全身状態:長く不変で保たれる。あるとすれば、衰弱、るい痩、脱水が中程度見られる。発熱は小児例のいくつかを除いてない。体温の上昇を認めるときには、肝への感染を考えなくてはならない。
理学所見:腹部は特に回盲部が敏感で、《直角に切り立った》ようにはっきりとしており、またS状結腸部も攣縮と疼痛を認める。肝は大きさは変わらず、触診や打診で痛みがある。直腸診では膨大部から粘血を認める。
直腸鏡:侵襲性の検査なので、糞便検査がうまく行かなかったものだけが適応となる。粘膜の炎症、典型的には《爪の一掻き》状の、ときには杯状点状の多発性潰瘍(図2)が存在し、綿棒で採取した卵白状の粘液にはアメーバが含まれている(図3・切除組織像)。
この病変には炎症細胞が欠如し、アメーバの周囲にlytic spaceが生じる(図4)のが特徴的である。
臨床経過:正しく治療すれば急性腸アメーバ症は急速に回復し再発しない。臨床所見は数日で改善を示す。直腸の潰瘍は癒合し、糞便中の原虫は陰性化する。治療は10日間続け、再発を防ぐ。
無治療または誤った治療の場合、急性腸アメーバは症その後必ず悪化する。最初のうち悪化は抑えられているように見えるが、再発や合併症、さらには播種が起こる。多少なりとも小康状態が得られても、再発は避けられない。これは当初の増殖がいくらか抑えられただけで、同一のものである。合併症には、近接部位では腸管内出血、遠位ではアメーバ性肝膿瘍が生じる。急性の増殖が繰り返されると、ついには慢性の大腸炎を形作る(図#・A)虫垂炎、B)穿孔、C)出血、D)腸外転移、E)アメーバ症後慢性大腸炎、F)大腸狭窄)。
亜急性または軽症型
亜急性型は通常の下痢便と中程度の仙痛を認める。裏急後重とテネスムスは稀である。糞便は液体状で、ときおり粘液性だが、ふつう血便とはならない。またときどき泥状となったり、便秘と下痢が交互にくることもある。左様なことから、糞便中に貪血性のアメーバを見つけるまでは本症と確定してはならない。このような軽症型でも、赤痢を伴う急性型と同じ発育の可能性を秘めているので、疎かにしてはいけない(図5・病理像)。
劇症または悪性型
稀であるが恐ろしい劇症型は、飢えている者、栄養失調の患者、小児、妊婦あるいは産後の女性に選択的に見られる。西アフリカでは絶対数は多くないが、相対的に頻度が高い。本症はアメーバ以外の寄生虫や(サルモネラ菌、赤痢菌、黄色ブドウ球菌のような)細菌の感染を合併していることが多い。臨床症状が特徴的で、感染による中毒性の症候群と重篤な赤痢様症候群が前面に出る。肛門括約筋が弛緩したままとなり、大量の下痢、血膿、悪臭を伴う血液と粘液が混合したものが垂れ流しになる。さらに稀には、麻痺性イレウスのもとにもなり、原因不明の赤痢様症候群が起きる。理学所見では、鼓腸、腹痛および大なり小なり筋性防御が認められる。肝は肥大し、圧痛がある。腹部X線上は、液性のニボーか大腸の穿孔を示唆する腹膜炎像を呈す。確定診断は、糞便中または直腸診で得られた粘液中から貪赤球性のアメーバを検出することである。直ちに治療を開始しても、予後は不良である。不可逆性ショック、消化管出血、大腸の多発性穿孔、肝の転移性膿瘍により命を落とす。
合併型
細菌性赤痢との合併型は重症である。糞便は大量の粘血性となる。熱発して急速に脱水を伴う。腸管のぜん虫やジアルジアの合併の場合、特に重症とはならない。
アメーバ症後慢性腸炎<BR>
1つあるいは幾つかの急性アメーバ症の所見があったが、貪血性のアメーバやそれに類似したアメーバは見つからないような場合、この範疇に入る。急性アメーバ症による炎症後硬化と神経障害が問題となる。これらはしばしば心身症の素因となる。
臨床症状:普通の慢性腸炎に準じている。腹痛は常時、或いは発作的で、びまん性のこともあれば、憩室性、潰瘍性、あるいは虫垂性のように思われる偏在的、局部的のこともある。たいてい経過上長期間にわたって下痢が見られる。これは早朝あるいは食事後に、突然耐えがたい便意で現われる。希には便秘や下痢と便秘が交互にくることもある。鼓腸は牛乳とパンのような食事には不耐を示す。澱粉質では、《過敏性大腸》疾患の所見をもたらす。大腸の症状にはいろいろな所見があり、神経衰弱、るい痩、食欲不振、悪心、消化不良、耐寒不応といったアメーバ症を疑うには特徴的でない神経症状が見られ、誤診されることがある。検査上は、《双極性》大腸炎と称される盲腸とS状結腸に圧痛を認める所見以外、特徴的なものはない。
補助的な検査:いずれも証明力はほとんどない。直腸鏡では、蒼白で萎縮あるいは正常な粘膜を認める。バリウム透視では、非特異的な(攣縮によって拡大部と狭小部が交互に見られる《積み上げ皿》様の)大腸炎の所見を呈す。本症がとりわけ大腸癌の発生を減少させる、というのは興味深い。糞便検査では陰性か、非病原型と嚢子の一方か両方が認められる。結果が陰性であったときには、問診でアメーバ症を想起させられる症例を除いて、アメーバ症を基礎疾患として確定することは難しい。病原型が認められない場合全ての症例で、慢性アメーバ症後大腸炎と臨床症状が似通った、亜急性腸アメーバ症の鑑別除外が求められる。これらでは予後と治療が異なるからである。
経過:この時期となっては手が付けられず、推奨されている治療法は効果がほとんどない。
アメーバ性肉芽腫
アメーバ性肉芽腫は大腸に極めて稀にできる寄生虫性の仮性腫瘤である。ラテンアメリカに他よりも多く見られる。臨床上も放射線学的にも、大腸癌と紛らわしい。とりわけ盲腸とS状結腸部にニボーをつくる。糞便検査では普通陰性だが、血清検査では陽性である。組織移行性の抗アメーバ薬で、腫瘤が自潰することが考えられる。外科医はしばしば病変部にアメーバ性の特質があることを見誤る。これに反して、組織学的検査では、診断は容易である。豊富な肉芽の中に、形質細胞、多核性好中球、マクロファージが観察され、巨細胞もいくらか含まれている。周囲は結合組織で囲まれている。アメーバは特別な染色で証明されることがあるが、それは稀であり、粘膜の潰瘍部に触れた際にアメーバを散布してしまう(図6・アメーバを中心に肉芽組織を認める)。
腸アメーバ症の診断
積極的な診断:問診;病原体にいつも曝されている熱帯地域の人々には重要性は少ない。フランス国内であれば、浸淫地域に最近滞在したという既往があれば、診断に向けて価値がある。
バリウム透視;非特異的な異常しか描出せず、重要でない。襞の欠損や壁面の潰瘍像が急性アメーバ症で認められる。慢性アメーバ症では、積み上げ皿様の攣縮部と弛緩部が交互に、管状に描出される。
直腸鏡;急性腸アメーバ症では、普通は爪の一掻き状に潰瘍が明らかとなる。しかし、異常が認められなかったり、(鬱血や浮腫など)非特異的な病変しか見られないことも少なくない。
糞便の寄生虫学的検査;この手法が完璧である。糞便の一部を用いた直接検査、或いは検査の直前に採取された赤痢様の排泄物を用いて、生きている非活動型または活動型のアメーバを見つけ、同定する。熱帯地域では、検査の前に糞便を温める必要はない。温帯地方では、検体を顕微鏡のランプで温めて、栄養型に運動性を再び与えることが必要である。たとえ1回目の検査で陰性でも、もう一度繰り返し試みなければならない。場合によっては、(硫酸ソーダやマグネシウムのような)瀉下剤によって、再度検体を得ることも必要である。Thebault法のような集積法を用いて、原虫の嚢子を特別に検出しようとするのも精度を上げる。最終的には幾つかの染色法によって、アメーバの鑑別を行なうのがよい。ルゴール染色やMIF(merthiolate-iode-formol )染色、またはCohn法あるいは鉄ヘマトキシリン法(調製が難しく、実際にはほとんど用いられない)がある。
結果の解釈は簡単である。病原型の E.histolyticaが糞便中に検出されれば、急性腸アメーバであることを示している。非病原型や嚢子が糞便に証明されたときは、別の意味をもつ。即ち、健康なアメーバ保有者として活動していて、アメーバ症の既往が一切ないか、以前に不十分な治療を受けた者となる。陰性の結果では、アメーバ症後慢性腸炎の診断を除外できない。嚢子あるいは E.histolyticaとは異なる種の非病原性アメーバ(Entamoeba coli, E.hartmanni, E.polecki, Endolimax nana, Iodamoeba buetschlii, Dientamoeba fragilis)は、いずれも病原性を示さない。さらにBlastocystis hominis*のようなものや、分類上不明確な生物もアメーバの嚢子と混同される。
*Blastocystis hominisは酵母にも分類される。
血清学的検査:間接的免疫蛍光法と沈降反応は、腸アメーバの診断に価値が少ない。急性アメーバ赤痢の検体でも、わずかに陽性か陰性である。
鑑別診断:典型的な急性赤痢型は、直ちにアメーバ症が連想される。(大量の便と発熱、脱水がある)細菌性赤痢との鑑別は容易である。しかしアメーバと細菌の合併には用心しなくてはいけない。バランチジウム症やビルハルツ住血吸虫症による《赤痢様症状》は稀である。出血性の直腸大腸炎は熱帯地域では頻度は少ないが、アメーバ症の合併があるかもしれないので、時折診断が困難となる。
直腸鏡が主要な検査となる。直腸大腸癌、直腸とS状結腸の絨毛性腫瘍、直腸結腸のポリープからアメーバ性の患者を系統的に鑑別するに、直腸鏡、バリウム透視、大腸鏡が欠かせない。しかし内視鏡で採取した試料からはアメーバは大抵認められない(図7・HE染色)。下痢を伴う症例では、(サルモネラ、赤痢、黄色ブドウ球菌それにコレラといった)細菌性下痢症、(カンジダ性)真菌症、ウイルス疾患、(ビルハルツ住血吸虫症、ジアルジア症、イソスポーラ症、クリプトスポリジウム症、糞線虫症のような)寄生虫病が鑑別の範疇に入る。悪性型や、(穿孔、出血のような)急性腹部合併症のある場合、アメーバ症は系統的に思い付く。アメーバ性肉芽腫は大腸に腫瘤ができるから、回盲部の結核が時折鑑別に上がる。大腸のアメーバ症では、寄生虫学的検査が陰性の場合、他の慢性大腸炎や機能的腸疾患との鑑別は事実上困難となる。
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