ドロテア・アグネス・ランピセラ (ハサヌディン大学教授、AMDAインドネシア支部)

インドネシア南スラウェシ州にあるAMDAマリノ農場は2013年末から有機栽培による米の生産を始めました。現地マリノ村から2人の農家が岡山県にある新庄村にて6ヶ月間研修を受け、自国に戻って農場を開いたのがその始まりです。
当時栽培に適した米として選ばれたのは、地域原産のアセロンポと呼ばれる種の白米でした。その理由は、この米が、地域において、最も品質の高い作物の1つであり、州都マカッサルから同地を訪れる人がわざわざ買い求めるほどだったからです。
もともとアセロンポは、栽培期間がおよそ7ヶ月にもおよび、手作業で収穫するという非常に手間のかかる品種であったため、生産そのものが減少傾向にありました。AMDAが支援の手を差し伸べたことにより、生産者の収入がまず向上し、それに伴い、この品種に対する地域のプライドが改めて高まりました。その結果、かつて伝統的に行われていた環境にやさしい農業の復興へと繋がったのです。
事実、この米を栽培し、維持していく方法は、旧来より地域で行われていたものでした。しかし、米の増産と効率化を目的に合成殺虫剤や化学肥料が導入されたことで、伝統的な農業は少しずつ失われていきました。
マリノ農場が開設されてからの最初の2、 3年は、有機農業の有効性を周知するために費やされました。その後、次第に生産者たちの間で理解が広まり、有機農法でアセロンポを栽培する農家が増えていきました。
栽培プロセスは、マリノにいる直轄のスタッフが記録し、またマカッサルにいるスタッフが定期的に現地を訪れて、モニタリングを行いました。2015年には、日本から派遣されたAMDA本部の職員が積極的に生産管理に関わり、毎年の米の出来高を予想するなどしました。その後の日々の生産については各農家が記録しています。
栽培は、11月から12月に行われます。農家はこれに先がけて、籾殻薫炭やコンポスト、家畜のふんなどの肥料、木酢液や泥漿を発酵させた天然の防虫剤などを準備します。
2018年、マリノ農場では、消費者の声に応じて、同じアセロンポでも、白米から赤米に主要作物を切り替えました。当時、オーガニック作物はそれほど認知されておらず、有機白米の市場も非常に限られていました。一方で、赤米は、糖尿病の患者、妊婦、子育て世代の親たち、健康意識の高いアッパーミドル層の潜在的な需要が見込まれました。
販売当初、有機米はAMDA関係者の間で広まり、その後、スタッフが手売りをするなどして、売り上げは継続的に伸びていきました。初めて収穫された1.3トンの米は1ヶ月以内に完売。当時、最大の流通先は、南スラウェシ州シドラップと南東スラウェシ州ケンダリシティの取引先でした。またシドラップでは、プスケマスとよばれる地域の保健所でも、妊婦や赤ちゃん、幼児向けに赤米が販売されました。
しかしながら、2020年のコロナ危機により赤米の需要は激減。都市封鎖ならびに市民の収入減少により、赤米は贅沢品となってしまったのです。その結果、農家がすべての米を売り切るのに1年かかりました。
こうした状況に対処すべく活路を見出したのがFacebookを使った販売でした。また当時高まっていた衛生マスクの需要に応えるべく、米粉を原料としたマスクをシドラップの業者と共同開発し、特許を申請しました。これは南スラウェシ州のブギス族に伝わる伝統的なマスクからヒントを得て考案されたものです。
SNSおよびeコマースの活用により、マリノ農場の商品がこれまで以上にエンドユーザーに届くようになりました。また2021年より零細・中小規模事業者による小売も伸びています。
インドネシアのオンライン商用プラットフォームであるTokopediaとShopeeを活用することで、商品をパッケージ化して発送できるため、スラウェシ全土に流通が可能となりました。2022年からはeコマースを通じた販売に加えて、毎週火曜日と土曜日に直接消費者に商品を届けるサービスや、取り扱い店舗とのパートナーシップ契約による販売も開始しました。
また2023年には有機商品認証と広域的な流通の許可を取得し、より幅広い層のマーケットに商品を販売することが可能になりました。
マカッサルでは、商品の自宅配送サービスに加えて、小規模の商店やコンビニエンスストアなどを通じて、赤米が販売されています。全体の内訳は、ネット販売が40%、自宅配送が40%、契約店舗での販売が20%を占めています。毎月AMDAでは100キロから200キロの赤米を農家から引き受け、これまで築いてきた販売網を駆使して販売しています。
販売促進はFacebookやInstagramに広告を出すなどして行っています。またSNSの活用は、有機農業や日々の栽培プロセスに対する消費者の理解を深め、健康的な食生活やライフスタイルを推進する上でも一役買っています。
先にも述べた通り、有機商品としての認証を受け、また広域的な流通の認可を得たことで、今年はスーパーマーケットを対象に赤米の販路拡大を行う方針です。売り上げが増加すれば、より多くの農家が有機農業へと転向することに繋がるかもしれません。その時々における商品開発のトレンドを追いながら、商品の競争力を高めることで、マーケットにおける固定客の創出に繋げていきたいと考えています。
赤米商品パッケージの変遷

マリノでは、米農家の間で定期的に寄り合いが持たれ、これが有機農業を未だ経験していない生産者を啓蒙する場となっています。
生産者にとってのアセロンポの価値
コロナ禍は誰も予想していなかった出来事でした。2020年3月、田植えから3ヶ月目を迎え、収穫まであと4ヶ月となった頃、生産者たちの誰もが不安の色を隠せませんでした。地域間の移動制限により、何トンにもおよぶトマトが行き場を失い、廃棄されました。トマトの流通で被った損害は甚大で、投じた資金をとても回収できる状況ではありませんでした。
その後、米の収穫時期が到来するものの、消費者の購買力も低下しており、米の売れ行きも停滞しました。前年には販売から1ヶ月で完売していた米が、すべてを売り切るのに1年かかるという有様でした。
こうした状況の中、少しずつ備蓄米を農家が農家から買うという解決策について話し合いが持たれました。生産者に個人的に話を聞いたところ、「籾のままの状態であれば、それでも構わない。重要なのは米を精米していない状態で保存しておくことだ」ということでした。また、マリノ農場のスタッフによれば、「アセロンポは精米しなければ、品質が劣化することなく2年間保存することが可能で、それ以降も、炊飯の際、水を少し多めにし、炊く時間を長めにすれば問題ない」という話でした。
他方、コロナ禍は生産者の生活を直撃しました。農家の一人、インマ氏は金策に困り、1リッターあたり8,000ルピア(約70円)という非常に安い価格で有機米を売らなくてはなりませんでした。またダエン・プディン氏は赤米100キロ分の在庫を抱え、後にそれをAMDAが買い取ることになりました。
通常の場合、収穫された米は農家の屋根裏に保存されます。屋根にあたる日光が米を乾燥させるためです。また、各家には納屋があり、そこで米が貯蔵されるため、次の収穫期まで家族が食べる分に困ることはありません。
米の生産には、農地を所有する地主、農作業を行う日雇い労働者、精米機の所有者など、段階に応じて様々な人が関わっています。赤米を栽培することは、このようなサイクルで地域の人々の収入向上に貢献しているのです。インマ氏の場合、赤米から得た利益で、自宅の台所を改装しました。また。ダエン・プディン氏やダエン・サナ氏は家族の貯蓄を増やすことができました。

生産者のストーリー : 「田んぼでの生活」
アセロンポの田植えは、“雨季にかかっている”と言っても過言ではありません。マリノ村では灌漑設備に頼らず雨水で農業を行う天水農業を行っています。この地域では、雨季に非常に強い風が吹き、絶え間なく雨が降るため、農家の苦労は並大抵のものではありません。その間、気温も著しく低下します。
朝6時、雨が降りしきる中、農家たちは粗末な雨合羽を纏い、弁当の入った籠だけを持って田んぼに向かいます。有機の土壌に苗を植える彼らを雨と霧が見守ります。
通算でおよそ7ヶ月かかる有機米の栽培は、必ずしも毎回うまくいくわけではありません。稲が生育不良を起こすこともあれば、収穫前に害虫や鳥などの害獣に食べられてしまうこともあります。栽培から最初の1ヶ月は湿度も高く、稲も若くて柔らかいため、アオムシに食べられてしまいます。米が実り始めると次にやってくるのがネズミです。通常の場合、ネズミは水を嫌うため、他の地域では、その対策として田んぼに水を張ります。しかし、マリノのネズミたちは、水の中を泳ぎ回るほど水を好むため、マリノでは逆に田んぼを乾かすのです。
田んぼの除草作業は、鍬を使って手作業で行うことにより、稲に日光が十分に行き渡ります。隠れる場所を失ったネズミたちは、新たな住処を探してよそへと移動します。
4ヶ月目に入ると、田んぼは稲穂で覆い尽くされます。この時期、稲の養分を吸う害虫が出現します。2種類いるうちの1つは、米が硬くなってきた時に実を喰らいます。夜明けと夕暮れ時に、生産者はブンレと呼ばれる虫かごのような道具を使って駆虫を行います。また鳥に関しては、田んぼに建てた竹製のポールと自宅をワイヤーでつなぎ、ポールを揺らして追い払います。ただし、すべての鳥が逃げるわけではありません。

有機農業の原則は、害虫と害獣の駆除に徹することです。したがって、被害が出る前に策を講じることが重要となります。
栽培2ヶ月目には木酢液と米を発酵させた液体を稲に撒き、4ヶ月目と5ヶ月目にはペトロオーガニックと呼ばれる肥料を与えます。
「今年の米粒は昨年と比べると大きい」と生産者のダエン・サナ氏は言います。農家同士、お互いの作物が順調に育つのを見るのは嬉しいものです。有機米の栽培は7ヶ月におよびますが、毎度同じ結果になるとは限りません。それでもなお生産者たちは米を生産し続けています。私たちが彼らのことを「アセロンポのプロ」と呼ぶのはそのためです。