救える命があればどこまでも
特定非営利活動法人アムダ
国連経済社会理事会総合協議資格NGO

ウクライナ人道支援活動:あれから 4 年 ―「 戦禍」と「日常」(2026/04発行ジャーナル春号)

岩尾 智子

 2022 年2 月24 日、日本から遠く離れたウクライナでは、多くの市民が突如として日常を奪われ、避難を余儀なくされました。AMDA は当初、隣国ハンガリーに避難してきた方々に対し、医療支援を実施しました。現在は、ウクライナ国内で避難生活を続ける方々への支援、ならびに現地医療機関を通じた包括的支援へと移行しています。

 この冬、ウクライナは最低気温がマイナス20 度近くまで下がるなど、厳しい寒さに見舞われました。現地協力団体とのオンラインミーティングでは、戦闘が収まる気配のない中でも、人々が支え合いながら懸命に生活している様子を伺いました。

 空襲警報が30 分ごとに鳴り響き、停電が頻発する東部の主要都市ハルキウには、24 時間体制で地域医療を守る医療機関があります。この病院は、停電時には暖房のない人々が暖をとる一時的な避難所となり、また爆撃で暖房設備を失った人には暖房のある住居を紹介しています。その支援は医療にとどまらず、地域の” 日常” を支える拠点となっています。

 困難な環境下にあっても、人々は公園を散歩し、劇場や映画に出かけます。しかし、かつて「ハルキウのスイス」と呼ばれた丘や、多くの森には地雷が埋設されています。市民は地雷が除去された道しか通ることができず、生活は常に危険と隣り合わせです。そんな場所で活動を続ける同病院長の「それでも何とか乗り切った。神に感謝している」という言葉に、戦禍の日常を生きる厳しさを感じ、ただただ胸が締め付けられる思いでした。

 また、戦禍は、直接的な爆撃を受けていない地域にもおよんでいます。ウクライナ西部にある医療機関の施設長が「近所の住民や知人も戦死した」と話すように、前線から離れた地域であっても、死は身近にあります。終わりの見えない戦闘による精神的負担は大きく、人々の疲弊も深まっています。そうした中、障がいのある子どもたちをサポートする同施設では、リハビリの一部を休止するなど工夫を重ねながら、活動を継続しています。 「戦禍」と「日常」が隣り合わせに存在するウクライナで、人々の暮らしは今日も続いています。