黄熱の疫学


1.病原体、媒介動物、保有動物
  黄熱ウイルス(virus amaril, amarilloはスペイン語で黄色のこと)はFlavivirus属含まれる。サルMacacus rhesusとハツカネズミを使った実験で、病原体は幾つかの株に分類されるが、基本的には培養上の特性から、1927年に分離された Asibi株(Rockefeller 17Dの元株)とDakar Pasteur 研究所のフランス株(神経好性のフランスVFN株)の2つに大別される。主要な脊椎動物の宿主はサルとヒトで、ウイルス血症は短期間(8日)続いて、その後終生免疫を有す。蚊は媒介動物と保有動物であり、アフリカではAedes属、アメリカ大陸ではHaemagogus属のいろいろな種が関与する。雌のみが吸血性で、黄熱の伝播に関与する。ウイルスの伝播は、媒介蚊がウイルス血症期にあるヒトや霊長類を吸血して起こる。ヒト-ヒト間の接触感染はない。吸血後4-10日して感染蚊は感染力有し、死ぬまで持続する。

 19世紀の終わり頃、南米やアフリカの港町で流行が報告された。1881年にCarlos Finlayが103人のボランティアに吸血させて、 ネッタイシマカAedes aegypti が媒介することを明らかにした。20世紀初頭、幾つかの調査隊がラテンアメリカを踏査して病原体を明らかにし、シマカの棲息地を破壊することで予防を行なった。この方法が功を奏し、パナマ運河がついに完成したのは有名。アフリカの流行には1926年以来、2つの研究所( Rockefeller財団と Dakar Pasteur研究所)が、Macacus rhesus種のサルとハツカネズミに黄熱ウイルスを感作させて、初代株を分離。その子種株が今日までワクチンに利用されている。1932年、Soperは黄熱がヒトだけでなくサルにも見られることを明らかにし、《森林型黄熱病》を記載した。

2.浸淫地帯
 北緯15度と南緯15度に挟まれたアフリカの熱帯地方には、ジブチ、ソマリア北部、マダガスカルと、シマカを駆除したケニアの都市部(Nairobi, Kisumu) を除いて、この浸淫地帯が広がっている。アメリカ大陸の熱帯地方では、南緯15度に当たるパナマがこれに入る。 Aedes aegyptiを撲滅した幾つかの都市部地域(アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ペルー、ボリビア、ブラジル、パナマ)では、危険性はないと考えられる。しかし都市型の流行を引き起こさないにしても、ベネズエラ、コロンビア、ギアナの小都市では、ウイルスの周期的な再燃と疫学状況の悪化が続いている。
 アジアと太平洋では、少なくとも都市部ではAedes aegypti が浸淫しており、伝播条件が整っているにも拘らず、現在まで流行が見られない。

 黄熱は今日でも問題となる疾病である。確かに広範な予防接種運動と媒介蚊駆除が功を奏し、黄熱の浸淫は食い止められ、大都市部では消滅している。しかし黄熱の地域的な制圧はまだ途上段階にある。森林部の流行巣では散発例が毎年見られ、予防手段が少しでも緩和されると、真正の流行が再燃する。アフリカの何ヵ国かでは最近悲惨な経験をしている。ザイール(1958)、エチオピア(1960-62)、セネガル(1965)、ブルキナファソ、ガーナ、トーゴ、マリとしばしばナイジェリアとアンゴラ(1969)、ガンビア(1978-79)、の他、象牙海岸(1982)では25例で25人とも死亡し、25検体で分離がなされて、集団発生であると報告された。1983年のブルキナファソとガーナでの流行では、 728例が確認され、 487人が死亡した事件も重大。IgMの特異抗体による疫学調査から、ブルキナファソで被害のあった地域住民の凡そ50%が感染し、死者数は800-1,700 にのぼり、死亡率は6-10%と推定された。1984−85年にこの状況は再び正常化し、この間ブルキナファソでは、1983年の流行地から遠く離れた Banfora地方で13例が報告された。1986−1989年に複数の流行が追跡調査され、合計 6,232例が報告された。1987年にマリで 305例と発病と 145例の死亡が、1990年にはカメルーン北部で 173例の発生と 118例の死亡が報告された。南米ではアマゾンの平野部と、その上流の特にコロンビア(Santa Marta地方)、ブラジル(Para, Goyas, Amazonas, Mato-Grosso地方)、ペルー、ボリビアで、森林を発生源とする散発例と小流行が毎年報告されている。
 
3.感染サイクル
  アフリカ、アメリカ大陸では、3つの疫学様式に区別される。
 
森林地帯の散発例:これは感受性のある者がサルと蚊による森林サイクルに入って、それにより感染して発生する。大半の症例で臨床所見は認められない。この森林サイクルの中で生活する住民は、はっきりした臨床所見を示さずに、免疫を獲得することがある。黄熱の森林サイクルはアフリカ西部、アフリカ中央部、アマゾンに広がり、森林沿いや森林とサバンナがモザイク状の所に伸びている。アフリカのサイクルを媒介する蚊は主要なシマカで、Aedes africanus, Ae.luteocephalus, Ae.opock, Ae.furcifer, Ae.tayloriが挙げられる。アメリカ大陸ではHaemagogus janthynonisが媒介する。アフリカでは感染したサルは発病しないが、アメリカ大陸では大半が死ぬ。
 
農村部での流行:これは免疫された住民が、特にアフリカでは水辺の森林地帯で森林サイクルと接触して(ブルキナファソの流行型)発生する。森林部のAedes、特にAe.luteocephalus, Ae.furcifer, Ae.tayloriが森林を離れて、村落周辺で吸血する。時折サルからヒト、ヒトからヒトへの伝播も確認されている。散発例の多くは、このような小流行が顕著となったものである。媒介蚊はいずれも樹木の洞で発育する。南米ではH.albesnaculataが同じような役割を果たす。アフリカ東部では感染したサルが村落の周辺まで来て、そこでAe. simpsoniに吸血され、これがウイルスをヒトに移す。この種は家屋周囲の環境では、バナナの葉腋に溜まった水で発育する。
 
都市部での流行:家屋に飛来する蚊によって、人間同士に伝播する型で、アメリカ大陸でもアフリカでもAedes aegypti が特に重要である。 Ae. aegyptiが存在すると、農村部での流行が《都市化》されて、ウイルスの集積が引き起こされる。ガンビアとさらにはナイジェリアでの流行がこの例で、農村型で始まった後、都市型に発展して終息した。ある程度沢山の媒介蚊Ae. aegyptiがおり感受性のある住民がいる所では、ヒトによってウイルスが運ばれて、森林型の流行巣が発生する。前世紀に港町で大流行した例はこの型が原因であるが、今では見られなくなった。しかし急速な航空機輸送の発達とAe. aegypti の分布拡大と、自然の中へ都市化が進んでいる状況を鑑みれば、この危険性は依然残っている。


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