AMDAグループ地域統括事務所inクアランプール – AMDA(アムダ)
救える命があればどこまでも
特定非営利活動法人アムダ
国連経済社会理事会総合協議資格NGO

AMDAグループ地域統括事務所inクアランプール


第34回アジア医学生会議に出席
前列右3人目から左へ、
柴田和香医師、岩永資隆医師、筆者

2013年7月3日から1週間。マレーシアの首都であるクアラルンプールに滞在。マレーシア国立大学にて第34回アジア医学生会議(AMSCA)が8日間開催された。20ケ国から400名以上が参加。記念すべきことはAMSA- Alumni Club(AMSA-AC/同窓会)が設立されたことだ。 初代会長はAMSAインドネシア支部OBでアプリリアント・エディ・ウィリア医師(インドネシア大学医学部寄生虫学)。副会長には日本支部OGである柴田和香医師(旭中央病院)が就任。情熱あふれる次世代である。

私はAMSA創設者として、特別スピーチに続き、壇上で記念植樹の鍬入れを行う栄誉をいただいた。アジアのみならず、エジプトや英国からも参加者があった。AMSAおよびAMDA共にアジア発である。アジアの時代が来ていると実感。AMDAとAMSA-ACは世界平和のために協力し合うことを確認した。更に嬉しかったことは、AMSA各国支部の医学生たちがAMDAの実施する災害被災者に対する緊急人道支援活動に参加意欲を示してくれたことだった。

1979年、私と2名の岡山大学医学生がタイの国境にあったカンボジア難民キャンプに駆け付けたが、実績がない団体という理由で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から救援活動をする機会をもらえなかった。1980年に設立したAMSAの目的は「アジアのより良き将来とより良き医療」だった。AMSA設立から34年間の歴史。同窓生の活躍は目覚ましい。第一回議長の牛尾光宏氏は厚生労働省大臣官房審議官(がん対策、国際保健担当)、第2回議長の遠田耕平氏はWHO医務官としてベトナムなどで活躍、第三回議長の安隆則氏は獨協医科大学日光医療センター心臓血管内科診療科長、第四回議長の川上剛氏は国際労働機関(ILO)ジュネーブ本部衛生専門家、第五回議長の國井修氏はグローバルファンド戦略投資効果局長。アジア各国の中堅医師メンバーたちの活躍は推して知るべし。AMSA- AC設立前のOB・OGのフェイスブックのグループにはすでに800名が登録されている。AMSA-ACの設立を契機として登録数は数千名を超えると推測される。AMDAとAMSA間の人間関係を一貫して担ってくれている岩永資隆医師(京都大学公衆衛生学助教)に改めて感謝したい。

格安航空機の時代である。NGO活動にとって明朗である。募金を最大限活用できる。マレーシアを拠点とする格安航空会社「エアアジア」は東アジア、東南アジアそして南西アジアの一部分を2〜3時間の範囲でカバーしている。南北には世界をカバーしているシンガポール・チャンギ国際空港とバンコク・スワンナプーム国際空港がある。両者共に世界の格安航空機が発着している。

2014年はAMDA設立30年である。AMDAグループの地域統括事務所をクアランプールに設置したい。AMDA各国支部や姉妹団体との密接な連携のもとに、「世界平和パートナーシップ」構想実現に向けて、平和構築、生活向上、教育そして健康の分野における緊急人道支援、長期社会開発そして人材育成プログラムを具現化する時期が来ている。

岡山とクアランプールを基軸としてAMDAグループが世界平和に資することができれば望外の喜びである。