救える命があればどこまでも
特定非営利活動法人アムダ
国連経済社会理事会総合協議資格NGO

ウクライナ人道支援活動:あれから4年―「戦禍」と「日常」

戦禍のただ中にあっても、人々の“日常”は止まることなく続いています。

戦禍が続くウクライナの様子(2025年8月)

4年前の今日、2022年2月24日、日本から遠く離れたウクライナでは、突如として日常生活を奪われ、多くの人が避難を余儀なくされました。AMDAは現在に至るまで、現地の協力団体とともに、ウクライナの人々に寄り添い続けています。初期には、ウクライナから隣国ハンガリーに避難してきた方々への医療を中心とした支援を実施しました。現在は、ウクライナ国内で避難生活を続ける方々や、ウクライナ西部・東部の医療機関を通じた支援へと移行しています。

AMDAが実施した医療支援(2022年)

今年のウクライナの冬は、最低気温がマイナス20度近くまで下がるなど、厳しい寒さに見舞われました。各団体とのオンラインミーティングでは、戦闘が収まる気配はなく、終わりの見えない状況の中、支え合いながら懸命に生活するウクライナの人々の様子を伺いました。

戦闘下にあるウクライナ東部の主要都市ハルキウでは、空襲警報が30分ごとに鳴り響き、停電が頻発する中、24時間体制で地元の医療を守り続けている医療機関があります。患者の手術や治療、検査、診察はもちろんのこと、停電時には、自宅に暖房のない人々が来て暖を取るなど、一時的な避難所としての役割も担っています。また、爆撃などにより家の暖房設備が使用できなくなった住民に対しては、暖房設備のあるアパートを紹介するなど、その支援は医療にとどまりません。地域の”日常”を支える拠点にもなっています。 

現地の団体が行う支援の様子(2025年)

このような困難な環境にありながらも、ハルキウに住む人々の日々の暮らしは続きます。子どもたちは薄暗い防空壕での授業を強いられています。一方で、空襲警報が生活の一部となった緊張の中でも、公園を散歩する人、劇場、コンサートや映画に出かける人もいるそうです。そこには、不安と隣り合わせながらも、日本と変わらない日常生活があります。しかし、かつて「ハルキウのスイス」と呼ばれた丘は、現在は地雷が埋まっているため立ち入ることができません。多くの森にも地雷が埋設されており、地雷が除去された道しか利用できない、危険と隣り合わせの生活だそうです。

このような厳しい状況の中で活動を続ける病院長の、「それでも何とか乗り切った。神様に感謝している。」という言葉に、戦禍で生き続ける日常の厳しさを感じ、私たちはただ、胸を締め付けられるような思いでした。

この人道危機は、直接的な爆撃を受けていない地域にも影響を及ぼしています。ウクライナ西部でも電力事情が逼迫しており、長期的な計画停電が続いています。日によっては2時間ほどしか電気が使えない日もある中、子どもたちへのリハビリを全力で続ける医療機関があります。停電時に使用する発電機に必要な燃料を買うのが日課となり、燃料費の高騰も重なって、経済的に厳しい状況が続いています。また、この医療機関の施設長が「近所の男性、知人も戦死した」と話すように、戦闘地域から離れていても死が身近にあります。さらに、この戦闘に終わりが見えないことによる人々の精神的負担も大きく、疲弊している、という声も聞かれます。先行きの見通せない苦しい状況の中で、一部のリハビリを休止するなどの工夫を重ねながら、障がいのある子どもたちへの活動を中心に継続しています。

障害のある子どもたちへの活動(2025年)

「戦禍」と「日常」が隣り合わせに存在するウクライナで、人々の暮らしは今日も続いています。