東京大学大学院国際地域保健学教室 神馬征峰
女性の地域保健ボランティアの会合
2015 年4 月25 日に発生した大地震とその余震によってネパールの人々の生活は打撃を受けた。全人口の20%が重度、17%が中程度、郡では全75 郡中31 郡、その内14郡に深刻な被害が及び、死者は約9,000人、負傷者は約18,000人に上った。
その影響は保健・教育サービスにも及び、多くの母子が保健・教育サービスへのアクセスを絶たれた。ネパールの災害評価報告書によると、この地震によりネパール全体で446 の公立医療施設 と16の私立医療施設が全壊、765 の医療施設が半壊した。深刻な被害を受けた14 郡では、約84%の医療施設 (446 施設中375 施設) が全壊した。その結果、負傷者や女性、子どもといった社会的弱者は保健サービスへのアクセスがさらに困難となった。
本事業の対象となったダーディン郡は最も地震の被害を受けた郡の一つである。推定733 人の死者と、多くの負傷者が出た。同郡の医療施設や保健サービスも被害を受け、53 医療施設の内、被害を免れたのは7 施設だけであった。学校や教育セクターも深刻な被害を受け、その影響は7 万人の生徒に及んだ。こうして公立セクターが被害を受けたため、被災者は公的支援以外の方法で健康を守る必要があった。
そこで、ネパールの現地NGOであるグリーン・タラ・ネパール (以下GTN) は、同郡の被害を把握するために初動迅速アセスメントを行った。まずは、緊急の基本的サービス (食料、避難所、水や衛生) の他に、心理社会的支援や基本的教育を優先事項として取り上げることにした。災害直後、保健制度は機能していなかったため、思春期の女子や女性を守るための安全な避難所を確保する必要があった。社会的地位の低い彼女たちを守ることは重要課題の一つであった。
限られた災害支援を続ける中、GTN は、特定非営利活動法人アムダ (以下AMDA) 、日本医師会の資金援助を受け、東京大学チームと連携して、同年、災害後ヘルスプロモーション・プロジェクト (以下PDHP プロジェクト) の実施を決定し、ダーディン郡で活動を開始した。支援の対象となったのは、災害後の状況下で最も影響を受けやすい女性と子どもである。
◆目標
本プロジェクトは女性と思春期の女子のリプロダクティブ・ヘルス(新生児を含む)や家族計画サービスの改善を目標とした。
◆対象地域と対象者
対象地域は地震の影響の大きく受けた7村(VDC) の中でも社会的地位が低い、もしくは周縁化されたコミュニティ、対象者は再生産年齢の女性と学生である。
◆パートナーシップ
本プロジェクトはAMDA と日本医師会の資金協力、東京大学の技術支援を受けて実施された。グリーン・タラ・トラストやリバプール・ジョン・ムーア大学、カルナ・トラスト、カルナ・ドイツからも支援を受け、様々な活動を行った。
◆プロジェクト期間
2015 年7 月から2019 年1 月で、準備期間を経て2016 年1 月よりコミュニティレベルでの介入を開始した。
■フェーズ1:準備 (2015 年7 月〜12 月)
プロジェクト開始後6ヶ月間、GTN は予算調整や計画立案、活動許可申請に取り組んだ。
2015 年10月、被災後のコミュニティへの支援を中心としたプログラム立案のため、全国ステークホルダー会議を開催した。
■ フェーズ2:実施 (2016 年1 月〜 2019 年1 月)
GTN は母親自主グループやFCHV (女性の地域保健ボランティア) 、医療施設、学校、VDC と連携し、2016 年1 月よりコミュニティと学校の両方で様々な活動を開始した。
■フェーズ3: まとめ (2018 年4 月〜2019 年1 月)
GTN は各村 に報告書を提出し、国レベルでは協議会や計画立案会議から関わった全ステークホルダーが本プロジェクトの成果を共有した。
【成果】
プロジェクト期間全体で受益者は約46,125人内、直接受益者は約17,285人、保健情報やサービスに繋がった間接受益者は約28,840人。当初から予定していた女性や思春期の女子がその多くを占めた。ただし、多くの場合、女性の意思決定の鍵を握るのは思春期の男子を含む男性である点にも留意した。
●プロジェクト前後の調査における主な発見
本プロジェクトでは5つの達成目標が設定され、サンプル世帯の調査による量的データを用いて主な指標の変化を調査した。
【課題】
地理的制約、住民の家が散在していること、分娩施設へ妊婦を運ぶ人手不足がプロジェクト地の母子保健ケア受診率の増加を妨げる要因であり、新生児ケアを含む妊娠期から産褥期までの継続ケアを受けることが対象地域の課題として残った。課題は外的課題、プロジェクト運営上の課題、組織関連の課題の3つに分けられた。
【まとめと提言】
2015 年の震災以降、母子保健分野のヘルスプロモーションは見過ごされてきた。その点、ダーディン郡でのプロジェクトはユニークであった。震災後、ネパールを支援する海外の開発機関のほとんどはインフラ整備やリハビリ支援を優先し、女性や子どもへの基本的なケアや支援は顧みられなくなっていた。本プロジェクトはそういった実情を踏まえ、人々のニーズを満たす役割を果たした。
プロジェクト前後に調査を行った結果、目標のほとんどを達成することができ、妊娠、出産、産後の適切なケアを受けるための項目は顕著に改善が見られた。一方、精神保健指標は介入前後で変化は見られず、十代の結婚や妊娠は目標とは反対に増える結果となった。
本プロジェクトでは参加型アプローチを用いてコミュニティ開発の枠組みの強化に取り組んだ。また、東京大学とは密接に関わり、必要な技術支援を受けた。本プロジェクトは予備調査から計画、ベースライン調査、実施、モニタリング、発見の普及と評価までのプロジェクトサイクルを完了した。プロジェクト発足当初に協議会を開催し、プロジェクト終了時には普及会議で幕を閉じた。