HIV感染症とエイズの疫学


HIV感染症とエイズ(後天性免疫不全症候群)
 エイズの病原体は、レトロウイルス科( Retrovividae )に属するRNAウイルスである、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus, HIV)。
このウイルスはCD4+Tリンパ球に好んで感染して破壊するため、その減少による細胞性免疫不全(後天性)でエイズが発病する。

 HIVには、全世界に広がっているHIV-1と,アフリカ西海岸を中心に流行しているHIV-2というサブタイプが知られている。HIV-2の塩基配列は、サル免疫不全ウイルス(simian immunodeficiency virus, SIV)に近く、人畜共通感染症の可能性がある。HIV-2感染の臨床症状は、HIV-1感染のそれより軽症なことが多い。

 HIV感染による免疫不全が高度になると、結核やニューモシスチス・カリニ肺炎などの日和見感染症が合併する。近年、エイズ患者のKaposi肉腫は、ヘルペス8型ウイルスの感染が示唆されている。
さらに、AIDS痴呆症候群(AIDS dementia complex)の様な精神神経病状のように、エイズは多彩な症候を呈する。

 エイズは1981年にアメリカで初めて報告された。初期には同性愛男性に、次いで麻薬静注常用者、血友病患者などに発病が広がり、これらは本症のハイリスク群とされた。病原体の同定は、1983〜84年にかけてフランス・パスツール研のMontagnierと、米国NIHのGalloによってなされた。


HIVの基本構造
 HIV-1の遺伝情報は約9kbのRNAに含まれている。レトロウイルスに共通の構造遺伝子として、 gag (コア蛋白),、pol (逆転写酵素),、env (外殻)の3つであるが、HIV-1にはこの他に調節遺伝子を数種類コードしている。HIV-2との違いは、これらの調節遺伝子の部分である。

 HIV-1の主な標的細胞はCD4+Tリンパ球で、CD4+Tリンパ球表面のCD4蛋白がHIVの受容体となる。HIV-1がCD4+に結合すると、ウイルスRNA遺伝子はリンパ球の中に取り込まれ、ここでHIV-1の有する逆転写酵素によってDNAに逆転写される。
 このようにしてできたproviral DNAはリンパ球の遺伝子に組み込まれる。CD4+Tリンパ球の遺伝子が免疫的刺激により活性化されると、mRNA、ウイルス蛋白が順次つくられ、ウイルス粒子に組み立てられて感染リンパ球から放出される。この過程で、逆転写の際にエラーが生じやすいため,年間に塩基配列の0.5〜1%に変異が起こる。これがHIVワクチンの開発を困難にしている。


HIVの生体内感染形式
 HIVの生体内感染は、細胞外の遊離ウイルスがCD4+Tリンパ球に直接感染する経路と、感染細胞が未感染のCD4+Tリンパ球と接触して細胞間感染を起こす経路がある。
 HIV-1はCD4+Tリンパ球への感染他に、マクロファージ、単球、中枢神経細胞(たぶんミクログリア)、大腸の上皮細胞に感染する。


HIV感染症とエイズの疫学
 AIDSの流行は1980年代から短期間のうちに全世界に波及して、汎流行している。現在、毎日おおよそ5,000〜6,000人の新しい感染者が発生しているとWHOは推定(英国保健省は16,000人/日)している。UNICEFの推計によれば、2010年までに4千万人の子供が、エイズで親を失うという。取り分け、エイズ治療とHIV感染予防が不充分な東アフリカでは、4割の子供が15歳になるまでに、片親をエイズで亡くす悲惨な状況にある。
AIDSの感染経路は、(1)性行為、(2)血液汚染(麻薬の回し打ちなど)と血液製剤媒介(輸血、針刺し事故)、(3)母子感染、の3つ。マラリアのように媒介蚊の吸血によって感染することはなく、B型肝炎ウイルスのように歯ブラシや剃刀の共用で感染する危険性も極めて少ない。

1998年6月現在、WHOによる世界の推定エイズ浸淫状況と将来予想は、以下の通り。

1981年からの累積数 1997年の新規数
HIV感染者 1,000万人§(1996年)
3,000万人*(1998年)
4,000万人#(2000年)
580万人
エイズ患者 190万人 25万人
エイズ死亡 1,170万人 230万人

§第11回世界エイズ会議での報告による
*このうち2,100万人がアフリカに居住(AP通信による)
#Reuter通信による

なお最新の国別統計は、UNAIDSのfact sheetを参照されたい。

 AIDSの疫学調査には米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention)の分類が使われている
HIV-1感染症に関するCDC分類
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第1群 感染初期に特有な一過性の症状がみられる抗HIV抗体陽性の患者
第2群 無症候性の抗HIV抗体陽性の患者
第3群 持続性全身リンパ節腫脹
鼠径部以外に少なくとも2か所以上に持続して3か月以上1cm以上のリンパ節腫脹がみられ,それ以外の症状はない
第4群 その他の症状
亜群A:全身症状(発熱,体重減少,下痢など)
亜群B:神経症状(痴呆,脳炎,ミエロパチー,ニューロパチー)
亜群C:二次感染症(表2)
亜群D:二次性悪性腫瘍(表2)
亜群E:HIV消耗性症候群などその他の症状
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