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鎌状赤血球症の疫学(sickle cell anemia, epidemiology)


鎌状赤血球症は黒人に多い遺伝的疾患で、ヘモグロビンSと呼ばれる異常ヘモグロビンが出来ることが特徴である。1910年にHerrichが鎌状の赤血球の変形を発見した。1949年にはPaulingとItanoがヘモグロビンSが電気泳動で正常とは異なる泳動パターンを示すことを発見した。8年後Ingramは、ヘモグロビンSが成人型ヘモグロビンとアミノ酸が1個異なるのみであることを証明し、分子生物学的に初めて明らかにされた疾患となった。それ以来、この疾患の病態生理、症候、診断を解明するために多くの仕事がなされたが、治療のほうは未だ有望なものはない。

ヘモグロビンSはヘモグロビンAとβ鎖の6番目のアミノ酸がグルタミン酸がバリンに変わっているのみである。この変化は11番染色体にあるβ鎖の構成遺伝子の変異によって起こっている。グルタミン酸をコードするコドンの2番目の核酸であるアデニンがウリジンに変わっているため、βs遺伝子を作ってしまうのである。この変異を確認することは、今ではそれを専門とする研究所で、様々な細胞(例えば胎児の羊水中の細胞)から抽出したDNAを用いて、簡単に施行出来るようになっている。
この手法を用いた疫学調査で、βs鎖をコードする変異型13 キロベースのバンドが北米の黒人患者の67.9%に見つかることが判った。またこれがGuadeloupeやMartiniqueのアンチル人患者の63%に見つかった。アフリカでは、北アフリカやギニアで殆ど常にβsとこの13 キロベースのバンドは関連しているが、赤道近くの西アフリカではずっと少ない。従って、この相関は絶対的でない。実際にアフリカ東岸やアラブの人種では、この相関は全く見られない。βAをコードしている正常の遺伝子は、殆どの場合7.6キロベースのバンドに見られる。単純にその反対(7.6キロベースがβsであるが、13キロベースがβAである)か、或いはその両方であることも実際起こり得る。この評価法は、分子生物学的興味以外にも、妊娠16週から胎児のホモ接合体の早期発見の見通しを開くものである。
鎌状赤血球症は常染色体相互優性の遺伝形式をとる。臨床上はホモ接合体のみが重篤な症状を呈するので、劣性遺伝のように思われるが、生化学的には(明らかにホモと比べて量は異なるが)ヘモグロビンSがヘテロにも存在するので、優性のように考えられる。
人種的・地理的分布にははっきりした傾向がある。北緯15度と南緯20度の間にある<鎌状赤血球症遺伝子保有者の多発地帯>のアフリカ黒人に最も多く見られる。遺伝子保有者は西アフリカでは5-20%、中央アフリカの一部の人種(コンゴ、ザイール、ナイジェリア)では40% にのぼる。米州の黒人(米国の9%、仏領アンチル諸島では12%)にも本症が見られる。時には中央アジア、サウジアラビア、インドなどで皮膚の黒くない人々にも認められ、稀にトルコ、ギリシャ、マグレブにも発生する。

病態生理;酵素化されたヘモグロビン Sは、ヘモグロビンAのように可溶化されているが、脱酵素化されたヘモグロビンSは、偽結晶化したゲルのような状態となり、螺旋状構造の鎖が重合した形の長いフィラメントを形成する。この脱酵素化したHsSのゲル状構造は、可逆的に元に戻るが、これは生理生化学的な状態や、他に存在するヘモグロビンの量などに規定されるヘモグロビンSの濃度によって異なる(HbFの存在下ではHbAの存在下よりも高いHbS濃度が必要で、HbC存在下ではより低いHbS濃度でもゲル化する)。
赤血球の鎌状化は脱酵素化によるHbSのゲル化の直接的結果である。ヘテロの鎌状赤血球症では赤血球のHbS濃度が少なく、生体内で鎌状を形成することは無く、特殊な状況で見られるのみである。これに反してホモ型では動脈血酸素分圧が45mmHg以下になると、容易に鎌状赤血球が形成される。アシドーシス、脱水、高体温があるときに形成され易い。脾臓や腎髄質といった特別な部位に感染が生じても多く認められる。赤血球の鎌状化は暫くは可逆的だが、一定時間を経ると赤血球の膜変化により非可逆的に鎌状を呈するようになる。
血栓形成と溶血が臨床上の主たる症状である。硬い鎌状赤血球は血液の粘度を増し、それ毛細細血管を流れる時間もより長くかかり、凝集を起こして毛細血管の閉塞と梗塞を来すことになる。また鎌状赤血球は脆弱なので、網内系組織によって早期に破壊される。これらの現象は血管閉塞または溶血の危険性に曝されると極端に増悪し、低酸素血、脱水により鎌状化>虚血>低酸素>アシドーシス>鎌状化という悪循環を引き起こしながら悪化する。
鎌状赤血球症の際に感染症の頻度が高くなるのは、脾機能の低下や臓器の梗塞にために細菌の増殖を許すからである。純粋な意味での免疫防御機構は殆ど傷害されない。
熱帯熱マラリア原虫による悪性マラリアは、ホモやヘテロの鎌状赤血球症患者では正常人より少ない。ヘモグロビンSをもった赤血球で酵素分圧が低い場合、熱帯熱マラリア原虫は増殖が弱まるのである。これはある意味では、ホモの症状が重篤にも拘わらず<鎌状赤血球地帯>での遺伝頻度が維持されていることに関係している。

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