ベトナム

保健医療サービス向上支援プロジェクト

インターン 中瀬 綾乃

AMDA Journal 2005年 8月号より掲載

私が‘途上国’と呼ばれる国を初めて訪れたのは、2002年夏のAMDAネパールスタ ディツアーでした。あれから3年弱、縁あってツアー引率者であったAMDA職員の 川崎さんが駐在するベトナムに1カ月間滞在する機会をいただきました。ここで は保健所保健師として少しだけ働いた経験をふまえて、農村地域における母子保 健向上支援事業に関わらせていただいた中から学んだことを書きとめておきたい と思います。

1.ベトナムの中の‘途上国’

ハノイからホアビン省タンザンコミューンのカイ村へ…舗装道路2時間+山道2時 間+ボート20分+登山2時間半。覚悟はしていましたが想像以上の過酷な道のり でした。崖に近い山道では数十メートルおきに呼吸を整えなければ前に進めませ ん。そんな中、荷物かごを頭にひょいとひっかけゴム草履でなんなく歩いていく 高齢者や、2時間はかかるであろう隣村から通学する少女らに出くわした時には 目を疑いました。彼らにとってはこれが‘日常’なのです。クラクションが鳴り 響き排気ガスの充満したハノイから、澄んだ空気に包まれた美しい山村へと続く 旅は‘先進国ベトナム’から‘途上国ベトナム’への道のりでもありました。都 市と隔絶されている村ほど、ビニルなどの人工的なゴミが落ちておらずとてもき れいでした。

2.竹、竹、竹…。

村では家屋、トイレ資材、ゆりかご、爪楊枝、ざる、炊事の燃料、たけのこ料理 、バンブーダンス…など、ありとあらゆる物に竹が使われていました。例えば、 竹の爪楊枝はかなり細かく割くことができ、毎食後すすめられるまま‘シーシー ’やっているうち、歯間の掃除には使い勝手がいいなあと感じました。そういえ ば村民には歯がすばらしくきれいな人を多く見かけましたが、竹楊枝も一役かっ ているのかもしれません。また、村長さんのお話によれば、出産の折には新しい 竹べらでへその緒を切ることもあるそうです。竹の特性である割裂性を考えれば 、新しい竹を割ってつくったへらの‘刃’部分は清潔でしょうし、日本において も江戸時代の産婆は刃物を使わず、酵素に消毒効果があると当時から言われてい た竹べらをあえて使っていたという歴史もあります。使い終われば燃やしてしま えるのですから‘医療廃棄物処理’の心配もないわけです。

3.家庭で出産、みんなで子育て

カイ村はヘルスセンターへのアクセスが非常に悪く施設分娩する人はまだ限られ ているようです。日本では医療機関での分娩が大多数ですが、最近ではあえて助 産所や自宅での出産を希望する人もいるそうです。農村開発における施設分娩推 奨の流れとは逆に、産婆さんが活躍していた時代の出産を見直そうという動きも あります。金属製の分娩台という手術室のような特殊な環境ではなく、住み慣れ た我が家で家族や顔馴染みの人々に支えられて子どもを生み、苦痛や喜びをみん なと共有できるというのはどんなにすばらしいことでしょう。人生の始まりであ る「生」が日常の中にあるカイ村では、子どもたちも命の尊さをごく自然に学ん でいるのだと思います。もちろん、このすばらしい自宅分娩を支えるという意味 において妊婦検診を充実させていくことは必要なことだと思います。しかし、‘ 先進国’である日本では「生」や「死」が病院の密室での出来事となって日常か ら切り離され、命の尊さを学校の授業で教えなければならなくなった現状をみる と、こうした村の暮らしぶりがどれほど貴重なものかと考えさせられます。
 子育てにおいても同じことが言えます。農村では年齢、性別問わずとにかくい ろんな人が子どもを抱っこしており、いったい誰の子どもなのかわからないほど です。3歳くらいの子もすでに赤ん坊を引きずらんばかりに抱きかかえ、小学校 高学年くらいの女の子ともなると母親のような貫禄で幼い弟や妹、あるいはよそ の子を抱っこしています。その回りには必ず大人の目が届いていて、悪ふざけが 過ぎたり、危険なことをしているときつい口調で遠慮なくしかりつけます。こん なコミュニティをいきなり今の日本につくることは無理な話ですが、赤ちゃんか ら高齢者まであらゆる年代の人が一緒に過ごせる空間…日本にもあったはずの光 景 …がもっとできればいいと感じました。

4.村民とAMDA

月に2度3度と泊まりがけで悪路を通うAMDAベトナムスタッフには、村に入ると遠 くから近くから「チャオー!」歓迎と親しみの声が掛けられます。ヘルスポスト の建設といった苦労を共にし、わずか1年弱の間に信頼関係が着実に築かれてい ることを感じました。
 そのヘルスポストでは乳幼児の体重チェック、妊婦検診や母親教室などが毎月 開催されるようになっていました。コミューンヘルスセンターの準医師も、村の 仕事に積極的な姿勢で関わろうとしており、新しいヘルスポストに責任ある任務 を得たビレッジヘルスワーカーのやる気も伝わってきました。学校が近いことも あって子どもたちも興味津々で窓からのぞいています。ヘルスポストに新聞や本 を置いて図書館のような機能をもたせようといったすばらしいアイデアも出てい ました。健康であるということはより良い人生を送るためのひとつの要素にすぎ ず、とかく健康問題だけにとらわれて視野が狭くなりがちだった自分の仕事ぶり を思いおこしながら、公衆衛生・地域保健というテーマを人々の生活から切り離 して考えないようにすることの大切さを改めて感じました。‘診療所’という意 味ではヘルスポストに行く必要を感じない人にとっても魅力のある場にしていく ことが、今後の活動に広がりをもたせてくれそうです。日本の乳幼児健診におい ても未受診者の中に問題を抱えているケースが潜んでいることもあり、何らかの 事情でヘルスポストに足が向かない人を導き出すきっかけになることも期待でき ます。
 その一方、村の集会では「AMDAについてはよく知らない」という声もありまし た。しかし、私はそれでもかまわないのではないかと思いました。 AMDAという 存在はあくまでも裏方であり、保健事業についてはコミューンヘルスセンターの 準医師やビレッジヘルスワーカー、そして大衆組織の活動そのものが重要だから です。村のキーパーソンへの間接的なサポートを続けていく中で、AMDAのイベン トとしてではなく自分たちの日常の一部として彼らがいろいろな活動に取り組ん でいくことにつながればよいと思います。

5.AMDAベトナムへの期待

滞在中には「村の現状をぜひ知りたい!」というJICAベトナム事務所職員がタン ザンコミューンへ同行する機会もありました。これはハノイでの開発関係者(日 本人)勉強会での川●さんの発表がきっかけで、JICA事務所との具体的な交流が 始まったばかりの出来事でした。‘他機関との連携’というと、日本の地域保健 の現場においても常に提示される課題であり、言うは易く行うは難しといった感 じがぬぐえません。その意味においてもこうした現場での交流は実り多きものと 感じました。
 村落レベルの具体的な問題点を見いだせるのはNGOの活動ならではのことであ り、逆に、村落レベルだけでは解決できない問題や一つのNGO単独では支援の難 しいことは他機関の協力を仰ぐことで解決の道につながるかもしれません。例え ば、清潔な水を供給できる水源の確保といった大掛かりな問題については、予算 に限りのあるひとつのNGOでは対処できかねることもあるでしょう。たとえ、下 痢の対処についてのヘルスプロモーションを充実させたとしても、その原因が生 活用水にあったとしたらイタチごっこになりかねません。またヘルススタッフの 疫学的知識や保健事業評価能力の向上についても、村落単位では難しいように思 われます。こうした問題を解決していくためには他機関との協力が不可欠であり 、AMDAベトナムプロジェクトにはコミュニケーション能力の豊かな人材が揃って おり大いに期待するところです。

おわりに

タンザンコミューンの村ではたくさんの蛍を見ることができました。私の地元で 開催されている環境をテーマにした愛知万博では、蛍をイメージした夜間照明に よって道を演出しています。自然の蛍と人工の蛍、「途上国」と「先進国」のな んとも皮肉な関係を蛍たちが象徴しているように思えてなりません。
 感染症、乳幼児の栄養失調、衛生問題に苦しむベトナムの農村。育児不安、切 れる若者たち、介護問題に悩む日本。互いの問題を知ったなら「どうしてそんな ことで悩んでるの?」とそれぞれが思うかもしれません。支援、支援と言うもの の、彼らの暮らしぶりや尊い知恵の中にこそ、‘発展’しすぎた私たちの社会が 抱える多くの問題を解決するヒントがあるのではないでしょうか…。
 最後になりましたが、インターンとして快く迎えてくださったAMDA関係者の皆様 、そしてベトナムの人々に心より感謝いたします。どうもありがとうございまし た。




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