ベトナム

ベトナム北部山岳地帯
母子保健教育プログラム

AMDAではベトナム北部の3つの州から2ヶ所ずつ、計6ヶ所のパイロット・コミューンを対象に、世界銀行プロジェクトと連携して事業を進めている。今回は6ヶ所でもっともアクセスの悪いコミューン(Trung Son)での活動報告である。 7月にAMDA本部職員の岡安利治が同コミューンの視察を行ったが、前日夜から視察日朝にかけて雨が降ったために複数の川の水位が上昇し、四輪駆動車(パジェロ)でも到達することができなかった経緯がある。 しかしながら9月は天候にも恵まれ、川の水位も上がることなく、以下、報告のようにトレーニングを実施することができた。

Trung Son Commune活動報告

AMDA ベトナム 紺谷 志保(助産師)
AMDA Journal 2002年 11月号より掲載

2002年9月5日から10日まで、Phu Tho ProvinceのTrung Sonで活動した。初めの3日間を母子保健トレーニングにあてた。参加者はCHS(Community Health Station:診療所)スタッフの医師3名、准医師1名、VHW(Village Health Workers:保健ボランティア)14名(1名欠席翌日より参加)であった。

Trung Sonの昨年の分娩件数は69件、うちCHSでの出産が36件、自宅出産が33件。経験20年の男性医師が年間30〜40件の出産を介助しているとのことだったが、これからは31歳の女性医師が母子保健専門として(出産3ヶ月後でしばらく休んでいた)やっていくとのことで、トレーニング中のファシリテーターは彼女にも担っていただいた。

CHSの施設はJapan Social Development Fund(JSDF)という日本政府拠出の世界銀行の支援を受け、できあがったばかりで非常に清潔で、水道、水洗トイレがあり、自家発電により電気の供給も可能であった。 分娩室も清潔に清掃されていて、産婦人科系の器具類、分娩台1台、トラウベ2本、台式ベビースケール、口腔内吸引機、手洗い桶、ディスポーザブル手袋等お産に必要な最低限度の物品が揃っていて、今まで行った2ヶ所のCHSよりも全体的に整理整頓されきちんと管理されている印象を受けた。

VHWは18歳から25歳が11名と若者(うち独身7名)が多く、4名は一度もトレーニングを受けていなかった。あとは40歳前後のベトナム戦争中に軍医の手伝いをして技術を身につけたというかなり経験豊富そうな男性2名と、TBA(Traditional Birth Attendant:伝統的産婆)として自宅出産を介助している女性だった。 この3名はCHSから4時間以上離れた村に住んでいる。この地域一帯は、とても険しい山岳地形で、崩れ落ちそうな細い山道や急な坂道が多く、さらに大小の川が点在している。遠隔地の村からのアクセスは大変困難で、救急時にすぐにCHSまで行けない為、こういった経験豊富な人間がVHWとなり外科的処置や出産の介助をしているようだ。 男性VHWも分娩介助の経験が数例あったが、多くは夫や親戚、近所の経験豊かな出産経験者(TBA:伝統的出産介助者)がお産を介助しているということだった。

またCHSからDistrict Hospital(郡病院)までも、四輪駆動車で川や谷を越えて一時間余りかかる。5つの川のうち橋が架かっているのは2ヶ所だけで、他には竹で出来た筏がありそれに自転車やバイクを乗せ川を渡るか歩くかしかない。分娩中の異常時にDistrictへすぐに搬送する事は到底できないだろうし、大雨の時などは全く不可能だろう。 CHSの医師に緊急時の対処について聞いてみると、骨盤位は妊娠中に殆ど外回転術で矯正し、ここ10年間で3例のみ、双胎は1例。全て CHSで出産したとのことだった。今年の搬送例は、女性医師の出産時、体重増加、予定日超過で自らDistrict Hospitalへ行き3900gのベビーを出産した一例のみだそうだ。 出産数からするとそれほど異常は起きないのかもしれないが、かなりリスクのある分娩もここで対処しているようだ。厳しい地理的条件の中にあって必要最低限の医療機器しかないこういう場所だからこそ、お産を扱う本物の技術と、頼れるのは自分の判断力しかないという真剣さが強く感じられた。

一方で、自宅出産例はCHSまで遠すぎて間に合わなかったというのが主な理由だが、VHWがそこに立ち会いサポートしている例は少なく、大半は夫や家人といった周りにいるお産の経験者達がどうにかしているという風だ。 具体的な出産の様子を知りたかったが、 TBAでもある女性VHWはCHSの医師の前では言いにくいという感じで話してくれず、彼女だけで話が聞けなかったことがとても残念だ。若い VHW達はお産に関する経験がない為その場に呼ばれることもなく、妊娠中の異常の判断やお産のサポート方法も全く解らず、何かしたくても何もできないというジレンマを抱えているようだった。 安全な自宅出産をサポートできる熟練した付添人としての役割をVHWが担っていけるような、より専門的なトレーニングが求められているように感じた。

トレーニングについて

1. スケジュールと内容

日時指導科目ねらい手法
9/7
(午前)
妊娠経過 妊娠中の胎児の状態を知ることで妊婦への配慮や生命の尊さについて考える 妊娠中の胎児の絵をひとりずつ描く

描いた絵をマギーエプロン(*1)に入れて参加者が着け子宮内の胎児の状態を説明する

胎児写真の本(*2)を見せ実際の妊娠中の胎児の状態を説明する

妊娠経過チャートの母体の絵に各期の胎児と、母体の症状と胎児の発育状態を書いたカードをあてはめ完成させる

リーフレットの同じ絵にできあがったものを各自書いてもらい妊婦保健指導に活用するよう促す
(午後) 妊婦検診1
・妊娠の診断
・予定日換算
・妊娠中の異常
妊婦検診の必要性を理解し診察方法を知る

妊娠中の異常が判断でき適切な指導ができる
妊婦検診の現状についてインタビューし問題点を抽出する

妊娠の診断方法を質問

出産予定日の出し方を質問、予定日換算法を使い例題演習。リーフレットを用い子宮底長による換算方法を説明、例題演習

妊娠中の異常徴候を描いたカードを使ってグループごとにその症状、診断方法、対処方法を記入したチャートを作り発表する
9/8
(午前)
妊婦検診2
・触診
(胎位胎向)
・聴診
(胎児心音)
・妊婦検診実施トレーニング

分娩経過

分娩介助
胎児の位置を妊婦の腹部の触診で判断でき胎児心音が聞ける

心音による胎児仮死の診断ができる

分娩経過を知り分娩各期の適切な援助ができる

正常分娩の介助方法を知り、自宅出産時の援助ができるようになる
マギーエプロンの中に胎児モデルを入れリーフレットを見ながら触診の仕方を説明し、胎児心音が聞こえる場所を示し聴診も説明する。その後参加者による実施

実際に妊婦にきてもらい参加者による検診を実施

チャートとリーフレットを用いて分娩経過を説明し、参加者が再度説明する

段ボールで作った骨盤モデルと胎児さい帯、胎盤モデルを使い、CHSスタッフによる分娩介助技術指導のもとVHWが行う
(午後) 異常分娩

分娩後の多量出血

お産物語作成
分娩時の異常を知り適切な緊急時の対処が出来る

お産に対する自分の捉えかたを再認識する
骨盤位分娩の介助方法の模範指導

骨盤モデルから500mlの赤色水を流し、出血量の視覚的判断が出来るようにする

お産の様子を描いたカードを元にグループごとに自由にお産物語を作る
9/9
(午前)
お産物語発表

お産劇

乳幼児体重管理
役柄を演じることでそれぞれの立場での気持ちや役割を体験する

体重チェック表に正しく記入し適切に使用できる
前日作ったお産物語をグループごとに発表する

各グループので産物語を演じる

出生日を書いたカードと体重計に水入りのバケツ(乳幼児の体重と仮定)を使い、体重管理表の正しい記入方法を演習する
(午後) 産後ケア 産後の問題を知り保健指導ができる 産後のじょく婦宅へVHWが訪問したと仮定してロールプレイを行う

ロールプレイによってあがった問題について考える(清潔、栄養、休息)

2. 所感と気づき

8月末のAMDA岡安氏のトレーニングに同行し、PHAST(Participatory Hygiene And Sanitation Transformation)の手法を見せて頂いた。参加者自身が問題を見つけ解決方法を探していく過程に、問題解決のための様々な要素が含まれ大変効果的であることを知った。 また、視覚に訴え、しかも自由な発想ができるように配慮されたマテリアルを使うことの重要性を強く感じた。そこで今回は「Helping Health Workers Learn (*3)」に載っていたいくつかの指導方法も参考にしながら、トレーニング内容を考え直してみた。

上記の内容でトレーニングをすすめた。胎児の絵を描くのは皆初めての事のようで、戸惑いながらも楽しげに色々な絵が出来あがった。ヒトの形としてきちんと描いたのは医師くらいで、殆どはヒトのできかけの小さい固まりのような自信なげな絵が多かった。 聞くとお腹が目立ってくる5ヶ月ころからすこしずつ胎児の体が出来上がると思っていたり、今までそういう事を考えてもみなかったという人もいた。妊婦の異常についてはイラストカードを用いたことで前回のような一方的な講義にならず、それぞれが考えながら答えを導き出していけた。

妊婦検診の方法については女性医師をファシリテーターに位置付けて説明してもらった。とても勘のいい人でトレーニングの意図をすばやく察知し、途中で自ら妊婦を呼んできてさっさと実施トレーニングの場まで準備してくれた。

分娩経過と介助技術については、必要性が高いこともあってかとても熱心に取り組んでいた。段ボールを利用した骨盤モデルは作るところからやって見せた。手作りの布製の胎児やさい帯、胎盤にもとても興味を引いたようだ。かなりリアルなマテリアルとなったので指導内容がとても伝わりやすく上手く活用できた。 特に分娩後の多量出血を赤色絵の具で作った血を産婦の体からじょぼじょぼ流して布に染み込ませて見せた時は、やっている私も背筋がひんやりとするほどで、参加者も身を乗り出して見入り「この感じを覚えておこう」と言い合っていた。

お産劇は特に今回個人的に試してみたかった事で、どんな反応が帰ってくるかとても興味があった。シャイな人達が多く、のってくれるか心配していたが、予想外に物語を作るところから積極的で、父親になったばかりのVHWは自作の詩までつけてくれた。 男性に妊婦の役をすることだけ決めてあとは自由にしてもらったが、分娩経過のトレーニングのところで話した自由な体位をとることや、常に産婦の側を離れずに腰のマッサージをしたり励ましたりするように、といったこともきちんとおり込まれていて驚いた。劇中で産婦役の男性VHWが赤ちゃんを出産した時、両腕を差し出し赤ちゃんを胸に抱き寄せ、キスをして、おっぱいをあげるシーンがあった。 それは打ち合わせには無かったであろうとても自然な仕草で、見ていて涙がでた。後で感想を聞くと自分にとってとても素晴らしい体験になったと話してくれた。

今回はとりあえず試してみようと思い、見ようみまねでPHAST手法(ほんの一部)を取り入れたり、本のものをその通りやってみた。それぞれ専門家によって考え尽くされたものなので、参加者の反応はとても良かった。しかし、ひとつひとつを積み重ねていき最終的に到達する何かが私の中ではっきりしていなかった為、全体としてのまとまりがなく、それぞれがその場限りのものになってしまったように思う。 この2回のトレーニングを経験したことでやっと自分が何をしていきたいのかはっきりしてきた。それは、胎児を知ることで生命の尊さを考えたり、分娩経過を知ったり、お産劇を演じたりすることで、お産の生理の見事さ、お産の中の愛情の大切さ、お産がもたらす周りの人々への影響について何か感じられるようにすることだ。妊産婦検診も、分娩介助技術も、新生児ケアもすべてそこに原点があると思う。 参加者の心に何かが残り、それが地域の母子保健に反映されていくように願ってベトナムでの活動を続けていきたい。

*1 日本家族計画協会:女性の内性器が描かれ子宮の上に透明ポケットがついたエプロン
*2 Lennart Nilsson:A Child Is Born , Delacorte Press
*3 David Werner: Helping Health Workers Learn, The Hesperian Foundation



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