ネパールは雨期には雨で道路が寸断されやすいため山間部では土砂崩れ、平野部では洪水が発生しやすく地方に行くことが難しくなります。現在は乾季ですので地方で活動するのに良い時期です。地方での活動では、モバイルキャンプとして同行する障がい者当事者団体のスタッフらと物資などを十分準備・計画して行きます。1月はモバイルキャンプを3か所実施しました。1か所はポカラの西の山間地バグルン郡。2か所目はカトマンズの東の震災被害が甚大であったラメチャップ郡。3か所目はネパール東国境に近いジャパ郡でした。その中でラメチャップ郡でのモバイルキャンプでは訪問リハビリテーションと訪問ピアカウンセリングとが上手くかみ合った活動となりました。
ラメチャップ郡ラカンプール村には、未舗装の曲がりくねった道をいくつもの山越え、河超えで進み、片道8時間を要しました。この地域は2015年のネパール地震でも被害が甚大であった地域のひとつで、今も住居が建築中であったり、亀裂や倒壊のあとが残っています。到着後早速一件の脊髄損傷の男性宅を訪問しました。地方での活動では、近所の方がよく集まりますが今回も同様でした。そして一件目の訪問活動で集まっていた近所の方々の中のある男性から、奥さんも障がいがあるから診て欲しいとの依頼がありました。こうした急な依頼はよく有る事で、いつもこうした依頼にも対応するようにしています。そこで2件目の訪問先として、その男性とお宅への訪問に出かけました。
その男性の奥さん(Aさん)は、左脚の膝の下で切断となり家族と生活する女性です。切断した脚に義足はございません。右脚と両手による松葉づえ歩行で移動していますが、長年庭先までしか出たことのない状態でした。近くの道路にでるには、50mほどの畑のあぜ道しかなく途中急な坂道もあり、松葉づえ歩行のAさんはずっと庭から外に出かけたことがありません。この日生活活動圏を広げるための指導を行いましたが、Aさんは「できない」を繰り返すだけでした。そこで、翌日、再度訪問することにしました。
笑顔のAさん:中央の青いシャツ
2日目は訪問リハビリテーションとして外出訓練をするため、私と同行した障がい者団体の介助スタッフも一緒に訪問し、「私たちが手伝うから外に出てみましょう」とお誘いし、なんとか承諾くださいました。実際に庭から出るときは、細く凸凹の急な坂道を進むのは難しいと思いましたが、介助スタッフも協力してくれてなんとか進みました。すると近所の方が、自分の庭を横切れば平坦だし歩きやすいと庭を通ることを勧めて下さり、その方の庭を松葉づえ歩行で通らせていただきました。最後はやはり急な坂がありましたが、そこは階段となっていたので、階段での松葉づえの使い方を指導し、階段を1段ずつ乗り越える事が出来ました。この階段を上がった先には、チョウタラの木といって大きな木の下で休憩できる場所があります。そこには近所の方もよく集まる場所でした。そのチョウタラの木の下にたどり着くと、非常に疲れただろうと思いますが、Aさんは手伝ってもらいながらも達成できたことでお喜びになり、当初「できない」を繰り返した不安な表情から笑顔に変わっていました。そして、そこに待機していた同行のピアカウンセラー(障がい者スタッフ)らとのカウンセリングが始まりました。大変な困難を乗り越えて出てきたAさんの口からは、ネガティブな言葉はひとつもありませんでした。ピアカウンセラーらも自分の過去の困難だったことを共有し、Aさんも励まされたようです。
カウンセリングを行っていると近所の人々が大勢集まり、近所の人々との「IDOBATA GAFU PROGRAM」が始まりました。「GAFU」とうのはネパール語ですが、「おしゃべり」のことです。つまりこれは井戸端会議のように、『気楽に「障がい」について語り合いましょう』という、今の活動の取り組みのひとつです。特別な場と時間を設定すれば、「障がい」についての専門の人しか集まりませんが、最も身近で対象となる障がい当事者を助けてくれるであろう近隣住民を対象にした「障がい理解」のためのプログラムです。
「IDOBATA GAFU PROGRAM」では近所の大人から子供までが集まり、同行したピアカウンセラーらの体験談などから、障がいがあっても家族は出来るし、仕事だってできる。配慮も必要ですが普通に生きる事が出来るというメッセージが伝えられました。近所の方は非常に驚き、興味深そうに聞いてくださいました。Aさんも、久しぶりに近所の方と談笑し、何が大変なのか共有してお話ししてくださいました。最後にAさんは家に帰る前に折角だからとそばのお寺にお参りしてから帰りたいと、更に歩く距離を延ばして自宅まで私たちと一緒に帰りました。近所の方々にも介助法などを実際に見せて説明する事も出来ました。また段差の解消や道幅の拡大があれば本人も介助者も楽に移動ができる事も説明しました。少しでも歩きやすいようにとご自宅の庭を横切ることを勧めて下さった方など、近所の方々も実際に障がい当事者と会うことで、何が必要なのか、何をどうやって助けたらよいのか、考える機会になったようです。
地方での訪問活動は何度も繰り返して訪問できることではありません。それだけに1回の訪問である程度の成果を出さないといけないと感じています。急な依頼も視野に事前準備、事前情報を十分にして出かけますが、最後に頼りになるのは「人」だと思います。バリアの多いネパールの環境で、本人には生活活動圏を拡大すること、近隣住民や家族にはどうやって助け合って生きてゆくのか、という事を伝えるメッセージが最も重要です。同行いただいている障がい者団体のスタッフと今まで積み重ねてきた経験が、一回の訪問で成果を導き出す要因となっています。今回のモバイルキャンプでは、訪問リハビリテーションと訪問ピアカウンセリングとが上手く機能し、対象者本人には生活活動圏の拡大と生きる自信を、近隣住民には「障がい」があっても生きて行ける地域づくりを伝えるとても意味のある活動となりました。
理学療法士 西嶋 望