HIV感染症とエイズの治療および管理


HIV感染症の管理
 HIV感染者の管理で最も重要な指標はCD4+Tリンパ球値である。
CD4+Tリンパ球が500/μl未満まで低下すれば、核酸逆転写酵素阻害薬であるジドブジン(ZDV,AZT)などを投与して、 エイズ発症を予防する。
CD4+Tリンパ球が200/μl未満になると ニューモシスチス・カリニ肺炎を合併する危険が高いので、コトリモキサゾール(ST合剤)内服やペンタミジン吸入による発病予防を試みる。熱帯地方ではCD4+Tリンパ球値を容易にチェック出来ないので、理学所見から早めの予防内服を開始するのが良い。

成人と青少年エイズの治療
 作用機序の異なる抗HIV薬を併用することにより、エイズ患者の治療効果は劇的に改善している。例えば、米国では1994年から97年の間に、エイズ患者の死亡率は75%も減少した。熱帯地方では、経済的な貧困から同様な恩恵が得られないことが、1998年の第12回世界AIDS会議(ジュネーブ、会議のテーマは'bridging the gap')で大きな問題として取り上げられた。また女性患者への差別をなくし、男性と同等以上の適切な治療が受けられるように配慮すべきことが訴えられた。
 現在、エイズ治療に用いられている抗HIV薬は、プロテアーゼ阻害薬逆転写酵素阻害薬に大別される。in vitroで、プロテアーゼ阻害薬と逆転写酵素阻害薬には相加作用ないし相乗作用が確認されており、 治療効果を高められると同時に、薬剤耐性ウイルスの出現を減らすことが出来る。
 一方で、エイズ患者のなかには深夜早朝の内服や、1日当たり25錠(カプセル)服用せねばならない者もあり、 drug complianceの問題だけでなく、患者の経済的負担はますます重くなっている (米国では3剤併用の投薬費が、毎月平均して1,000米ドル)。
また、併用療法によってHIVが血中から検出されなくなっても、リンパ節などにHIVが潜んでいると考えられる。患者の免疫機構の回復程度などを考慮し、専門医の判断で投薬減量や終了を判断すべき。
エイズ治療は日進月歩の向上を呈しており、熱帯の発展途上国でもより安価で効果の高い治療法が今後期待される。
HIV/AIDS Treatment Information Serviceからの最新情報に注目されたい。
 
抗HIV薬 プロテアーゼ阻害薬 逆転写酵素阻害薬
主な薬剤 ・インディナビル(IDV,クリキシバン)
・リトナビル(RTV,ノルビール)
・サキナビル(SQV,インビレース)
・サキナビル(SQV,フォルトベース)
・ネルフィナビル(NEL,ビラセプト)
核酸逆転写酵素阻害薬(NRTIs)
・ジドブジン(AZT,ZDV,レトロビル)
・ジダノシン(ddI,ヴィデックス)
・ザルシタビン(ddC,ヒヴィッド)
・サタブジン(d4T、ゼリット)
・ラミブジン(3TC,エピビール)
非核酸逆転写酵素阻害薬(NNRTIs)
・ネビラピン(ビラムン)
・デラビルジン(レスクリプトール)
作用機序 HIV複製の最終段階で感染力を失活させる 細胞内でリン酸化してHIVの逆転写酵素を阻害
1日投与量
副作用
・リトナビル=1.2g、末端の感覚異常、肝炎など
・インビレース=1.8g、下痢、肝障害など
・フォルトベース=3.6g、下痢、肝障害など
・ネルフィナビル=2.25g、下痢、高血糖
・AZT,ZDT=600mg、骨髄抑制(貧血など)
・ddl=3-4mg/kg、膵炎、末梢神経障害
・ddC=2.25mg、末梢神経障害、口内炎
・3TC=4mg/kg、殆どなし
・ネビラピン=800mgを2wk、以後半減、肝障害
・デラビルジン=1.2g、頭痛と発疹
その他 ・インディナビルは食前、他は食事中に服用
・サキナビル服用では食事を多めに摂ること
・いずれもチトクロームp450で代謝される
・IDVとNELはリファンピン禁忌
・AZT,ZDVと3TCは相互に併用した際の1日量
・NRTIsはいずれも腎から排泄される
・NNRTIsはチトクロームp450で代謝される
 
好ましい併用:A群とB群より無作為に1組ずつ選ぶ
A群          B群
インディナビル     ZDV+ddl
ネルフィナビル     d4T+ddl
リトナビル        ZDV+ddC
サキナビル-SCG    ZDV+3TC
リトナビルと       d4T+3TC
サキナビル-SCGまたは-HGC 
代替の併用:ウイルス抑制効果はやや劣る
ネビラピン+B群の1組
一般に勧められない:臨床上の恩恵は明白だが、殆どの患者で初期のウイルス抑制が持続しない
B群の1組
勧められない:明らかに使用不適、ウイルス学的に望ましくない、または相乗毒性がある
全ての単剤投与
d4T+ZDV,ddC+ddl,ddC+d4T,ddC+3TC
米国CDCのHIV感染症治療指針(1998年4月)の表6を改変

小児のエイズ治療
 小児のエイズ治療薬は成人・青少年のそれらと変わりない。但し、思春期までのHIV感染者は病態生理がより複雑で、病状も急激に変化し易いため、HIV治療に経験の豊富な小児専門医に紹介するのが良い。熱帯の現場でそれが難しい場合には、定期的な助言を受けるべき。それも困難な場合には、米国CDCの小児HIV感染症における抗レトロウイルス薬使用ガイドラインを一読されたい。
米国CDCの小児HIV分類改訂版(1994年)は以下のように分類される。
 
カテゴリーN:無症候 (HIV感染の結果と考えられる所見または症候がない。或いは、カテゴリーAのうちの1項目だけを有する子供)
カテゴリーA:軽微症候 (以下の項目のうち2項目以上を有するが、カテゴリーBまたはCは含まない子供)
・リンパ節腫脹
・肝腫大
・脾腫大
・皮膚炎
・扁桃腺炎
・反復または持続する上気道炎、洞顎炎、または中耳炎
カテゴリーB:中程度症候 (HIVに起因するカテゴリーAまたはカテゴリーC以外の症候基準を有する子供)
・貧血(8g・dl未満)、白血球減少(1,000/μl未満)、または血小板減少(100,000/μl未満)が30日以上持続
・細菌性髄膜炎、肺炎、敗血症(単回の既往)
・カンジダ症、耳咽頭炎(例えば鵞口瘡)が2###を超えて、6&&&を超えて持続
・心筋炎
・生後1ヵ月未満のサイトメガロウイルス感染症
・反復性または慢性の下痢
・肝炎
・反復する単純ヘルペス性口内炎(1年以内に2回を超える既往)
・平滑筋肉腫
・リンパ間質性肺炎(LIP)
・腎症
・ノカルジア症
・1ヵ月を超えて持続する発熱
・発病が生後1ヵ月未満のトキソプラズマ症
・播種性水痘(即ち、重症水痘)
カテゴリーC:重篤症候 (LIPを除き1987年のAIDSサーベイランスの症例定義に挙げられた何れかの基準を有する子供)

日和見感染の管理と治療
 日和見感染症の管理と治療については、HIV感染による日和見感染症一覧を参照。

 現在のところ,HIV-1感染からエイズ発症までの期間は血液中HIVウイルス量により、数年から10数年と云われる。感染後10年経過しても発病しない者が半数を占めるとされるが、熱帯地方ではそれより少ないと推測される。
熱帯地方でエイズ患者を管理する上で最も留意すべき点は、結核の予防であろう。DOT療法(直接服用確認)などを怠ると、薬剤耐性結核を引起こすし、アフリカではチオアセタゾンを服用すると、Stevens-Johnson症候群を併発することが知られている。インディナビルとネルフィナビル服用者に、リファンピンは禁忌である。
 

米国CDCのHIV感染症治療指針(1998年4月)の要点は、以下のようにまとめられる。

  1. 進行中のHIV感染は免疫機構を破壊し、悪化させてAIDSを引起こす。HIV感染は常に有害であり、真に臨床上重大な免疫不全を長期間免れることは通常ない。
  2. 血漿中のHIV・RNAレベルは、HIV増幅の程度と、それに付随するCD4+T細胞リンパ球の破壊の度合いを示す。またCD4+T細胞リンパ球値は、HIVによって既に引き起こされた免疫破壊の度合いを表している。定期的に血漿HIV・RNAやCD4+T細胞リンパ球値を測定することは、HIV感染者の疾病悪化の危険性を判定したり、抗レトロウイルス薬治療の処方を開始または修正する際に必要となる。
  3. HIV感染者の間で疾病悪化の程度は異なるため、治療内容は血漿HIV・RNAレベルやCD4+Tリンパ球値によって示される危険度によって決められるべきである。
  4. 抗レトロウイルス療法の可能な組み合わせを用いて、血漿HIV・RNAを感受性の限度まで抑え込むことにより、ウイルス増殖を抑制し疾病悪化を遅延させて、抗レトロウイルス薬の効能に限界をもたらす、抗レトロウイルス薬耐性HIV変異株の出現を事前に抑制する。従って、HIV増殖を最大レベルまで抑え込むことを、治療の目標とすべきである。
  5. HIVの増殖を持続的に抑制するのに最も効果的な手段は、以前その患者の治療に用いられて交叉耐性を獲得したものでない、有効な抗ウレトロウイルス薬を同時併用することである。
  6. 併用療法の処方に用いられる各々の抗レトロウイルス薬は、常に最適なスケジュールと用量とに従って用いられるべきである。
  7. 利用可能で有効な抗レトロウイルス薬は、数量、作用機序、および特効薬と記述されたものとの間に制限がある。従って、抗レトロウイルス療法には将来的に治療上の制限が増える。
  8. 女性は、妊娠の有無に拘らず、最適な抗レトロウイルス療法を受けるべきである。
  9. HIVに感染した子供は、小児に特有な薬理学的、ウイルス学的、免疫学的な配慮が必要なものの、抗レトロウイルス療法の基本は、HIVに感染した小児、青少年、成人へ同等に適応される。
  10. 急性のHIV初感染と同定された者は、抗レトロウイルス薬の併用により、血漿HIV・RNAアッセイで検出感度下限以下となるようにウイルス増殖を抑え込むべく治療されるべきである。
  11. HIV感染者は、ウイルス感染量が検出下限値以下まで抑え込まれていても、感染力があると判断されるべきである。従って、HIVやその他の病原体を移し合う性行為や薬物使用を避けるようカウンセリングを受けるべきである。

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