2015年7月18日(土)14時、川崎医科大学附属病院西館16階中会議室にて、「台湾粉じん爆発災害医療調査・支援報告記者会見」が川崎医科大学附属病院とAMDAの共催で開かれた。
これまでの経緯
6月27日粉じん爆発災害発生。
7月2日医師2名を台湾に派遣し医療調査
7月12日から15日日本医師会から、日本集中治療学会、日本救急医学会、日本熱傷学会よる6名の医療チームを台湾に派遣。医療支援活動を実施。
記者会見の様子
この記者会見は、会場となった川崎医療大学付属病院に所属する医師2名が、医療スタッフとして現地での活動にあたったことからをうけ、同病院を会場に開催されたものである。
記者会見の冒頭に園尾博司 川崎医科大学附属病院病院長から、「川崎医科大学附属病院の氏家良人教授、山田祥子医師が今回の支援活動に参加したことは病院にとっても大切な機会であったととらえいる」と挨拶があった。
続いてAMDAグループ代表の菅波医師からは、「今回の一連の支援活動は、単に緊急医療支援という面でなく、「医療支援外交」という意味合いも大きく、最初に熱傷救急の第一人者である氏家先生が調査に出向かれたことが大いに台湾側の期待に応えるものであった」ということが紹介された。
さらに第1次派遣として医療調査を担当した氏家教授からは、今回のようなことが起こった場合の迅速な医療連携の必要性について説明があり、「今後も協力も惜しまない」ということが述べられた。第2次派遣として、実際の医療活動にあたった山田医師からは、「今回の被害は、戦争以外で考えると最大級の熱傷被害の発生であった。水着での催事場で発生したため被害が重くなった。しかしながら台湾にはレベルの高い熱傷センターが複数あり三軍合同の初期対応により、入院までの時間は大変短かく、素晴らしい対応がなされていた。現在、ICUに入る重篤患者270人という規模に対して、専門医師の数が足りない状況である。」など具体的な報告がなされた。
派遣者を送り出す病院側として、救急科部長の椎野医師から、「病院の救急科を通常通り運営しながら、山田医師を4日間台湾に送り出すことができたことは、救急科が一丸となって、協力したことで出来たこと。日本で40年前に最初に救急医学教室を設立した川崎医科大学の救急科として誇りに思う」と感想が述べられた。
記者会見出席者
氏家 良人/医師/川崎医科大学附属病院救急科 教授、日本集中治療医学会 理事長
菅波 茂/AMDAグループ 代表、日本医師会国際保健検討委員会 委員
山田 祥子/川崎医科大学附属病院救急科 医師
園尾 博司/川崎医科大学附属病院 病院長
椎野 泰和/川崎医科大学附属病院救急科 教授