静岡県袋井市に於ける災害訓練に参加して(2009/10発行ジャーナル10月秋号掲載) – AMDA(アムダ)
救える命があればどこまでも
特定非営利活動法人アムダ
国連経済社会理事会総合協議資格NGO

静岡県袋井市に於ける災害訓練に参加して(2009/10発行ジャーナル10月秋号掲載)

静岡県袋井市に於ける災害訓練に参加して

岡山大学医学部医療教育統合開発センター岡山大学病院救急科 寺戸 通久

 

 


搬送されてくる模擬患者をトリアージする寺戸医師

 8月29日、静岡県袋井市で行われた総合防災訓練にAMDAの一員として参加させて頂きました。

 訓練参加メンバーは、岡山大学から私他2人の医師(多田、安井)、埼玉県から細村医師、静岡県磐田市から袴田医師、京都から鵜野看護師、横浜から生湯看護師、AMDA本部から谷口調整員という混成8人編成でした。編成で医師が比較的多いのは、本来救護所での訓練を主導する磐周医師会が参加出来ないということで、我々が代わって総合指揮を執ることになったためです。

 

 災害には、Triage(トリアージ)、Treatment(手当て)、Transportation(搬送)の頭文字を取った災害医療の3Tというキーワードがあります。災害現場近くにはトリアージスポットという被災者分別所を配置し、そこでトリア−ジタッグという簡易カルテ札を使用して、押し寄せてくる被災者の重傷度、緊急度を選定分別していきますが、この選別をトリアージと呼びます。最重傷は赤色、他者の介助を要する傷病者は黄色、自分で行動可能な程度の傷病の場合は緑色に色分けし、それぞれの治療ブースに誘導していきます。各ブースには必要性に応じた医療資源が配置され、各医療機関への搬送に耐えうる程度の応急処置を施された後に、搬送が行われます。

 

 このトリアージタッグは、昨今「黒タッグ問題」として取り上げられることが多くなっています。黒タッグは、災害現場で既に死亡確認された被災者に付けられるタッグであり、また救護所で出来る限りの治療を行っても、或いは出来る限り迅速な搬送を行ったとしても到底助けることが出来ないと判断される超重傷者に対しても付けられるタッグです。平時の感覚からすると、「もしかしたらその時にもっと医療資源を投入していれば、或いは助かったかもしれない」という、多くは遺族の方々から寄せられる無念の思いに焦点が当たるタッグです。我々医療者も、通常出来る限り、一縷の望みでもあればそれに懸けて救急治療を行っていますので、思いは同じです。しかし、救急医療と災害医療の大きな違いは、災害医療の場合、「最大多数を救助救命する」ことが最も大切である、とされているところにあります。この場合、平時に於いてでさえ助かるかどうか判らないような、極めて重傷な方の治療に多くの医療資源を削くことより、助かる見込みが十分ある方を出来るだけ多数助ける為に医療資源を割くことが優先されるべき、とされます。忸怩たる思いはタッグをつける側も同じです。黒タッグを付けることにまつわる責任や、事後の十分な検証と緊急避難の適応などについて今後も議論され得る問題だと思います。

 

 さて今回の訓練では、被災地直近に設置するトリアージスポットの運営、緊急救護所の管理(治療ブースの設置運営)、各医療機関への搬送順位決定と搬送スポットまでの患者搬送、というところまでを、AMDAチームに加え地元医師1人、静岡県看護協会から看護師・保健師総勢20人、静岡県から事務係員3人という混成チームが対応することになりました。私は医療責任者(ドクター・コマンダー)として、トリアージスポットから全体を管轄する役割を担いました。

 

 AMDAチーム以外の参加者とは、当日全くの初対面でした。現実に災害が起こった場合、被災地で各医療チームが初対面のまま活動を起こすということは十分にあり得ることですので、30人を超える編成をいきなり統括管理することには戸惑いを覚えましたが、得難い経験になりました。参加された皆さんも思いは同じのようで、訓練開始前の説明は30分程度しか出来ませんでしたが、概念を理解・判断して有機的に行動していただけたので、予想以上にスムーズに訓練は進行していきました。

 

 およそ150人近くの被災傷病者と付添者が続々とトリアージスポットに押し寄せる様子は壮観である一方、乱気流に巻き込まれたような異常環境であり、現場対応訓練として経験しておくべき「管理されたパニック」でもあります。ボランティアの方々の迫真の演技に気圧されながら職務を遂行する難しさを実感しました。

 

 訓練自体はほぼ半日で完了しましたが、机上計画からは見えてこない様々な改善点が見つかり、有意義な訓練であったと自負しています。

 

 拙文をお読み頂いている皆様の多くは、災害やボランティアに興味をお持ちの方々だと思います。あなたがいざ災害の現場に立ったときに何が出来るか、はこのような訓練に参加することで初めて見いだせると言っても過言ではないと思います。訓練の時に出来ないことは、絶対に本番でも出来ません。自分がどこまで出来るのか、自分の参加する訓練ではどこまでが可能なのか、いざというときの備えとして、是非近隣で開催される災害訓練に積極的に参加してみて下さい。また、百聞は一見に如かず、といいます。見学されるだけでも、大きな経験になると思います。次の災害訓練現場では皆様にお会い出来ることを願って止みません。

 

 最後に、このような真重な機会を与えて下さったAMDAの皆様、静岡県袋井市の皆様に深い感謝の意を捧げます。ありがとうございました。