モンゴル国ウランバートルの平和記念祭に参加して – AMDA(アムダ)
救える命があればどこまでも
特定非営利活動法人アムダ
国連経済社会理事会総合協議資格NGO

モンゴル国ウランバートルの平和記念祭に参加して

AMDAボランティア    矢部賢次
AMDAボランティア 矢部朝子

2015年のインドネシアスラウェシ島の慰霊祭に参加して以来、2年振りに夫婦揃って平和記念祭に参加できたことは、この上ない喜びであり、今回お世話をしてくださったAMDAの皆様には本当に感謝している。

初めてのウランバートルは想像していた以上に車社会であり、一日中が交通ラッシュの状態には圧倒された。また、笑顔が素敵で温かい人達に触れる機会を多く経験させていただき、あっという間の5日間であった。

今回の旅は、岡山空港から韓国仁川空港経由でウランバートルまで夫婦二人だけのフライトだったが、楽しくもあり不安でもあった。

チンギスハーン国際空港に近づき大草原が見えた時、これからの5日間を思うと少年のように心がワクワクした気持ちになったことを今でも思い出す。

モンゴル国への入国審査もスムースに通過し、AMDAが手配してくださったお迎えの方ともお会いでき、無事ホテルにチェックインした。

その日、AMDAの菅波代表、難波妙さん達は数百キロ離れている村での眼科検診のため深夜にならないとホテルには帰れないとのことで、ご対面は翌朝になった。

 

日本人慰霊廟

ガンダン寺はモンゴル最大規模のチベット仏教寺院で僧侶が5千人、6歳以上の少年僧が160人修行しているとの説明を受けた。寺院の建物内には、高さ26メートルの観音が安置されており、ガンダン寺の僧侶、少年僧及び宗教法人大本の方々により「平和祈願祭」が厳粛に執り行われた。我々も霊に手を合わせ、そしてこれからの平和を祈った。

祈願祭の後、少年僧が勉強に使用しているゲルに移動して、少年僧と菅波代表以下AMDAスタッフとの交流が行われ、私達も同席させてもらった。彼らの今一番の望みが、「文房具が欲しい」「お腹一杯食べたい」の二つと知った時、私は少しでもその望みが叶えられるように努力したいと思った。
 

また、AMDAスタッフの発案により、予定外ではあるが、翌日少年僧の眼科検診を行う事が決まった。

その後、ツォーモーご夫妻の案内で、戦争で犠牲になった日本人のお墓にお参りした。モンゴル国内には日本兵の眠るお墓が16か所あり、今回はその内のダムバダルジャーという村の慰霊廟を訪問し合掌した。ここには835人もの日本兵が祭られており、これまでには日本の皇太子殿下や政治家の方々も多数訪問されていた。







翌日の眼科検診では、少年僧よりガンダン寺の大人の職員が多数検診に来られたのには驚いた。いままで一度も健診を受けたことのない彼らは不安そうであったが、検査の結果異常がないと分かると安堵した笑顔を見せた。先生達は、手際よく次々と検査を進め、近視や弱視のためメガネの必要な人、手術の必要な人に分かりやすく、優しく説明をされた。私達も少しだけ検診のお手伝いをさせていただいた。

チンギスハーン像の前で
ツォーモーご夫妻とともに

また、モンゴル国立医科大学で行われた菅波奨学金授与式にも同席させていただき、大学関係者と学生から大変感謝されている菅波代表を間近で拝見するなど、誇らし気持ちを共有できたことも貴重な体験であった。

AMDAの方々は、超多忙なスケジュールでしたが、私達はウランバートルから50キロ離れたツォンジンボルドグというチンギスハーンの巨大像のある公園を散策、チンギスウルゴーでの昼食、モンゴル音楽ショーの鑑賞、充実した美味しい食事、トルコ人が犠牲になったトニュククという土地などを案内していただき、孫の土産に、羊のひざ関節で作った「シャガエ」というサイコロを2組買った。

とても有意義で貴重な5日間であった。