スタディツアー

ホンジュラス
Gracias Honduras!


社会福祉施設職員 黒田 純代
AMDA Journal 2001年 11月号より掲載

 皆さんこんにちは。私は8月26日〜9月4日までのAMDAホンジュラススタディツアーに参加してきました。以前から海外に行き、その国の人達の生活に触れてみたいとの思いがありました。この思いを満たしてくれるのは個人旅行を除いておそらくNGOのスタディツアーだけだろ う、スタディツアーならまず学生時代に事務局ボランティアとして関わっていたAMDAのスタディツアーに行こうと思い選びました。ホンジ ュラスを選んだ私ですが、行く前は「ホンジュラス」という国名は知っていましたが、地図上で「だいたいここらへんにある」くらいしか知らなかっ た国でした。行くまではほとんど知らなかった国が行ったことでこんなに身近になるなんて不思議だなあ、と思います。

 乗り換え地のヒューストンからホンジュラス・テグシガルパ行きの飛行機に乗った途端、そこはもうスペイン語圏という感じであり(その日の便がたまたま通じなかっただけかもしれないが)、私の話す英語が通じませんでした。「あースペイン語圏に来たなー」と思うと同時に、言葉が分からないということもあり(でも機内の客室乗務員 さんの笑顔と言葉に安心していましたが) 空港で無事AMDAホンジュラスの渡辺さんと会うことができた時は、 やっぱりほっとしました。ローカルスタッフのエメルソンの運転でまずはAMDAのオフィスへ。オフィスは山の中腹にあり着くまでに幾つもの急な坂(約40度くらいの)を通って行きました。車の中で私は、以前AMDAジャーナルで前ホンジュラス駐在代表の前田あゆみさんが「テグシガルパは坂の多い街である」と書いていた記事を思い出し、まさにこの事なんだと感じていました。一息ついてからは翌日からの活動予定地へ向かうための準備、そして出発。ダンリ(首都から約300km)で一泊し、目的地のトロヘスへ。     

 トロヘスはテグシガルパから約500kmくらい離れた市でした。渡辺さんから「一泊してトロヘスへ向かう」とは聞いていたもののダンリもトロヘスもこんなに遠い所であるとは(私は疲れてしまい車の中で居眠りをしてしまっていたが、ずっと運転してくれていたエメルソンに感謝!私にと っては1日300kmもの距離を移動することなんてめったにないのでとても驚きました)。

 ホンジュラスでは、AMDAが行なっている「エイズ予防教育」や「コミュニティドラックポスト」「公立小学校救急箱配布プロジェクト」「排水溝 建設プロジェクト」など幾つかのプロジェクトを視察する予定でしたが、ホンジュラスの国内事情などにより中止になるものもありました。

農村地でのエイズ予防教育ビデオを見る小学生、村の人々

 「コミュニティドラッグポスト」の視察では、トロヘスからさらに2時間ほど山奥の村にも行き、ヘルスワーカーのお宅に設置されている薬品棚をみました。コミュニティドラッグポストのシステムは、AMDAとヘルスワーカーが折半して医薬品を購入し、薬の売上でまた次の医薬品を購入しなければならないのですが、その棚にはあまり医薬品がありませんでした。本来はヘルスワーカーが薬の売上金で次の医薬品を購入しなければならないのですが、ヘルスワーカーの妻の体調が悪くて薬の売上を医療費に充てざるを得なかったので医薬品を購入できないそうです。AMDAのようなNGOにとっても、援助資金の確保は大きな問題ですが、援助を受ける住民にとっても同様 に財源については大きな問題であると感じました。

 「公立小学校救急箱配布プロジェクト」は1ヶ月ほど前からの小学校教師 のストライキが行なわれていた為に、また「排水溝建設プロジェクト」はピストルを持った強盗が出て目的地であるスラム街への道が警察により封鎖さ れてしまった為に中止となりました。しかしこのようなホンジュラスの国内 事情をまさに体験することで、ホンジュラスの人々の生活を多少知ることが できたかなと思っています。

 プロジェクト視察以外にも、コパン遺跡を見に行ったり、テグシガルパ市 内を観光したりと、たった1週間でしたが毎日が今でも思い出されるほど印 象深いものでした。ホンジュラスの食事、1日の中でも変わりやすい天候、 熱帯植物の花々など、帰国した今でもこれらのことを思いながら(私はホン ジュラスの中でもほんの少しの幾つかの街や村を見ただけですが)、ホンジ ュラスは今何時かな、大統領選の10月になったな、ホンジュラスの他の街 や気候の違う地域はどうなんだろうか、なんて思っています。

 今回のスタディツアーでは私は「人間は生まれるところも、生きていく場 所も選べないものである」ということを感じました。というのはホンジュラ スで人々の生活を垣間見て思ったということもありますが、何よりローカル スタッフのエメルソンとの出会いがあったからです。ニカラグア出身である 彼は、内戦中は戦わざるを得ませんでしたが、なんとかホンジュラスに逃れ て来ることができ、今はホンジュラスで生活しています。経済的にも豊かな 日本で生活していれば、生きていく場所くらい選べるのは当たり前のことで す。テレビのドキュメンタリーなどを見て、世界には自分で生きていく場所 す ら選べない人もいることは以前から観念的には分かっていましたが、ホン ジュラスに行く前はどこかで自分の今の生活を基準に考えていたこともあ り、「生まれる場所は選べないが、自分で道を開けば生きていく場所くらい選 べるだろう」という思いも強くありました。しかし実際にホンジュラスで自 分の村内での自給自足生活を送っている人々を見たり、祖国を離れて生活す る人を身近に感じることでいかに日本という環境が国境、戦争、民族などに ついて鈍感であるかということが分かりました(時には過敏すぎて妙な枠に 捕らわれていると感じることもありますが)。たまたま私は「豊かな国」と呼 ばれる日本に生まれただけだと思うと、日本に生まれることができたこと の幸せ(衣食住は充分すぎるほど足りている、自分の生き方も望めば選択で きる環境という意味においては「豊かな国」であろうと思う)と世界の人々 の幸せや喜びとをつなげられるように、今後も海外への協力に関わってい こうと思います。


 最後にホンジュラスでの体験が日常生活とかけ離れていたこともあるの か、いまだにスペイン語の言葉が鮮明に思い出されます。今のうちにスペイ ン語を始めようかなんて思い始めました(語学は苦手ではないので)。今回の スタディツアー参加で個人的なことですが、いつも世界の人々とどこかでつ ながっていたいという自分の気持ちも再確認できたと思います。この言葉は 今回の旅で英語でもスペイン語でもたくさん使いましたが、この言葉をホン ジュラスの人々に贈りますGracias!





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