理学療法士 西嶋 望
2015年4月25日ネパール中部で発生した地震から3年が過ぎ、AMDAによる障がい者支援プロジェクトは本年5月末で第三期活動を終え、6月からは第三期のまとめ作業と第四期にむけた準備が行われ、7月より本格的に第四期活動が動き始めております。今回は第三期活動の総括について報告いたします。
第三期活動期間:
2017年4月1日から2018年5月31日。
活動内容:
訪問リハビリテーションと訪問ピアカウンセリングをセットに行う訪問活動を主とした個別対応(一部はパートナー団体の事務所に来て行うリハビリテーションやカウンセリングも含まれる)、物資の支援(車いすや福祉用具、衛生管理のための物資等)、障害者スポーツの後方支援(国際車いすバスケットボール大会の開催と障がい理解のための体験コーナーの実施)、IDOBATA GAFU Program(訪問活動先での近隣住民との障がい理解促進プログラム)、バリアフリーキャンペーンの後方支援(市町村役場を対象とした障がい理解促進キャンペーン)
第三期の対象者:
・訪問活動を主とした個別対応の対象者 =述べ121名
・物資の支援の対象者 =述べ256名
・障害者スポーツの後方支援参加者 =述べ780名
・IDOBATA GAFU Program参加者 =述べ168名
・バリアフリーキャンペーの後方支援参加者 =述べ371名
合計(延べ人数) =1,696名
第三期活動の総括:
これまで第一期では震災で受傷間もない時期を考慮し、車いすの現地製造および寝たきり予防のための訪問活動が主でした。そして第二期では対象者が自宅へ帰り始めている状況から住環境の変化や同居家族との生活を考慮し、寝たきり予防に加えて福祉用具など環境整備と家族への生活の指導が行われました。そして第三期は寝たきり予防に加えてより社会参加にむけた取り組みとして障がい者スポーツにも後方支援として協力し、観戦に来られた人々には、障がい者の選手らがどれほど難しいプレーをしているのか体で感じていただく体験会をAMDAは担当しました。
1)訪問活動について
総件数 述べ121件 (107名)
平均年齢33.6歳。(最少年齢:5歳、最高年齢:83歳)注:年齢不明5名を除外)
男性:57名、女性:50名
今回の対象者の多くは20歳前後に集中しております。学校や仕事などに影響が大きい年代で学業や職業に関する不安が多く有りました。またこの年代には、自身の障がいによって自信を失い、なかなか前向きになれない年頃でもあります。パートナーの障がい者団体のピアカウンセラーなど、同じ障がい者の立場での関わりが大変重要でもありました。
対象は、脊髄損傷(ポリオ、脊髄疾患も含む)が非常に多く、次に脳性麻痺となっています。これらの疾患は、自宅内で閉じこもる傾向が強く、寝たきり(あるいは寝かせきり)となるリスクが高い疾患でもあります。寝たきり防止を必要とする方が多くいらっしゃいました。
2)物資による支援について
第三期に多かった物資による支援はこれまでと同様に、車いすなどの移動補助具の他、トイレおよび排泄・衛生管理関連用品が多い傾向がありました。しかし第一期・第二期と異なりますのは、対象者の方々がある程度生活が固定化してきている状況にあるという事です。第三期これらの物資は寝たきり予防など生活活動範囲の拡大の切っ掛けとしたい事がございます。訪問活動で生活についての助言と合わせて行うことで、自立した生活に向けた生活スタイルの変容を起こすことが狙いです。勿論、中には劣悪な衛生状況に置かれている方々もあり、そのような場合には特に物資による支援は不可欠です。訪問する前に予めいただける情報は非常に乏しいのが現実です。私たちは、こうした劣悪な状況の場合にも対応できるように、様々な物資を準備し訪問に出かけております。
3)障害者スポーツの後方支援について
今期、障がい者スポーツの後方支援を行った事はこれまでに無かった活動です。ネパール、インド、バングラディッシュの3か国による車いすバスケットボール大会(男女)を後方支援しました。大会期間中の試合の合間には「車いすバスケットボール体験コーナー」をAMDAは実施いたしました。大会を観戦にいらした方々に、車いすバスケットボールの車いすの操作から、ドリブル、パス、シュートを体験。更に体験いただいた方々のチーム対各国選手から選抜したチームとのミニゲームを実施しました。普段「障がい者は何もできない」と言われがちなネパールですが、この時は障がい者の選手らのプレーに体験された皆さんは圧倒され「選手の皆さんはすごい。」と感想を仰る方がいました。社会における障がい者の理解を深めていただく目的で実施しました。
4)IDOBATA GAFU Programについて
各訪問先で、対象者と外に出て近隣住民と障がいについて気楽に話す場「IDPBATA GAFU Program」は、第二期までカトマンズではなく特に山間地域でのモバイルキャンプ実施時に訪問対象者の住む近隣住民を対象とすることが多かったのですが、第三期ではカトマンズ郊外の訪問時に実施する機会も見られるようになりました。カトマンズにはもともとカトマンズに住んでいた方だけでなく、山間地域で障がい者となり、山の斜面で住環境が障がい者には厳しい事から転居された方も少なくありません。カトマンズの訪問対象者も、リングロードの北部、南部、北東部、南東部、そして西部と集中している地域があり、いずれの場所もリングロードの外にあります。
IDOBATA GAFU Programは第三期、山間地域のラメチャップ、シンドゥリ、ダンクタのモバイルキャンプで実施した他、カトマンズ郊外では、カトマンズ南部のタイバ地域。カトマンズ北東部のサク地域。カトマンズ北東部のジョルパティ地域でも実施する機会を得ました。
先ず互いの自己紹介を行いました。これは同行したピアカウンセラーも自らの苦労した体験談も含めて話をされます。そして訪問対象者も同様に苦労している事や悩みを話します。集まってきた近隣住民もまた自己紹介などをして、訪問対象者についてなど話をされます。多く言われたことが、「ここに障がい者がいる事は分かっていたが、他に見たことも聞いた事もなく、どうしたらいいのか分からなかった。」といったような内容が多く聞かれました。そのため障害のあるピアカウンセラーが初めて来たことで「障がい者が他にもいる事を知った」といわれました。訪問対象者とピアカウンセラーと二人の障がい者を前に二人のどこが違うのか話が及びます。ピアカウンセラーも同じ障がい者であり、昔は閉じこもりも経験しています。しかしピアカウンセラーが外に出るようになった人生の転機の話しなどから、外に出ることがこれからの人生において重要である事が伝えられます。もちろん自力ではなかなかできない事の方が多いです。このネパールで最初に必要なことは、「人の手を借りてでも外に出ること」が、将来の人生を豊かにする切っ掛けとなると皆さんに伝えています。訪問対象者の家族そして近隣住民はそれを聞いて外に出るために手助けすると言ってくださいました。
5)バリアフリーキャンペーン後方支援活動について
バリアフリーキャンペーンとは、パートナーである地元の障がい当事者団体が主体となって、障がい者に対するサービスや制度の充実を行政機関に呼びかける活動です。これは社会の中で障がい者が生活する上で障壁となるような課題について行政機関に改善を問うことから大変重要な意味を持ちます。特に民主化へと舵を切ったネパールにとって2015年に新憲法が制定された事は非常に大きな意味を持ちます。最近のネパールの行政システムか大きな変革の真っただ中にあります。市町村レベルの役所は組織の再編成を進め、国に集中していた権限が地方に移譲する「地方分権」が進もうとしています。私たちはこのような行政機関の再編は、市町村レベルで街づくりを行う今こそ、障がい者も、高齢者も全ての人が住みよい街づくりを展開する必要があります。AMDAは、パートナーの障がい者団体「Independent Living Center Lalitpur(ILCL)」に障がいがあっても住みよい街づくりの重要性について説明し、広く社会に障がい者につい理解が進むよう、バリアフリーキャンペーンを後方支援しました。市民に配布するためのビラづくりに協力しました。またラリトプール・メトロポリタンシティオフィスの役人の方へ手渡す文書の作成にも協力しました。当日はラリトプールメトロポリタンシティの副市長が対応して下さり、今後障がい当事者団体と会議を重ねることになりました。
第三期のみならずこれまでの活動は、要請があれば先ず訪問することを心がけてきました。医療情報ばかりでなく、対象者に関する十分な情報は殆どなく、毎回の訪問が何ができるか行ってみないと分からない状況です。これは現在も同様です。そのためAMDAはパートナーの障がい者団体とともに、できる事を一つでも増やすように過去の経験を活かして準備をしてきました。最近の訪問で私たちができることとは、1)ピアカウンセリング、2)理学療法(評価から実施、指導まで)、3)健康管理のための物資支援と指導(寝たきり防止、生活活動範囲拡大等)、4)車いす等福祉用具の支援(身体、環境等の評価と適合調整含む)、5)車いす等福祉用具の修理、6)外出の実践(実際に介助スタッフらと外に出る機会の確保)、7)家族(親類、近隣の人々含む)への助言、8)IDOBATA GAFU program(近隣住民への啓発と介助法の指導など)、9)バリアフリーキャンペーン(対象者の住む地域の役所等への助言等)、10)対象者の学校や職場等との協議(当事者や家族とともに)などです。何ができるのか、果たして良い訪問ができるのか、毎回が緊張の連続ですが、8~9割の訪問で対象者とご家族はとても喜んでくださり「どうやって生活をしたら良いのか分かった」という声も多く聞かれます。ネパールは障がい者のための制度もサービスも未整備です。しかし寝たきりは命にかかわる問題です。人の手を借りてでもベッドから離れて、外に出る生活スタイルの確立は、命をつなぐために欠く事が出来ません。ネパールの地方分権が進もうとしている現在、障がい者や高齢者等の制度の充実化が進む土台となるようAMDAは第四期に制度などの充実化にむけた取り組みも計画しています。現地の障がい当事者らが社会の仕組みづくりに関わる事ができるように助言とアイデアを提供し、行政機関との連携構築を現地の障がい者団体と取り組んでまいります。