ町)
2 つ目のチームは、ダバオ市トリル区にある2 つの小学校で、子どもを対象としたメンタルヘルスプログラムを行い、230 人以上が参加しました。参加者はグループに分かれて、地震が発生した時の様子を絵に描いて発表。「今後地震があったらどうしたいか」「自分は将来どうなっていたいか」などの質問に答えたりしました。また、懐中電灯、救助ホイッスル、飲料水などの防災グッズと、絆創膏、ハサミ、 濡れティッシュ、マスクなどの応急処置キットが配布されました。
翌17 日は、震源に近いダバオ・オリエンタル州マナイ町で活動しました。この日は、メンタルヘルスプログラムに加えて、医師による診察と薬の処方も行われ、地元住民100 人が受診しました。メンタルヘルスプログラムに参加した約300 人の子どもたちには、水筒、救助ホイッスル、マスクなどが配られました。

メンタルヘルスプログラム(ミンダナオ島)
< 10 月18 日~ 21 日:セブ島での活動>
10 月18 日、セブ島に移動した派遣チームは、フィリピン支部とともに、セブ州知事を表敬訪問し、ミンダナオ島での活動とセブ島での活動予定を報告しました。知事は災害大国である日本からの被災地支援に謝意を述べられ、災害発生時に被害を最小限に留めるために行う、日本の防災訓練に関心を示されました。

セブ州知事を表敬訪問
翌19 日、震源近くのセブ島北部に位置するメデリン町北ラミンタックと南ラミンタック地区で医療相談と子どもを対象としたメンタルヘルスプログラムを実施し、200 人以上が参加しました。子どもたちにはお菓子などの物資も配布しました。

メンタルヘルスプログラムの様子(セブ島)

フィリピン支部医師による医療相談(セブ島)
20 日には、ACEDS 関係者に調整していただき、メデリン町長を表敬訪問しました。これまでの活動を報告するとともに、町内の被災状況を確認し、意見交換を行いました。
後日、メデリン町から「AMDA からの支援により、災害対応などの緊急時に使用する備品として、倒木伐採用のチェーンソー、道路の亀裂等を注意喚起するための警告テープ、一時的な避難所として利用可能なテント、安全手袋を購入した」と報告がありました。日本からの派遣チームは全ての活動を終え、10 月22 日に帰国しました。
帰国後の報告会で、派遣されたスタッフは、「被災地では地震の揺れに慣れていない方が多く、私たちが気付かない震度1 程度の揺れにも敏感に反応する。頻度は減少傾向にあるものの、余震は続いており、簡易テントを立てて暮らしている方も大勢いた」と話しました。
現地では、度重なる余震により不安定な生活が続いており、今後も被災者のメンタルケアが必要になる可能性が考えられます。AMDA は引き続き、現地と連絡をとり、被災地のニーズに応じて支援を検討していきます。