スリランカ

ワウニア県基礎保健サービス復興支援プロジェクト

内戦・復興とAMDAの活動
     
AMDAスリランカ 添川 詠子
AMDA Journal 2005年8月号より掲載


タミル・シンハラの確執から内戦へ

インド洋の真珠、と呼ばれるこの国は、美しい自然をたくさん残していま す。観光地としても有名な島国ですが、この国で20年に及ぶ内戦が行われ ていたことを知る人はどのくらいいるでしょうか?
 スリランカ(当時セイロン)は1948年にイギリスより独立し、国民を定義 するための公民権法を制定しました。その折り、18世紀にイギリス人によっ て強制移住させられた100万人以上のタミル人は公民権を失いました。彼ら には選挙権も与えられず、タミル人の政治的な影響力は大幅な減少を余儀な くされました。1956年、スリランカ政府はシンハラ語を公用語と制定、タミ ル語を主要言語とするタミル人の生活や文化そのものが否定され、各地でシ ンハラ人による反タミル運動、それに対するタミル人側からの抗議運動など も盛んになりました。このシンハラ人優遇政策により多くのタミル人は高い 教育を得ることが困難になりました。
 1972年の新憲法によりシンハラ・タ ミル両民族の主権は同等となりましたが、シンハラ人とタミル人の確執は大 きくふくれあがってしまいました。反政府運動グループの活動が盛んになっ てきたのもこのころです。彼らは武力をもってシンハラ人に対抗することを 選んだのです。中でも最大の反政府グループ、「タミル・イーラム開放の虎 (以下LTTE)」は20年にわたるゲリラ戦を通し、2002年の停戦まで、スリラ ンカ北東部における支配を続けてきました。

内戦の中で生きた人々

20年間の内戦は国内外に多くの避難民を生み出しました。北東部に住むタ ミル人たちは戦闘を避け、国内のタミル人地域を転々としていました(シンハラ人地域では迫害の恐れがあるた め)。また、多くのタミル人が国外(主にインドなど)へ難民として流出しま した。戦闘により多くの建物(政府の病院・保健所を含む)が破壊されましたが、それらは再建されることもなく 放置されました。北東部に生きるタミル人は、スリランカ 人でありながら、政府からの援助をほとんど受けることな く流浪の民として生き抜かなければならなかったのです。
 現在、停戦3年目を迎え、一年目は内戦の再発を恐れ難民キャンプ から出る決断を渋っていた人びとも、その多くは政府が提供した再定住地に 移住してきており、もともと住んでいた土地に帰る人も増えてきました。人 々の心は再戦を恐れる気持ちから、復興へと方向を変えてきたのです。

復興への道

内戦後の復興支援は急速に進められています。政府や国際機関が一丸とな り建物や道路の再建が矢継ぎ早に進んでいます。しかし、これらを有効活用 するべき人材の育成はやや遅れをとっている面が否めません。戦後復興とい っても様々ですが、一番重要なことは「インフラ整備」と「人材育成」です。 破壊された建物・道路の再建だけでなく、それらを有効活用できる人材が育 たなければなりません。また、育成された人材によりシステムそのものを再 構築していくことで復興を促進できるのです。復興にかけるスリランカ人、 特にタミル人の努力には感服させられます。しかし、人材の圧倒的不足を余 儀なくされている中での個々の活動は辛く苦しいものでもあるように受け取 れます。報われない努力は時に空虚な気持ちを導くものです。「私1人ががん ばったところで何も変わらない」そんな思いを抱えている人々も多いという 印象を受けます。

復興支援:AMDAの活動

そんな中で、AMDAはJICAの草の根技術協力事業として復興支援に必要な 「インフラ整備」と「人材育成」の両面を手がけています。 北東部の一部、人口14万人のワウニア県を事業地とし、 県内に産科病棟の建設を行うとともに、県内で働く助産師の強化育成事業 を行っています。現在、ワウニア県では分娩が総合病院に一極集中していま す。そのため総合病院は常に混雑しており、子どもと共に床に寝かせられて いることも多々あります。適切なケアが行える状況ではなく、常に混沌とし た状態で母親たちからはたくさんの苦情の声を聞きます。
 その中でAMDAは地域の産科病棟の活性化を、医療従事者を育成するこ とを通して行っています。スリランカの地域助産師、そして村の保健ボラン ティアたちは、地域の妊婦を把握し彼女らに適切なアドバイスをすることを 期待されています。しかし現在、人材不足、知識不足などにより十分機能し ていません。それらの人材を活性化させることにより、総合病院一極集中と いう偏った現在のシステムを、地域産科病棟への適切なリファーラル(紹 介・委託・転送など)が行えるシステムへと変えていくことが私たちの目標 です。リスクのある出産のみを総合病院で取り扱い、その他の自然分娩は地 域の産科病棟で取り扱えるように推奨していくのです。そのためには、助産 師が妊婦のリスクを判断する力を身につけなければならず、また、保健ボラ ンティアとの情報交換を密にし、常にその妊婦の状態を把握していなければ なりません。AMDAはそのための助産師・保健ボランティアの能力向上、連携の強化、 という点に力を入れて人材育成事業を行っています。
 現在までに県内すべての地域助産師と、300人を超える保健ボランティア のトレーニングを終了しました。知識の面で充実をはかったあと、今後は、 実際の行動にどう活かしていくかが課題となります。ひとつのシステムが変 化するためには、たくさんのことを巻き込まなければなりません。助産師や ボランティアの再教育を行っただけでは足りないのです。彼女らを取り巻く すべての人々を巻き込んで、初めて彼女たちの努力が報われるのだと思います。彼女らを取り巻く医師やスタッ フ、県保健省や保健所そのものの仕組み、国際機関や援助団体の関わり、等 々多くのことを考慮に入れなければなりません。必要なことは何か、どうし たら現状を変えられるのか、試行錯誤の繰り返しの中から毎日の行動を探っ ています。一年後、変化が見られるのかどうか、大きなチャレンジではあり ますが、県職員・医療従事者のみなさんとともにがんばっていきたいと思っ ています。




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