結核治療における最大の問題点は、抗結核薬の服用期間が半年から1年と長く多剤併用(殺菌作用と静菌作用の抗結核薬を組み合わせる)のため、多くの結核患者が治療を完了出来ないこと。次に大きな問題は、不適切な結核治療などによって、薬剤耐性菌の出現が拡大していること、である。そのため、WHO世界結核計画(Global
Tuberclosis Programme)はDOTS(Directly Observed Therapy, Short-couse,
直接監視下服薬、短期コース)を推奨している。DOTSとは、結核感染者が抗結核薬を服用するのを、保健医療従事者や研修を受けて認定を受けた者が直接に監視・記録して、結核治療を完了させる治療法をいう。
特に熱帯地方では、1)予算不足や行政の機能不充分により不規則で不足がちな薬剤供給、2)道路事情や治安上の問題で薬局から結核感染者への薬剤配給の中断、3)難民問題、HIV浸淫、薬剤乱用による結核疫学の複雑化などが影響して、適格な結核治療を遂行するのは困難を極めることが多い。
そのため、熱帯の現場でDOTSによる結核治療を行なう際の指針として、まず以下の点を考慮してから治療を実施したい。
-その地域で定められている抗結核薬の組み合わせは何か?それらをどうやって安定入手するか?
-DOTSを実施するための予算と人材はあるか?
-薬剤耐性結核菌の浸淫状況はどうか?
治療前から満足な治療計画が立てられない場合には、公衆衛生学的見地からは治療は行なわない方が良い。また治療出来る患者数が限られる場合には、最も治療が完了する見込みが高い者から治療する。家族内発病例は全員同時に治療を開始したい。
1.肺結核の治療
肺結核の治療は、基本的にイソニアジド(INH)、リファンピ(シ)ン(RIF)、ピラジナミド(PZA)と、エタンブトール(EMB)またはストレプトマイシン(SM)の4剤で行なう。熱帯の現場で問題となるのは、リファンピシンが高価で入手が難しいことと、ストレプトマイシンが筋注でしか投与できないこと。また各薬剤には副作用があり、各結核菌で薬剤感受性が異なることにも注意したい。代表的なDOT処方の6ヵ月コースを次に挙げる。
主な抗結核薬の投与量:上から成人(mg/kg)、12歳未満の小児(mg/kg)、最大投与許容量(mg)
薬剤 | 連日投与 | 週2回 | 週3回 | 副作用 | その他 |
INH | 5 10-20 300 |
15 20-40 900 |
15 20-40 900 |
肝機能障害 末梢性神経炎 中枢神経障害 |
末梢神経炎の予防にピリドキシン有効 |
RIF | 10 10-20 600 |
10 10-20 600 |
10 10-20 600 |
肝炎 胃腸不快 発疹 |
ケトコナゾール、メタゾン、サイクロスポリン、ジギタリス、グルココルチコイド、経口避妊薬、抗痙攣薬などの肝代謝亢進(1.5倍ほど増量して投与) 尿など体液の橙変(処方前に必ず説明) |
PZA | 15-30 2,000 |
50-70 50-70 4,000 |
50-70 50-70 3,000 |
肝炎 胃腸不快 高尿酸血症 |
胎児への影響が未知のため、妊婦には禁忌 |
EMB | 15-25 15-25 |
50 50 |
25-35 25-35 |
視神経炎 | 視力低下を訴えられない小児には禁忌 |
SM | 20-40 20-40 1,000 |
25-30 25-30 1,500 |
25-35 25-35 1,500 |
聴神経障害 腎毒性 |
妊婦には禁忌 腎機能の低下した者や高齢者には減量 |
処方1 | 処方2 | 処方3 | |
4剤併用 | 1)毎日8週間 | 1)毎日2週間 2)週2回6週間 |
1)週2回24週間 |
INH+RIF | 2)週2回16週間 | 3)週2回16週間 |
-週2日の間欠投与の方が連日投与より監視が簡単。間欠投与の場合、リファンピシン以外は投薬量を連日投与より増量する。
-妊婦はピラジナミドとストレプトマイシンが使用出来ないので、INH+RIFの9ヵ月コースが勧められる。
-薬剤耐性の可能性が低い非開放性の肺結核の場合は、処方1からEMBまたはSMを除いて処方することもある。
-HIV感染者の肺結核治療の場合、治療効果が緩徐なことが多いため、処方期間を延ばす必要がある。
2.肺外結核の治療
小児の結核性髄膜炎や骨・関節の結核(ポッツ病など)には、12ヵ月間処方されるが、それ以外の処方は肺結核と同じで良い。結核性心外膜炎の治療には、外科的心膜切開やコルチコステロイド治療が必要な場合がある。
3.小児、妊婦、HIV感染者の治療上の注意点
乳児の結核は進行が急速なので、疑診の段階で治療を開始すべき。小児は喀痰排出がうまく出来ないので、家族で喀痰検査陽性者がいれば、その結果を考慮した方が良い。小児の治療評価は臨床所見やX線検査の結果をより重視。なお小児の肺門部腫大は、治療完了後2-3年して正常化することが多いので注意。
ストレプトマイシン、エタンブトール、ピラジナミドは胎児や小児に副作用をもたらし易いので、出来るだけ他の薬剤を選択したい。母乳に抗結核薬が微量混入するが、授乳を中止する必要はない。チオアセタゾンは静菌作用をもつ抗結核薬で、熱帯地方でよく使われるが、HIV感染者にStevens-Johnson症候群をしばしば引起こすので要注意。
4.薬剤耐性結核の治療
INH耐性結核菌の治療では、INHを中止して他の3剤で6ヶ月コースを終了しても完治する。RIF+EMBの2剤で12ヵ月治療する処方もある。
多剤耐性結核の場合、一般的に推奨される処方はない。周囲の者へ伝染しないよう隔離することが重要で、感受性のある薬剤があれば本人や結核専門医などと相談の上、使用してみることも考えられる。
各国のナショナルプログラムを考慮に入れた、熱帯の現場における結核治療のガイドラインとして、WHO世界結核計画(GTB)が書籍を各種刊行しているので、GTBのウェッブサイトからダウンロードされたい。
このページはAMDA学術委員会により作成されました。