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看護師1人が合流しました。
16日、AMDAインドネシアチームは、被災地に近いメダンの空港にて、届いた医薬品を受領し整理・パッキング作業を実施しました。
また、15日に岡山を出発した看護師1人がメダンへ到着し、16日に現地チームと合流しました。

17日、AMDAチームは、アチェ州アチェ・タミアン県で洪水被害の状況を確認しながら、コミュニティ・ヘルスセンター2カ所と総合病院の計3施設に医薬品を提供しました。


ヘルスセンターのうち1カ所は水没しており、高台に仮設の施設を設置し、発電機を使って診療が続けられていました。
また、これまで支援を続けてきた川沿い地域の「ポスコ(Posko)」と呼ばれる災害支援拠点では、蚊帳やサンダル、子ども向けのミルクやお菓子などの生活物資を配布しました。
18日、アチェ州アチェタミアン県において、医療支援活動に加え、物資支援活動および現地調査を実施しました。
物資支援活動では、洪水によりすべての物資を失った地域のヘルスケアセンターへ、血圧計、体温計、パルスオキシメーター、医薬品を寄付しました。
19日、アチェ州アチェタミアン県のパブリックヘルスセンターの助産師・看護師と共に地域を回り、蚊帳27張り、毛布20枚、敷物10枚、ロウソク1箱を、必要とする被災者の方へ配布しました。

また、仮設パブリックヘルスセンターにて医療支援も行いました。受診者は35人で、咳、頭痛、眩暈、偏頭痛などの症状を訴える方が多く見られました。晴天時は日差しが非常に強く、汗だくになりながら倒れ込むようにして受診に来られる方もいました。
現在も汚泥が溜まり、浸水が続いている場所が見られる一方で、街や住宅の復旧は着実に進んでいます。


21日、AMDAチームはアチェ州アチェタミアン県にて医療および物資支援活動を実施し、被害の大きかった学校も訪ねました。


避難用テントで生活を続ける30代の女性からお話を伺うことができました。
「現在、3人の子どもと両親など親族10人で一つのテントに身を寄せて生活しています。母親の脚が不自由なため、トイレが近いこの避難所を離れることができません。洪水の際には、学校の2階へ避難して命は助かりましたが、家は流されました。支援が届かない5日間は雨水だけで命をつなぎ、夫が30分泳いでたどり着いた店で見つけた期限切れのパンを、家族で分け合いました。雨が降るたびに洪水を思い出して怖くなりますが、今は家族が心の支えになってくれます」と話されました。

住環境の改善には引き続き時間を要する印象ですが、被災地では各地にポスコ(災害支援拠点)が設置され、ボランティアの方々による炊き出しも始まりました。
不足しているものがあれば、BNPB(インドネシア国家災害対策庁)から提供されます。毎日ボランティアの方々が、野菜や魚、肉など栄養面も配慮された温かい食事が提供されています。乳児を連れた母親は「(体調などに合わせて)食事を選ぶことができています」と話されました。



基幹病院が部分的に再開し、仮設のヘルスセンターが立ち上がるなど、地元の医療体制も徐々に再開していることを受け、AMDA派遣チームは12月24日に帰国を予定しています。
一方、インドネシア支部は心のケアを含む活動を継続する予定です。AMDAは引き続き、インドネシア支部と連絡を取りながら状況を注視していきます。