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ヨード欠乏症(iodine deficiency, carence en iode)
疫学(epidemiology)
世界中で8億人が沃素欠乏状態にあると考えられる。本症の罹患者数を特定する上で、一部では10億人という数字を挙げる者もある。地方病性甲状腺腫の数は1億9千万人に達する。この症候群は沃素の欠乏に因るもので、内分泌性障害ほど重篤でない、産科的、神経精神学的障害から主要な公衆衛生の問題となる。かつて甲状腺腫の罹患率は、地域住民の沃素欠乏の度合いを計る良い指標で、疫学計画を単純に評価する目安であった。
アフリカではモーリタニアとガボンを除いて、全ての国にヨード欠乏症が見られる。これらの国の一部は大陸中央に位置し、住民の80%以上が罹患している。南米ではボリビア、エクアドル、ペルーが最も高い罹患率を示す。しかし本症は風土病として、ラテンアメリカ諸国の大半に残っている。アルゼンチン、コロンビア、チリでは、この浸淫状態は部分的には制圧されている。アンチル諸島では比較的自然に、低く抑えられている。インド、インドネシア、ネパールでは、本症は偏在し、地域的には85%を越える。他のアジア諸国では本症は重大でないが、中国では3億を越える人が危険に曝されている。ベトナムでは甲状腺腫の罹患率は10%であるが、同国でヨード欠乏所見を呈する者は、少なくとも50%という。
危険因子(risk factors)
沃素は地上に不均等に分布している。最も被害を被り易い地域には共通した特色がある。海から遠い大陸内部、起伏のある山岳部、社会の見発達、表土の侵食が挙げられる。このような地域では地表に沃素を保持する力が弱く、外部から沃度が持ち込まれない限り、住民は沃度欠乏に陥る。この沃素保持力に乏しい地域では、キャベツ、カブ、クルミ、キビ、キャッサバといった甲状腺腫原性を促進する食物を消費すると、危険性が増す。原因として考えられる物質に、(キャッサバに含まれる)linamarine、thiocyanates、(十字花に含まれる)isothiocyanates があり、これらが強力に甲状腺機能を阻害(沃素結合阻害)する。また竹や薩摩芋を沢山摂食すると甲状腺腫の原因となることがある。沃素の1日当たりの必要量は80μg であるが、先に挙げた《甲状腺原性》食品を食していると、1日に 120μg 近く必要となる。
甲状腺腫は女性と青少年に多い疾患である。しかし甲状腺腫は、沃素欠乏を忠実に反映するものではない。
今日最も重要な危険因子は、社会経済的要因である。沃素欠乏地域で、欠乏がない地域からの商品が流通していない所では、当然罹患率は高くなる。逆の例としてスイスでは、欠乏地域にも拘らず、外来性の沃素(沃素添加塩、自然に或いは人工的に沃素を含んだ様々な食品)が供給されているため、欠乏症は見られない。
症候(symptomatology)
ヨード欠乏症は臨床上、3つの型と幾つかの付随症候として発症する。
甲状腺腫:最も顕著であるが、美容上偏見が生ずることを除いて、一番問題の少ない症候である。これは住民の大部分が患えば、それ程の問題でなくなり、(圧迫症状や癌化といった)合併症は稀である。
成人の甲状腺機能低下症と不完全型の粘液水腫:この診断は血液生化学的にのみ行なわれる。血清中のT4と遊離型T3の低下と、微量に存在するTSHの増加を認める。
先天性神経性症候群:前の2型と鑑別されるもので、甲状腺機能低下性クレチン症(小人症、巨舌、鼻中隔の前湾、下顎の発育不全、臍ヘルニア、重篤な不可逆性精神運動発達遅延、骨端の発育不全)と、(特にアジアと南米に多い)神経性クレチン症(聾唖、眼球運動麻痺、様々な程度の知能発達遅延、下肢の痙性麻痺または不全麻痺)がある。不完全型は《準欠乏》状態にあることと一致し、明らかに欠乏地域に見られるが、余り記述されない。
また沃度欠乏は周産期の胎児死亡の重要な原因となる。
治療と予防(treatment and prevention)
本欠乏症の治療法と予防法は同一である。組織に必要とされる沃素の量(甲状腺原性物質を摂取している地域では1日当たり 100-150μg)を与える。治療は単純だが、実施するのは難しい。
沃素の食塩への添加は難点がある。この塩を商業的に流通させる機構がない地域こそが、住民の大部分が罹患している所なのである(辺鄙な地域であればある程、沃度欠乏を被害が大きい)。沃素添加塩を安定供給問題には、特別な条件が必要となる。つまり経費の増加に伴い、二国間または多国間による大がかりな持続的援助が求められる。
沃素油の筋注により、3-4年間は充分な沃度量の維持が可能である。しかし医学的な実施法、生産費用、住民の動機付けがないと、高い費用(1人1年間に20円)を上回る利点はない。このような運動が成功するかは、プライマリ−ヘルスケアがうまく機能するかに係っており、実際にその結果は様々に評価される。さらに注射を行なうこと自体に医学的な問題も生まれる。生理的範囲を越える沃素量を与えることは、沃素原性の甲状腺機能亢進症を引き起こしたり、Wollf-Chaikoff効果により悪化させたり、沃素アレルギーを惹起したりする。注射に関して厳密な衛生的管理を怠ると、後天性免疫不全症候群の汎流行といった現実的問題にも陥る。
沃素油の経口投与は未だ実験段階を出ていないが、最初の結果は当初の期待にまで達していないようである。沃素をシリコンに充填した器具は、衛生的な環境下(井戸、導水管)に長期間沃素を自在に拡散出来、画期的な成果を示している。この方法は現在評価中だが、非常に有望である。
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