スリランカ

母子保健と助産師トレーニング
(JICA草の根パートナー事業)

AMDAスリランカ 添川 詠子

助産師への教育を行う著者(左から三人目)
助産師への教育を行う著者(左から三人目)
活動地区ワウニア県

私たちが活動するワウニア県はスリランカ最大都市コロンボから北へ約 300Km、車で6時間ほどの場所に位置する。 県の中心には北部の都市ジャフナに向かう国道が縦断し、反政府勢力、LTTE(Liberation Tigers of Tamil Eelam:タミルイーラム解放の虎) 支配地域と政府支配地域の境界線であるオーマンタイはその国道の中心に位置する。 ワウニア県北部、オーマンタイ以北よりジャフナ半島手前まではLTTE支配地域である。
 ワウニア県は内戦時LTTEと政府の第一線の戦闘地域であり、80年代後半にはワウニア県ほぼ全域がLTTEに 占領されたこともあった。内戦中ワウニア県に住む多くの人々はインドや国内の他の地域で避難生活を続けていたが、 2002年の停戦以降、再定住が進み、毎年数千人単位で人々が帰還している。
 20年間の内戦の影響は様々なところに見られるが、人々の健康状態もその一つである。スリランカは一般に 周辺国と比べ保健指標が非常によい国とされているが、反政府勢力支配地域である北東部は長い間その統計値に組み込まれていなかった。 政府の保健政策は北東部には届かず、多くの医療施設は内戦により破壊され、地域保健活動は移動診療を主体とした対処的な治療活動が精一杯であった。 特に妊産婦、乳幼児の健康に関しては多々の悪影響が見られた。定期的な検診が行えず、適切な教育も与えられず、 また、病院へ行く道さえも破壊され、交通手段もなく、多くの母親がなんの知識も持たぬまま自宅での出産を余儀なくされた。
 2002年の停戦以後、破壊された病院の修復、地域保健活動の再開などにより、住民の医療へのアクセスを向上させるための活動が活発化している。 AMDAスリランカ社会開発チームは、これらの復興再建活動の一役を担おうと新しいプロジェクトを開始した。 この新しいプロジェクトは、母子保健の要である地域助産師に対する教育活動を行い、そのケアの質を向上させると共に、 地域の妊婦が安心して出産できる場所を提供することを主な目的としている。

ワウニア県の母子保健
乳幼児健康診断と予防接種 乳幼児健康診断と予防接種
乳幼児健康診断と予防接種

ワウニア県を含むスリランカ北東部は他の地域と比べて貧しい地域であり、全体的に人々の栄養状態が悪い。 また、文化的に男性優位ということもあり、女性の栄養状況は男性のそれよりも劣ることが多い (肉などの高価なものは男性に先に与え余ったものを女性が食す、という光景が多く見られる)。 妊産婦に関しても同じことが言える。慢性的に栄養不足であり、鉄欠乏性貧血がほとんどの妊婦に見られる。 乳幼児の栄養失調は現在ではほとんど見られなくなったが、4歳以上の児童ではまだ多くの低体重児が存在する。
 女性たちの妊娠・出産に関する知識は非常に乏しい。適切な栄養摂取はできておらず、 検診時に無料で配られる鉄剤、ビタミン剤などを飲んでいれば栄養は充分だと思っている妊婦が多い。 また、妊娠時の緊急処置を要する危険兆候についての知識もほとんどなく、すでに症状が悪化して手遅れに近い状態に なってから病院で受診する妊婦がほとんどである。多くの場合地域の診療所では対処できず、都市の病院へ輸送するが、 処置が間に合わず死亡してしまうこともある。母親たちの子育てに関しての知識も乏しく、子どもの成長発達、 必要な栄養などの知識がないため、微量栄養素欠乏症を発症する児もしばしば見られる。
 しかし、そのような状況でも女性たちには検診に行くことは重要なことであるという自覚がある。 毎月の妊婦検診や子どもの予防接種はたとえ徒歩2時間かかっても参加しているのである。 
 ただ、彼女たちは全般的に受け身姿勢であり、自分たちからなにか質問するという場面はほとんど見られず、 医師や助産師に言われるがまま機械的に検診に参加するだけで、妊娠の経過や子どもの成長発達などを理解している とは言い難い状況である。

助産師の資格・役割

スリランカの助産師は通常、10年の基礎教育(日本の中学校終了程度)を受けた後、1年半の 専門教育を受け、免許を取得する。主に病院・助産所での助産を主体とする病院助産師と地域 で母子保健衛生活動を主体とする地域助産師に分けられるが、どちらも同様の資格である。
 地域で働く助産師に課せられた職務は母子及び地域住民の疾病予防、健康増進である。主な 仕事として、妊婦や乳幼児のための移動診療・検診、学校保健、家族計画指導などが挙げられ る。また、担当地域の家庭訪問を定期的に行うことが期待されており、それらの訪問を通して 病気を未然に防ぐための教育を行ったり、悪化する前に早期治療を行えるよう適切な指示を与 えることなどが役割とされている。主に母子保健を担当しているが、地域の第一線で村人たち の健康状態についての情報をつかむ専門家としての役割も期待されている。地域助産師の活動 は日本の保健師の活動と共通点が多い。
 スリランカでは助産師1人に対して約3000人単位で担当地域を区切るようにしている。しか し、現在ワウニア県の地域助産師は定員の半分も満たされておらず、14万人の人口を19人で 切り盛りしている。

ワウニア県の助産師活動
母子保健教育 助産師トレーニング
母子保健教育 助産師トレーニング

ワウニア県の面積は約2万ヘクタール。都市部以外の人口は散在しており、戦地であったため、 インフラ整備も進んでいない。各地域助産師は家庭訪問用に自転車を支給されているが、ときに は2時間かけて訪問しなければならないほど助産師ひとりが受け持つ地域が広い。
 ワウニア県北部のLTTE支配地域を担当する助産師は現在2名。LTTE支配地域はワウニア県のほ ぼ半分を占めており、人口約2万人が住んでいる。政府の支配が及ばないこの地域でも、医師・ 助産師の活動は特別に許されており、政府側の医師や助産師がLTTE側のヘルスセクターと協力し て活動が行われている。
 助産師の職務は上述した通りであるが、定員を大きく下回っているワウニア県の助産師たちは そのすべての職務をこなせていない。助産師たちは県内各地で行われている妊婦検診と乳幼児予 防接種をこなすだけで精一杯なのである。検診における妊婦や母親への健康教育活動も本来なら 行われていなければならないのだが、それらの活動を見ることはまれである。家庭訪問によって 妊産婦の存在の把握をし、検診を受けるように勧めたり、経過を観察して異状があれば早期に処 置を行う、ということも助産師の重要な活動のひとつとされているが、実際には家庭訪問はほと んど行われておらず、妊婦が検診に自ら出向かない限り、的確な指導や注意を受けることなく出 産をむかえることになるのである。
 助産師たちの助産や地域保健活動に関する知識・技術のレベルはけして低くはない。しかし、 慢性的な人員不足と仕事の多さ、また、仕事量に見合った給料がもらえないことなどから、仕事 に対する積極性、自発性は低くなってしまっている。低賃金、待遇、そして欠員をうめるために 増え続ける仕事量に耐えながら自らの行動に対する高い積極性、自発性を保つことは容易なこと ではない。
 しかし、だからといってこの現状を見過ごしてしまえば、その負の影響を受けるのは地域に住 む人々、主に母親や小さな子どもたちである。必要なケアが受けられず、何も知らないまま出 産をむかえることはそれだけで生まれてくる子どもに高い生死のリスクを負わせることになる。
 助産師ひとりひとりのちょっとした活動の変化は、多くの命を救うことにもつながるのである。 彼女たちがその自覚を持ち、自らの職務の重要性を理解し、より積極性を持った仕事ができるよ うになることを目指してAMDA は活動を始めた。

AMDAの取り組み

助産師の自発性と積極性。これらは物差しで測れるようなものではなく、変化を客観的に示すこ とは容易ではない。しかし、結果は必ず地域の人々の中に見えてくるものなのである。小さな変 化が積み重なっていつしか大きな変化となって現れるものである。まさに「塵も積もれば山とな る」のである。
 自発性、積極性を高めるトレーニングとはどのようなものだろうか?これらは単に講義を受け ることによって身に付くことではない。彼女たちが自分で考え、自分たちに欠けているものとそ の重要性に気づき、自ら変化を望む場合のみ彼女たちに行動の変容が見られるのである。
 そこで私たちが考えるトレーニングは、主に彼女たちに「考える」そして「話し合う」機会を与 えることに重点を置く。答えは必ず彼女たちの中にあり、重要なことはいかにそれを引き出すこと ができるかなのである。もちろん、知識や技術も大切であり、その点を磨くための講義や実習など も行っていくが、それに並行し、より多くのグループワークや事例検討を用いて、彼女たち自身の 活動を振り返る機会を設けたいと思っている。何がよくて何が悪いのか、どのように業務を効率化 していけるのか、どうしたらよりよい仕事ができるのか、現場の人間はたいていそれらをすでに知 り得ているものだ。しかし、多くの場合それらは口に出されることなく、心の奥底にしまわれてい る。その心にしまわれている情報を口に出し、お互いで共有することによって、よりよい道を見つ け出すことができるのではないだろうか。私たちはその共有作業を助けることによって、彼女たち の行動に変化を起こすことができると考えている。

助産師トレーニングは9月半ばから開始される。第一期の反応と結果を見て、第二期、第三期へと 続く。2年の歳月をかけ、彼女たちの変化を追いながらのトレーニングである。2年後、ワウニアの 女性が安心して妊娠出産をむかえることができ、たくさんの健康な子どもたちを見ることができる ことを願って、私たちは活動に全力を注ぐ。




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