スタディツアー

AMDAネパールスタディツアーに参加して
2004年8月31日〜9月8日
AMDA Journal 2004年2月号より掲載


きっかけ

 私がAMDAの活動を知るきっかけとなったのは何気につけていたテレビの画面からだった。看護士として ボランティア活動をしていた頃を思い出したのと同時に映し出されている映像から、AMDAスタッフの方、また地域住民の表情の良さに 魅力的なものを感じた。現在の仕事を進めていく 上でも、私自信の広い視野をもてる良い経験になると思い、スタディーツアーに参加することを決めた。

AMDA病院、子ども病院、 ブータン難民、保健人材育成センター  首都カトマンズに高度の医療サービスを提供する機関が集中し、人材も同様に流れるため、国内では 首都と地方の医療レベルの差が激しいということであった。ネパール西部、東部にある二次医療機関で は、多くの患者とその患者の家族で込み合っており、地域の人たちにとってはなくてはならない病院で あることは、一目瞭然であった。

 AMDA病院では思いがけず出産シーンに立ち会うことができた。はじめは、啼泣しない児にはらはらしたが 、助産師が児を逆さにし軽く刺激を加えた後啼泣し始め、その姿にほっとした。きれいとは言えない環境下で 、最低限の器材を使用しての出産であったが、母子共にトラブル無くとても恵まれた出産であったと思う。こ の国では90%が自宅分娩であるという。分娩する場所が良いとか、悪いとかではなく、分娩までのフォローア ップの体制と環境づくり、また異常の発見が早期になされ、対応できるような環境、人材の育成(伝統産婆に おいても)が常に必要とされていると感じた。子ども病院では重症化しないうちに患者の搬送ができるシス テムの構築の必要性を病院の方が話されていた。適切なタイミングで医療サービスを受けることのできる人 は、そうでない人の何%位になるのだろうか。症状が重篤化してからでは対処ができない環境である。患者 の異常に気づくことができないことによる決断の遅れ、交通手段がないことによる搬送の遅れ、お金・医師 ・薬が不足していることによる治療の遅れが人命の予後を大きく左右すると思われる社会的背景に、問題が 山積しているように感じられた。

また、AIDS事業、ブータン難民キャンプでの保健医療サービス、保健医療スタッフの養成など行われており、 地方の病 院は診療だけがメインではなく、診療と同時に予防保健を推進する役割を持つことの意味に重要性を実感した。

保健衛生教育事業

 保健衛生教育事業として、学校では下痢予防、農村においては結核予防の啓蒙活動がなされていた。 クラス、農村において代表をピックアップ、教育を受けた人が自分のクラスまたは、農村にもちかえり啓 蒙するというシステムであった。視覚的なアプローチ(劇、ビデオ、絵)から、啓蒙する側、される側が 楽しく、積極的に参加できており、一人一人が現状の問題を受けとめていることの表れだと思う。同じ地 域に住み、同じ価値観と組織を共有している人々が受け身ではなく、能動的であり、自らの意志で参加でき る選択権の存在があり、その結果何らかの利益が期待されるという「住民参加」の視点において、地域の人 々の信頼を得ながら自助努力を促すAMDAの活動は根付いていると感じた。

全体を通して

 日本は、少し昔は今のネパールと同じ状況であったと思われる。なぜ日本が先進国に成長できたのだろう か。そう考えた時に、ネパールはこれから多くの分野で発展できる多くの可能性を秘めている国だと思う。 社会的背景、経済的背景には多くの問題があると思われるが、このような活動を通して保健衛生分野で少 しずつ、しかし着実に功績を残すことは、重要な意味を含むと考えられる。違った視点から、保健医療に 関わる自分の職業を見つめなおす機会となった。最後に、このスタディツアー参加にあたり、お世話して 頂いたAMDAスタッフの皆さん、ネパールで出会った皆さんに深く感謝いたします。ツアーでした。「自分 の目で確かめる」という目的は達成することができました。 「国際貢献」というものの中で、自分に何 ができるのか、ツアー中からずっと考えていました。今はまだ明確な答えは出ていません。ただ、ツアー 中にお聞きした「いろいろなしがらみがある中で、私たちにできることを精一杯やるしかない」と言われ ていた藤野さんの言葉のとおり、今回見たもの、感じたことを生かし、私の立場で、私にできることを見 つけ、精一杯やっていこうと思っています。 最後に、引率してくださった川崎さんをはじめとする、AMDA 本部、AMDAネパールの皆さんにお礼を申し上げるとともに、今後ともより一層のご活躍を祈っております。あ りがとうございました。

島原 隆司

私がこのツアーに参加したのは、海外で日本のNGOが実際にどのような事業を行い、 現地でどのように受け入れられているのかを自分の目で確かめてみたいと思ったことが きっかけでした。私自身、AMDAを含め、日本のNGOについて、興味はあったものの、恥ずか しながら、深く考えたことはありませんでした。いろいろな偶然に恵まれてこのツアーに出会い 、「今しかない」という思いで参加しました。

私は医療従事者ではありません。ですので、非医療従事者の私が見たネパール・AMDAプロジェ クトに関する感想を率直に書かせていただきます。

この度のツアーではダマックブトワールでのAMDA活動状況を見学しました。

ダマックでは、AMDA病院、ブータン難民キャンプ、保健人材育成センターを見学しました。まず驚 いたのは、住民のAMDAの認知度でした。街中を歩いている私たちを見るや否や、「アムダ」という 言葉が何処からとも無く聞こえてきます。大人だけでなく、子供たちも同様でした。医療支援を通 じ、いかにAMDAが住民に定着しているかを強く感じました。

ダマックでは、AMDA病院、ブータン難民キャンプ、保健人材育成センターを見学しました 。まず驚いたのは、住民のAMDAの認知度でした。街中を歩いている私たちを見るや否や、「 アムダ」という言葉が何処からとも無く聞こえてきます。大人だけでなく、子供たちも同様 でした。医療支援を通じ、いかにAMDAが住民に定着しているかを強く感じました。

AMDA病院では、現地駐在の日本人医師、岩永先生にお話を聞くこともできました。

日本人たった一人で駐在されているとのことでしたが、とても気さくな先生で、 ネパール語会話も十分、現地に溶け込んでおられました。まさに、テレビで見るような「 外国で活躍する日本人医師」のイメージにぴったりでした。いろいろなご苦労があるとの ことでしたが、岩永先生をはじめとする医師やAMDAの皆さんのこれまでの努力の結果が住民 からの信頼につながっているのだなと、強く感じました。

また逆に、ブータン難民キャンプでは、私が持っていた「難民キャンプ」というもののネ ガティブなイメージが少なからず払拭されました。子供たちは元気で走り回り、制服を着た若 い学生が学校から帰ってくる姿もありました。テレビで見た他国難民キャンプの状況とはまっ たくかけ離れていました。もちろん、各国それぞれの事情や歴史がありますし、このキャンプ についても、難民は就労できないなど様々な問題が山積していることも事実でした。 

ブトワールでは、子ども病院、知的障害児学校、保健衛生事業・BR>闃c学しました 。AMDAネパールの藤野さんにお話を伺いながらの見学でした。ブトワールでもAMDA、 そして子ども病院の認知度は大きいと感じました。実際、近くに政府系病院があるにも かかわらず、あえて子ども病院に来ているというお母さんもいました。 

また、学校や農村でのPHASE(地域保健衛生教育事業)による衛生教育はとてもよい方法で進めら れていました。上から押し付ける教育ではなく生徒から生徒へ寸劇などを通じての教育は、伝え る側も聞く側も双方が真剣な様子でした。

知的障害児学校では、AMDA高校生会の寄付による設立の経緯等についてお聞きしました。 現在も各国各地域に支援が続けられているとのことで、すばらしいことだと感じました。知的 障害児の方と一緒にダンスを踊ったり、楽しい時間を送ることができました。 

私にとって初めての海外渡航で訪問したネパールは、衛生状態、医療事情ともに日本に比べかなり 低いレベルでした。さらにすべてがカトマンズに集中し、地方、特に農村部との格差が極端にある とのことでした。国連をはじめ、各国機関・NGOなど多数機関が各地に支援に入っているとのことで あり、それらの支援により十分でないまでも何とか現状を保っているという印象が強かったです。 ただ同時に、ネパールの医療・衛生・保健事業に対する予算措置などの政策の現状を聞くと、ネパ ール政府は国家として§これら外からの支援に依存しすぎてもいけないのではないか§ということ も感じました。

私のこれまでの考えは、 国際貢献は一方的な支援であるという思い込みがありました。しかし 、今回見学した各地のAMDAのプロジェクトは、現地で、現地の人でできることはできるだけ任せよ うという理念の下、効率的に進められていました。もちろん、そこまでには多くの方の苦労があり 、積み上げられてこられた信頼があったからこそだと思います。 いろいろなことに気付かされ、 また、実際に現地の方のお話も聞くことができ、大変有意義なツアーでした。「自分の目で確かめ る」という目的は達成することができました。 

「国際貢献」というものの中で、自分になにができるのか、ツアー中からずっと考えていました。 今がまだ明確な明確な答えは出ていません。ただ、ツアー中にお聞きした「いろいろなしがらみが ある中で、私たちにできることを精一杯やるしかない」と言われていた藤野さんの言葉のとおり、 今回見たもの、感じたことを生かし、私の立場で、私にできることを見つけ、精一杯やっていこう と思っています。

最後に、引率してくださった川崎さんをはじめとする、ANDA本部 、ANDAネパールの皆さんにお礼を申し上げるとともに、今後ともより一 層のご活躍を祈っております。ありがとうございました。

後藤 幸子

8月31日〜9月8日の9日間、スタディツアーに参加してネパールを訪れた。以前から関心のあ ったスタディツアーに今回思い切って参加することにしたのは、翌年から国際協力に関わる仕 事をすることが決まり、その前にNGOによる途上国支援の"現場"をこの目で見ておきたい、と 考えたからである。

8月31日午後、空路バンコクを経て首都カトマンズに到着。初めて目にする"生ネパール "にまず思ったのは(失礼な言い方かもしれないが)「これで『首都』かぁ…」ということ。 途上国を訪れるのが初めてだったわけではないし、ネパールが"「世界最貧国」の一つである "ことも十分承知していたのだが、それでもこれが、実際現地に降り立ち、空港からホテルに 向かう車の中で街並みを眺めつつ抱いた、正直な感想だった。

翌1日、南東部の町ダマックに移動。愈々本格的な"スタディ"ツアーの始まりである。 初めに訪れたのはAMDA病院。私たちが訪れた時、ちょうどタイミングよく(?)分娩が 行われており、思いがけずネパールにてお産に立ち会う機会に恵まれた。私のような医 療従事者でもない者が、しかも飛び入りで「見学」させてもらっていいのだろうか、と 思う反面、初めて見る生命誕生の瞬間に感動せずにはいられなかった。

検査室や病棟を一通り見学したあと、エイズ予防プロジェクトについて担当の方からお話をうかが う。ここで特に興味深かったのは、HIV感染予防のための啓発活動を行う際、まずその対象となる人 々のうちリーダー的存在の人達に教育を行い、そうして知識を得たプロジェクト対象者自身が同じ立 場の「仲間」にそれを伝えていく、という方法をとっているということ。後でも触れるが、今回のツ アー全体を通して印象的だったことの一つに、こうした「現地の人たちの主体性を重視する」やり方 が各事業に徹底している、ということがある。

ツアー3日目の9月2日、午前中に訪れたブータン難民キャンプでは、色々と考えさせられることが 多かった。「難民キャンプ」とはいっても、一般に日本でイメージされるそれとはずいぶん異な り、「秩序だった小綺麗な場所」といった印象のところである。食糧にしても保健・医療サービ スにしても最低限の保障はされており、"キャンプ外の世界"に比べてむしろ「整っている」と いう感じさえ受けた。 

しかし、こうしたどこか牧歌的な「難民キャンプ」の光景に、私はかえって問題の難しさを 感じずにはいられなかった。私たちの姿を見かけ興味津々で集まってきた子供たちは、皆こ のキャンプで生まれた子供たちである。本来の故郷は目にしたことすらなく、難民キャンプ が"ふるさと"である子供は年々増えていく。彼らはキャンプで最低限の教育を受けることが できるけれども、そうして学び、大人になった先に待っているものは何だろうか

キャンプで暮らす難民たちには、"外の世界"で仕事をすることは基本的に認められていない という。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)や各国NGOの支援を受けたこのキャンプで生活すると いうことは、「くいっぱぐれる」心配がないのと同時に自ら生み出すものも何もなく、管理された空 間で他人の上に寄りかかって生きるということでもある。「将来」が見えない状況で毎日を送ること の大変さ。子供たちの無邪気な笑顔を見つつ、そんなことを考えた。

そして、ここでのAMDAの活動(保健・医療サービスの提供等)が人々に必要とされ、役に立っている ことは診療所のにぎわい(?)からも十分わかったが、問題の本当の解決は難民たちが皆故郷に帰っ てそこでの生活を再開することであり、"外からできる支援"の限界についても考えさせられた。

翌日、ツアー4日目のこの日は夜明け前にダマックを出発し、車で12時間かけて西部の街・ブ トワールに向かう。途中、マオイストによる反政府活動が活発化しているためか、しばしば軍によ る検問があった。「日本人」だということで詳しいチェックも受けず車に乗ったまま通り過ぎる私 たちの横で、現地の人たちは検査のため全ての荷物と共にバスから降ろされ、長蛇の列に並ばされ ていた。またブトワールでは、夜11時以降の外出禁止令がでていた。こうした治安の悪化はネパー ルの今後を考える上で大きな不安材料である。一日も早く事態が落ち着くことを願う。

9月4日は午前中にネパール子ども病院、午後に知的障害児学校を見学。子ども病院は以前から一度 訪れてみたいと思っていた場所だったが、受付も廊下も人であふれ(患者さんだけでなく、その付 き添いの人もかなりいたらしいが)、この病院が地域の周産期医療の拠点として重要な存在になっ ていることがうかがえた。廊下の壁に、阪神大震災のとき倒れた高速道路の写真やネパールの医療 ・保健向上のため尽力された故篠原明医師の写真が飾ってあったのが印象的だった。 

翌5日、この日はブトワール市周辺地域で行われている保健衛生教育事業の見学に行く 。まず訪れたのは学校で、寸劇や紙芝居を通して下痢の予防と対処法を学ぶ授業を見学。寸 劇は生徒の代表が彼ら自身でストーリー作りから全てを行うそうで、その堂々とした名演技 (?)に感心させられつつ、現地の人々の主体性がいかに大切か改めて認識させられた。ま た、「子どもを対象に」行うことによる家族や地域社会への効果も少なくないだろうと感じた。

次に見学したのは農村地域で女性グループを対象に行っている保健衛生教育事業。この日、 私たちが訪れた集落で行われた教育のテーマは「結核」だった。ドラマ仕立ての教育ビデオ や寸劇を通し、結核についての正確な知識を伝えようというもので、特にビデオを見る村の 人たちはみな興味津々で画面に見入っており、その様子を見ているこちらもおもしろかった。 

ここでもやはり住民自身の主体的な参加を中心に据えたやり方がとられていて、まず各グ ループからリーダーを選び、彼女らに一定期間トレーニングをしたあと、そのリーダーが自 分のグループに教育を行うということだった。ただ、何か「見返り」がないと皆なかなかリ ーダーにはなりたがらないそうで、現地の人々の主体性を引き出すことの難しさも感じた。

ツアーも終盤の9月6日。「釈迦生誕の地」ルンビニを訪れたのち空路にて再びカトマンズへ 。6日ぶりに降り立った首都カトマンズは、第一印象と全く違ってやたらと「都会」に感じら れ、ダマックやブトワールで現地スタッフの方々がしばしば口にしていた「ネパールでは全て がカトマンズに集中してしまっている」ということの意味がとてもよくわかった。こうした一 部都市への集中や地域間の格差は途上国に広く見られる問題だろうが、ネパールでもこの問題 が地方の深刻な医療従事者不足などにつながっているということである。 

今回のツアーはおよそ一週間という非常に限られた時間の中で、しかも私たちは本当に「 見学」するだけだったため、ネパールにおけるAMDAの活動を十分に「理解した」とまでは まだ言えないかもしれない。しかしそれでも、このスタディツアーに参加したことが私に とって非常に貴重な体験であったことは確かである。今までは文章や写真から知るだけだ ったAMDAの活動について、たとえほんの一部分でも実際にこの目で"現場"を見たことの 意義は決して小さくない。 

自分の体力のなさを痛感し、同時に現地の人たちのたくましさ、国際協力の現場で働く人た ちのタフさに圧倒されたこの9日間。特に私にとっては、途上国支援のまさに"現場"で働 いている(&働いたことのある)方々から色々なお話をうかがうことができたことが、何よ りも大きな収穫だった。

今後私も国際協力の仕事に携わることになるが、今回のスタディツアーで見聞き、経験 したすべてのことを糧に、そしてそれらを通して考えたこと、問題意識を忘れずに、頑 張っていきたいと思う。 

最後になりましたが、今回のツアーでお世話になった全ての AMDAスタッフの方々に心より御礼申し上げます。

坂川 敦紀

僕が、AMDAスタディツアーに参加しようと思ったきっかけは、知り合いの医師の方からの勧め でした。僕はいままで、ボランティアというものに全く興味がなく、貧しい人を助けてあげる ことくらいに思っていました。実際ネパールに行ってみると、日本と比べれば貧しいですが、 そんなに貧しいとは思いませんでした。

しかし、この国には緑がたくさんあり、人々の笑顔がたくさんあったような気がします。なか でも、子どもたちの笑顔は素晴らしかったです。それは、今、日本にはない、日本が忘れている 一番大切なものではないかと思いました。僕はこのツアーでも、ボランティアとは何なのか、未 だにわかりませんが、何かが自分の心に刻まれたと思います。

これからこの体験を何かの役に立てられればと思いました。最後にこのツアーでお世話になっ た皆さん、ありがとうございました。




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