スリランカ

ジャフナその後

海外事業本部長  鈴木 俊介
AMDA Journal 2005年8月号より掲載


2004年3月、外務省の日本NGO支援無償資金協力による一年間の支援期 間ののち、AMDAはスリランカ最北部ジャフナにある二つのコミュニティー をあとにした。マドゥビル地区(農村)とカイタディ地区(漁村)である。一 年にわたる活動の詳細は過去のAMDAジャーナル(2004年3、10月号)に委 ねるが、19年にわたる戦禍をこうむったコミュニティーの復興を目的に、ジ ャフナ県の知事室や復興援助関連当局などと連携を取りながら、多目的コミ ュニティーセンターの建設、小規模経済活動、それに各種研修プログラムを 含めた活動を支援した。
  AMDAには、緊急時や草の根レベルに裨益する保健医療分野関して、経験 に裏打ちされた蓄積がある。しかしながら、小規模経済活動を通じて住民の 生活を支える方法論の開発や手法の習熟については、今後の課題として真摯 に取り組まなければならない分野の一つである。なぜか?ベーシック・ヒュ ーマン・ニーズ(BHN)と呼ばれる保健も教育も、貧困軽減との関係で考え なければならないからである。保健医療サービスを受けるためには、相応の コストがかかる。余程恵まれた福祉環境の中で生活している人でも、(仮に 治療費が無料であっても)病院までの交通費、入院に係る患者や付添い人の 生活費、無料扱いにならない医薬品代など、出費額は少なくない。同様のことは教育分野においても言える。仮に授業料は無料であっても、制 服代、教科書代、通学費用、生徒会費など、様々な支出があり、貧しい 家族にとっては大きな負担となる。保健・教育サービスの機会を提供したり、アクセ スを改善したりするだけでは包括的な開発目標は達成できない。
 ジャフナでは、保健や教育などの分野におけるBHNを住民が満たす、また は獲得する努力を支援するための環境作りの一環として小規模経済支援を行 なったのである。そしてその活動を住民自らが運営することによって、コミ ュニティーの管理能力が向上して欲しいということも念頭に置いた。マドゥ ビル地区では、主に農業収入の増加を図るため、灌漑用水を汲み上げるため のポンプを15機(60万円相当)を提供した。現在、ポンプ代金に相当する金 額は、彼らの意志によって姿を変え、また、彼らの手によってほぼ全額回収 され、37名の別の農民に対して貸し付けられている。つまり、ポンプがマイ クロクレジットの原資になったのである。これまでのところ、上手く機能し ているようである。マイクロクレジットの運営規約を作成したのは彼らであ る。私が見ても、少し厳しいのではないかと思うくらいしっかりできてい る。「保証人2名のうち、一名は必ず公務員をつけよ」からは、彼らのリ スク回避方法と公務員に対する信頼が窺える。また「一定期間を越え て返済が遅れた場合、警察に通告し処理を委ねる。」からは、自らの問 題解決能力を超えた時には第三者の判断を仰ぎ、「例えそれが警察沙汰になったとしても、その問題から逃げない」という強い姿 勢が窺える。罰則ルールはあるものの、施行されない活動が大半を占める 中、ここのコミュニティーは言葉だけではない。実際に警察沙汰になり現在 も協議継続中のケースが一つあり、その経緯も説明してもらった。 「内戦が激しくなる前にはこうした制度(頼母子講)が機能していたので、それを真 似ただけだよ。」と彼らは言う。戦禍を乗り越えた伝統社会の底力に拍手を送 りたい。
 一方、カイタディ地区においては数ヶ月前から大きな問題が起きていた。 漁業制限(漁獲制限ではなく、むしろ漁場制限)である。漁村である同地区 に対してAMDAは全体で20万円相当の魚網を提供した。彼らは主にえびを 捕獲することによって収入を得ている。しかし、彼らの漁場が「ハイ・セ キュリティー・ゾーン(軍事防衛区域)」の内側か、又はその遠方にある場 合、政府軍と反政府郡の軍事的緊張が高まるたびに、漁場は封鎖されるか、 漁場への海路は通行禁止となった。マドゥビル同様、村人達は魚網代金に相 当する資金を回収してマイクロクレジット基金を創設する予定だったようだ が、回収は半分ほどしか進んでおらず、当初の目論見は漁獲高の極端な減 少によって崩壊したかに見えた。

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