


大西 彰
能登半島地震から2 年あまりが経過した2026 年3 月、AMDA は石川県輪島市の関係各所を訪問しました。災害直後、大きな陥没やひび割れ、建物の倒壊で交通規制が続いていた道路は、少しずつ整備が進んでいます。一方で仮設住宅が立ち並び、公費解体で更地が広がった町を見ていると、どこか震災から時が止まってしまったように感じ、復興への道のりの長さを痛感しました。
現在の輪島では、住居や人材など、多くの面で課題が山積しています。住宅の再建や修繕にかかる資材費や人件費は発災前の3 倍以上に高騰。申し込みから着工までに長い時間を要し、多くの被災者が仮設住宅での暮らしを余儀なくされています。輪島市では災害公営住宅整備の基本計画も策定されましたが、実際の建設にはまだ時間がかかる見込みです。
避難所での生活から仮設住宅へ、そして住宅の再建。次から次へと課題が現れる状況に、被災された方々は、働き手となる世代を中心に一人、また一人と輪島を離れています。また復興を支える外部人材を受け入れようにも、住宅の不足から難しいのが実情です。
そのような中でも地域に残る被災者の方々は、復興に向けた歩みを止めていません。AMDA が支援を続ける輪島市の『ごちゃまるクリニック』では、巡回診療を通じて知った住民の悩みに寄り添った活動を展開。「限られたスペースで家族と暮らし、電力量の制限などで思いきり料理もできず、子どもたちが日常的に遊ぶ場所もない」-このような不自由の多い仮設住宅で暮らす住民の声を聞いたことで、人々が集い、思いのままに活動できるような拠点の建設を進めています。
また災害の記憶の継承に向けた取り組みも進められています。輪島市立輪島中学校の1 年生は、「体験を減災へ」と題した総合探究の授業に取り組んでいます。今年の夏に予定されている語り部活動をより良いものにするため、東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の語り部を講師に招いて当時の話を聞き、自分たちの経験や思いを発表して、意見を交わしていました。