スマトラ島沖地震、よみがえる記憶、ぼんやりとした未来
越谷誠和病院内科医長(呼吸器)/ERネットワーク登録 細村 幹夫
(派遣期間2009年10月4日〜15日)
細村医師にとってインドネシアは、 3年前のジャワ島中部地震以来の活動 |
2009年9月30目、インドネシア・スマトラ島沖で、M7.9の地震が発生した。当初、数十人の死者・行方不明者の数は、次の日には数百人になっていた。インドネシア政府は、その数が数千の数になるであろうと発表した。人間は目先が利かない。起こった事を確認出来ても、その先は見えない。最終的に、その数は行方不明者を含めて1、117人を超えるものとなった。
被災地パダン市にある宿泊先の病院の一角は、中が丸見えになるように壁面が砕け落ちて、その構造のもろさを見せている。市内の高級ホテルとおぼしき建物は、その半分が、ただのコンクリートと鉄筋の山となっている。夜中になっても、沢山の国の緊急救助チームが、眩しいくらいのライトをつけ、重機を使い、自らの手を使い、汗だくになりながら瓦蝶をかきだしている。残念ながら、いくら掘っても、生存者は出てこないようだ。
活動の為、震源地に近い村落部に車で向かう。延々と続くアスファルトの道を、車の後部座席に座って、流れ続ける景色を見ている。人の背丈ほどある雑草の様な木々が、赤道直下の大地から、もさもさと湧き出している。空は、南国特有のぼやけた薄雲たなびく水色。灰白色のココ椰子の幹が年輪のような輪を巻きつけ、水色の天空目指して、黒緑色のささくれた葉を放射状に広げている。白昼に打ち上げられた沢山の花火のようだ。この辺は、随分ココ椰子が多い。車の後部座席に乗り、不規則に揺られていると眠くなる。薄れる意識の下、外の景色が次々に変わる。10年前、パレスチナ赤新月社で活動していた風景がフラッシュバックしてくる。茶褐色のデコボコした殺風景な丘陵地帯。自分に向けられる自動小銃の冷たく傷のついた銃口の数々。クリスマスに聖地ベツレヘムでながれる、クリスタルのようなソプラノ歌手の「きよしこの夜」。灰白色の空から白雪降る岩砂漠で、中が透けて見えそうな幾百と張られた粗末なテントと震え脅える数千の国内避難民。凍えながら見上げる夜空は、神を思わせる光輝く満天の星空。土砂漠の果てに戦闘で破壊し尽くされたようなオアシス。沢山のバナナの葉の下で疲れきった被災者達。夢のように、いくつもの場面が、外の景色のように現れては消えていく。随分沢山のものを見てきたんだな。それで、何か変わったのか。
村に到着後、仮設診療所をつくる。村人に、日本とインドネシアのNGO医療チームが来たことを、モスクを通じて放送してもらう。すぐに沢山の人々が集まりはじめる。医療とは無縁の人達が多い。我々が考える医療なんて、ごく限られた人達のものだ。世界で、一生の内に「医師」と呼ばれる人にどれだけの人々が出会うのだろうか。限られた時間、場所、機会の中、我々は彼らの地に赴く。それで、何か変わったのか。目的地の見えない夜空を飛んでいるようだ。沢山の人達が、まだかまだかと待ちわびている。小さな机のそばに座っているだけで蒸し暑い。そんなことを考えても「意味の無い事」と思い診療に集中する。
暫くすると、後方から、子どもの悲鳴に近い泣き声が聞こえてくる。振り返ると、スタッフが、子どもの足の裏に白く塗りたくられたペンキのようなものを、剥がそうとしている。子どもは痛そうに泣きながら、暴れている。[どうしたの?]とインドネシア人スタッフに聞く。足の裏に熱湯がかかり、歯磨チューブを塗って来たとのこと。「インドネシアじゃ、やけどの時は、歯磨きチューブを塗るのが一般的なのか?」と聞いてみる。スタッフは、笑いながら、「違う、違う、父親がとっさに辺りにあるもので、良さそうだと思った
歯磨きチューブをつけた」と言う。チューブを取らないといけないが、この暑い中、すっかり乾いて、創部を保護している。考え方によっては、この処置は、味噌などを塗ってくる日本人の方法より良い手かも知れない。とはいえ、こちらも職業柄、何とかしたい。点滴のプラボトルの底に、針で穴を開け、水鉄砲のようにして、患部にかける。子どもは泣かない。ボトルをねじり絞るように、更に水圧を強くする。すると少し剥がれてきた。子どもは泣いていない。暑い中、力仕事かと思うと、多少うんざりしたが、ボトルを脇の方に引き、絞りながら、「かあめえー、はあめえー、はあー!」と両腕を伸ばし、一気に水圧を上げる。すると、剥がれてくる。周りのスタッフや近所の子ども達が笑っている。インドネシアの人たちも知っているらしい。歯磨きチューブの剥離は順調に進んでいき、完了。患部は見た目以上に深そうだった。一定の処置を行い、処方箋を書いた。通訳を通じて、その後のフォローの仕方を、父親に伝える。もし、私たちが来なければ、あのまま、クリニックに行かずに、時間と共に治っていくのか?それとも、痛み、発熱が続いて、ようやく1時間位かけて、近隣のクリニックに行くのか?診療代は高いのか?そんな事を考えながら、涙目の男の子に、バイバイと、手を振る。男の子も涙を拭きながら、手を振りかええしてくる。やっぱり、何処へ行っても同じだ。同じ人間がいる。みんな、歯磨きチューブのような、白い綺麗な薄皮を被っているだけなのかもしれない。やるべきことは幾らでもある。メガネがずり落ち、青いAMDAのTシャツが、汗で群青色に変わっている。