AMDA東日本大震災復興支援活動(2012/7発行ジャーナル7月夏号掲載) – AMDA(アムダ)
救える命があればどこまでも
特定非営利活動法人アムダ
国連経済社会理事会総合協議資格NGO

AMDA東日本大震災復興支援活動(2012/7発行ジャーナル7月夏号掲載)

AMDA東日本大震災復興支援活動

被災から16か月が過ぎて AMDA大槌健康サポートセンター

プロジェクトオフィサー 鍼灸師 佐々木賀奈子


筆者右端 AMDA健康サポートセンターで

施術中の筆者

震災から一年四ヶ月、本当に濃く、月日の流れが早く感じられた日々でした。皆様のご支援のお蔭で今まで生活してこれました。

AMDA大槌健康サポートセンターは単なる鍼を施術する場だけではありません。運動 (ストレッチ・ヨガ・ウォーキング・骨盤矯正) 療法や手芸教室(編み物・ビーズ・吊るし雛・手作りモップなど) 郷土芸能を伝える(鶏子舞ストレッチ) 四季折々の郷土料理教室、お茶会、園芸療法(野菜・花)をしています。

私達が企画した事に町民の方々が参加するだけでなく、いらした方々がこんな事がしたい、やったらいいのではと発案し、それぞれ得意分野で教え伝える側になっています。自分は先生なんてやれないとか、自信がないなんて話していた方々が、次から次と人に必要とされる喜びや、その場で手仕事をしながら、生活の近況報告をする和やかな時間を過ごしています。各教室を終えて帰る時に、次は来週はと小さな目標でありますが皆様のキラキラした笑顔が私達スタッフに心の栄養を与えてくださいます。

小さな目標を持ち毎回積み重ねているうちに、メンバーさんも増えて、運動療法参加者は体重、脂肪率、BMI値もダウンしています。手芸教室の方々はお楽しみ市で作品を販売しています。四季折々の郷土料理教室では、震災で突然に母親、祖父母を失い、お節句事の料理や昔から大槌に伝わる郷土料理の作り方が解らないから教えて欲しいと始まったものでした。作っている過程や、作り終えて試食しながら亡くなった方の想い出話をしています。

今の治療室は一台しか診台がおけず予約も二週間待ち状態で皆様には御迷惑をお掛けしています。また各教室のメンバーも増えてサロンが手狭になっているので、今年中に増築拡張の予定ですすめています。

東北、岩手では高齢者が多く慢性症状、不定愁訴が多く、鍼灸マッサージ治療が必要とされています。高齢者は我子、孫と一緒に暮らしたくても離れざるを得ず、仕事を亡くした若者は大槌を離れざるを得ないのです。サポートセンターを拡張したら鍼灸師育成の場になれたらと期待しております。また各教室で人に必要とされる喜びや感動する方々が増えて欲しいと思っております。

先月数日休診した際に携帯が何度かなり、ギックリ腰だとか、捻挫したとか、どこにいるのか、いつ大槌に帰って来るのかという声がありました。震災前もただ大槌にいて毎日治療し、畑で取れたハーブでお茶する日々でした。震災で特にそこに大槌に居るだけで居続けるだけでいいんだと改めて思っています。

辛い、苦しい、悔しい、悲しい想いをいっぱいしただけに人に優しくなれたような気がします。

*********

 佐々木鍼灸師は、ご自身津波にのまれ、自宅、治療院とも流され、現在は仮設住宅に暮らす、生死の境を経験した被災者の一人で、AMDAの事業のローカルイニシアチブをけん引する一人です。

 

新団体「つどい」の発足とコミュニティ活動への期待


発足式で説明する元持さん

6月2日(土)午後、AMDAグループ代表菅波茂講演会に続き新団体「つどい」の発足式が、大槌町中央公民館会議室にて開催されました。

昨年3月11日には仙台の医療福祉系専門学校で講師を務めていた元持幸子さんとAMDA本部職員が学友であったことから、仙台市内や岩手県大槌町や釜石市内での緊急救援活動の調整役として元持さんにAMDAチームに入っていただいて以来、大槌町出身の元持さんは無くてはならない存在として地元の様々な調整業務をこなしてくれました。元持さんが地元の調整業務を全般的に担ってくれたお蔭で、「AMDA大槌健康サポートセンター」という拠点を設立するに至りました。多くのご支援者の皆様からお寄せいただいた浄財が形になりました。ここでは、ご自身も自宅も鍼灸院も流された鍼灸師の佐々木賀奈子さんが、鍼治療を中心に仮設住宅に住まう被災者の方々の健康増進を心血注いで行う一方、地域コミュニティが分断され、人々が生活再建にむけて集い語らう場の確保の重要度が増す中、このコミュニティ活動の部分を以前からNPO活動に造詣の深い元持さんが企画を立ててくれました。その元持さんが、岩手県のNPOとして団体を立ち上げることになりました。地元の復興に広く寄与したいというその思いが、地元に根付いた被災者の方々に寄り添う活動になることをAMDAは期待するものです。

コミュニティ活動を、「つどい」がAMDAから業務委託をうけ実施する活動費として、発足式の中で、500万円の贈呈式も行われました。

新団体「つどい」を設立して

元持 幸子  大槌町出身
(前AMDA東日本大震災復興支援事業 プロジェクトオフィサー)

震災の影響を受けた大槌町民が心身の健康と安心感、地域における「喜び」と「繋がり」を持ち、まちと暮らしを再構築する活力とその仕組みを生む事を目的とし、新団体「つどい」が発足しました。

人々が集う事から生まれる支え合いが、生活再建に向けた「ひと」の力・「地域」の力を引き出すきっかけとなり、生活再建・自立に向かう原動力になります。「つどい」は、大槌町にシッカリと根を下ろし地域の人たちと共に、健康なまち、魅力あるまちを育んでいきます。

発災直後から現在に至るまで、皆様の心温まるご支援をたくさんいただきましたことに感謝いたします。

 

屯田兵計画―被災地病院からの提言

県立大槌病院 副院長 黒田継久

大槌を含め、三陸は医療過疎地でした。大槌病院もこの10年ほどで常勤医7人から3人に減っていますそんな中、東日本大震災で大槌は大きな被害を受け、大槌病院だけで無く、開業医の診療所もすべて被災しました。大槌病院を含め、ほとんどの先生方が仮設診療所で医療を再開していますが、十分な医療とはいえません。

これまで、多くの先生方に医療支援に来ていただきました。その方々は大槌の惨状を目のあたりにして現状を理解してくれたと思いますが、復興へはまだまだ遠く、被災者の方々を理解することまでは出来なかったと思います。しかし、医学雑誌や学会でのシンポジウムを聞いていると、支援者側から見てうまく支援が出来たと言う話が多く、大槌の現状を考えると違和感を覚えます。被災の影響はまだまだ続いています。

「なぜ自分は生き残ってしまったのか」、「一緒に津波に流されれば良かった」という患者さんが居たり、また、血圧が高い患者さんが増え、不眠の患者さんも多い状態です。糖尿病の患者さんが、1年以上経って再来し、HbA1c10%以上になっていると言うこともありました。さらに、中心市街が無くなったために、震災の影響が無いはずの山間部の方々にも影響が及んでいます。また、役場・中学校・大槌病院といった被災ビルは取り壊しにならず残っていますし、家の基礎部分はそのまま残っており、それらを瓦礫処理しないと再建は出来ない状態です。鉄道の復旧も見通しがつきません。

しかし、マスコミ報道も少なくなり、学会へ出かけるとだいぶ復興が進んだでしょうと言われます。このままでは、被災地の経験・課題が、次に震災・津波被害が予想される東海・東南海地震地域の先生方に伝わらないのではないでしょうか。そこで、数年間被災地に住み、被災者の方々と接し、直に震災への備えと復興を考えて貰うプロジェクトが必要と考えました。

東海・東南海地震被災予想地域出身の方々に、被災地の病院へ研修医、または後期研修医として来ていただき、医療を研鑽すると共に、医療の復興を手伝い、医療・行政の対策・問題点を知って貰い、そして、実際に震災があった場合には、支援チームの中心になって貰うようになれば良いと思います。長期に研修することにより、岩手県のみならず、宮城県・福島県の医師不足の解消にも繋がります。

震災被災地の支援を行いたいと考える医師と同様に医学生も被災地のために役立ちたいと考える方が数多く居ると思いますが、被災地とつながりがない状況では何をしたら良いかわからない・だから何も出来ないと言う状態と思います。

AMDAさんのように災害支援のノウハウを知っている組織に被災地希望研修医を仲介募集していただけましたら、医学生の方々も応募しやすいのではないでしょうか。被災地研修医募集病院との調整など困難もあると思いますが、次期震災へ向けて、震災初期・復興期への対処を知った医師を育てるのも被災地病院の大切な仕事と思います。

今回の被災経験が、次の大災害時の被災を減らすことに少しでも役立てば幸いです。

屯田兵計画概要案

1.東海・東南海地震被災予想地域出身で有ること
2.東日本大震災被災地に近い研修指定病院に勤める。
3.研修指定病院校舎に住むのではなく、できる限り被災者の多い地区に住む。
4.被災者支援の会には積極的に参加する。
5.D-MAT研修をできる限り受ける
6.出身地被災の際は救援指導を取る

AMDA被災地間相互交流事業:大槌北小福幸きらり商店街との交流について

気仙沼復興商店街 南町紫市場 坂本 正人

今回のAMDAの被災地間相互交流事業で、初めて気仙沼以外の地域を見ることができました。特に、被災して仮設商店街を立ち上げたという、同じ立場の者同士の交流は、相互の良い面および悪い面を改めて見直す機会となりました。被災地間交流は、他の被災地の状況を知ることで新たな気付きもあり、また同じ立場の者同士が連携していくということにおいても大変意義あるものだと思います。現在は、ボランティアや観光などで仮設商店街を訪れる人も多いですが、今後は減少していくと考えられます。その中で、「大槌北小福幸きらり商店街」さんとは、お互いの物産の販売、ご当地グルメの推進、交流イベントなどを通して、商店街の活性化とともに更なる町の復興のために連携していきたいです。


筆者:左から3人目 復興食堂/大槌町にて

気仙沼市南町紫商店街を練り歩く
大槌町伝統芸能の臼澤鹿子踊り

大槌町教育委員会様より感謝状

大槌高校への被災新入生制服支援に対して、6月2日大槌中央公民館での菅波理事長の講演後、サプライズで大槌町教育委員会伊藤教育長様より感謝状をいただきました。

 

 

AMDA高校生会の活動について


AMDA事務局で、絆コンサートの準備作業

絆コンサートの会場で

今年度、昨年発生した東日本大震災における岩手県大槌の復興に向け、高校生としてできる支援、高校生だからできる支援を目標に活動をしました。AMDA高校生会は県内の高校生が集まり4月から8月までは20名、途中3年生が引退し昨年9月以降今年3月まで、新たなメンバーも加わり17名で活動をしました。ほぼ毎月定例会を持ち、AMDAの活動や東日本大震災の様子等について派遣されたスタッフにお話を聞くなどの学習会を通し、高校生会としてどのような活動ができるのか、話し合いを重ねました。主な活動内容は大槌高校および大槌AMDA高校生会との交流を深めることが中心となり、7月には大槌の高校生会2名を招き交流会をおこないました。大槌と岡山でのそれぞれ高校生会の活動報告のなかで理解を深め、またその後は昼食用にちらし寿司を作り会食をしたこともお互いの距離が近くなったと思います。

また毎年参加している岡山大学医学部の学園祭にAMSAの協力で参加をし大槌高校へのメッセージボード作成を呼びかけ、来場者にたくさんの協力をいただきました。この活動も多くの方達にAMDAの活動や被災地についてご理解をしていただくいいチャンスにもなったと思います。

そして3月にはAMDA東日本大震災絆コンサートを開催しました。大槌高校吹奏楽部を中心に就実高校・中学吹奏楽部の方々が出演されました。高校生会もステージで活動報告をしたり、当日の準備や会の司会進行等、運営にあたり充実感に満ちた、しかも同世代の交流ということで大変盛りあがり、熱気あふれるすばらしい音楽会になりました。高校生どおしだけでなく来場された人達にも音楽を通して感動を分かち合えたと思います。コンサート後高校生会の取り組みについて振り返りをしました。その際に出た感想の中で  「みなさんの演奏がとても感動的でAMDAの活動のすごさを感じた」、「自分の係の仕事にとても緊張したが、演奏しているみなさんが楽しそうにまた堂々としている姿に勇気づけられ、自分も頑張らなくてはと思った」「被災された高校生に会い、かわいそうと思うのではなく自分たちも行動して少しでも復興のためになることをすることが大切だと感じた」など多くのことを感じ、学んだと思います。今後AMDA高校生会も東日本大震災復興について、交流プログラムを継続することでより絆を深めていきたいと思います。


AMDA高校生会とは

高校生の個人の自由意思でつどうAMDAのボランティアグループです。1995年中国雲南省地震緊急救援活動において、けがをした児童支援や小学校支援を行ったことを契機に、設立されました。様々な学校の生徒が集まり、その年度ごとで活動内容を自主的に決めています。全体で集まるのは、月に一度程度の日曜日です。新メンバー大歓迎です。

お問い合わせ、お申込みは AMDAボランティアセンターまで
member@amda.or.jp