スリランカ

スリランカ ジャフナ事業 活動日誌

AMDAスリランカ 岡崎 裕之
AMDA Journal 2004年 3月号より掲載

3. 2003年9月〜10月

村の全貌は今でも掴めているとは言いがたいが、それでも何度も足を運ぶことによって少しずつ見えてく るようになった事実もある。  例えば、漁民の生活状況を調査した際、最初は誰も本当の数字を教えてはくれなかった。Kaithadiの漁民 は毎月政府から米・ミルク等の物資支援を受けている。これは一定以上の収入があると見なされると打ち切 りになるので、本当の収入の額をAMDAに言えば政府に伝わるのではないか、と懸念していたためである。し かしこれは本当の収入が十分多いというわけではなく、政府の設定数値が非常に低いせいであって、支援を 打ち切られると彼らにとったら死活問題になるのである。Madduvilの村人とも徐々にではあるが距離が近く なってきた。事業活動としては、灌漑用ポンプの供与者選定を行なった。公平を期すためコミュニティーを 通じて村の各所に宣伝告知を行い、希望者を個別面談した上でコミュニティー・政府役人・AMDAで話し合い の末、候補者を決定した。

また、自宅で夕食会を開いたり、逆に村人に招かれたりということもこの頃からだが、普段会っている時 には出てこなかった事実が次々と出てくるのには驚かされる。「北風と太陽」の寓話ではないが、やはり時 間をかけるということが一番重要なのかもしれない。人はそれなりに親しくならないとなかなか本音で語っ てくれないし、「関係の醸成」には時の解決を待たなければならないことが実に多いと思う。

私の中でのタミル人は「案外控えめだな」という印象が最も強い。バングラデシュに滞在していた時、初 対面で「今度うちに食事に来てください」と誘いを受けることが非常に多かったが、これは単なる社交辞令 ではなく翌日早速夕食に呼ばれたりするのである。しかしジャフナではそういうことは一度もなかった。か といって、よそよそしいというわけでももちろんなく、こちらから訪問すれば大抵の村人は初対面でも手厚 くもてなしてくれる。ただ「接しなれていない外国人」との付き合い方に戸惑っている、という印象を受け た。最初に夕食に誘ったのは私の方からであり、「そろそろいいかな」と思って声をかけた。やはり人の付 き合いにはタイミングが重要なのだと感じている。

コミュニティーセンター建設は順調に進んでいる、と言いたいところだが、実際は何度もトラブルが発生 した。「この建築資材はどうも質が悪い。業者がけちっているのではないか。」「村で話し合ったのだが、 デザインを一部変更して欲しい。」そのような発言が出るたびに業者との間で議論が生じ、その度に間に 割って入らなければならなかった。本来ならば彼ら同士で解決してほしいのだが、なかなかそういうわけに もいかなかった。ただ、建設業者は頑固なところがあるものの、不正を嫌う良心的な人だったので、その点 運がよかったし、今思えばこのような揉め事が起こる度に村との距離が少しずつ近くなっていったようにも 思える。

10月には鍬の供与者を選定した。選定はコミュニティーに一任し、その後地元政府役人や農業省役人のチ ェックを受けた上で決定した。AMDA自らが各農家を訪問調査し、供与者を決定する、という方法もあった し、その方が「供与に相応しい貧しい農民の選定」という点では確実であったかもしれない。ただ、AMDA としては「コミュニティーの運営能力」を見たかったので敢えて一任し、供与が終わってから改めて調査し てデータを収集し、不適切であると思われる供与者などの不首尾について指摘し、今後の反省材料としても らうことにした。コミュニティーとしては初めての試みだったらしく、かなり苦心したようで選定には1ヶ 月近くかかった。今回の選考過程・結果については色々と不満が残るが、貴重な経験として今後のコミュニ ティー運営に生かして欲しいと思う。

4. 2003年11月〜12月

Madduvil のコミュニティーセンターは10月末に完成した。改修工事で土台部分はすでに出来上がっていた ので、Kaithadiよりも仕上がりは早かった。
 完成に伴いオープニングセレモニーが11月19日に行われることになった。オープニングセレモニーは村人 にとって「晴れ舞台」である。地元の役人や名士を招待するし、村についてアピールする絶好の機会でもあ る。私の不手際のせいもあり、セレモニー準備は後れがちであり、前日は深夜までかかって飾り付けを行っ ていた。

ジャフナでは10月後半から1月初旬までの短い雨季に突入している。11月は天候不良の日が続いていたが 、セレモニーの前後2、3日は不思議と晴天であった。
 当日は私の予想を超える艶やかな飾り付けがなされており、かなりのお金をかけていたようで祝い事を重 要視するタミル人の心意気を垣間見たような気がした。セレモニーには在スリランカ日本大使館からもご出 席いただき、おかげでセレモニーが一層絢爛たるものになったようにも思える。プログラム内容だが、まず はやはり近くのヒンドゥー教寺院に出向き、参集者が黙祷したあとヒンドゥー神の写真をコミュニティーセ ンターに持ち帰って安置した。その後、テープカット・コミュニティー旗掲揚・日本政府の支援で建てられ たことが説明されているサインボードの除幕等があり、ゲストスピーチに移る。ゲストにとっても村人に自 分の存在をアピールする機会なので皆熱弁をふるっていた。歓心を得るために村への協力を公言してくれる ゲストもいる。

例えば、Kaithadiでは政府系のバス運営機関のマネージャーが出席したが、スピーチの場で「村人が独自 で農道をバスが通行できるように整備したなら、村までバスを運行することを約束する」と発言して聴衆の 喝采を浴びていた。そしてその10日後には早くもバスが開通。しかも、バス運行開始に伴い村人が政府に働 きかけた結果、沿道の舗装工事がなされることが決定、と物事が連鎖的に進んでいった。これなどオープニ ングセレモニーがなかったら実現はもう少し後になっていただろう。コミュニティーセンター建設の影響が こういう形で現れるとはまったく予想しなかった。

Kaithadiでのオープニングセレモニーは12月19日に行われた。Madduvil の経験があるので、留意点・反省 点等を把握しており精神的にはかなり楽であった。村人にとっては初めてのことだが、AMDAからMadduvilで のセレモニーの様子を伝えたことで随分参考になったようである。その分、彼らのオリジナリティーを損ね たのではないか、という若干の懸念も残るが。

活動において、村人に対してしばしば「別の村でのコミュニティー運営の長所・欠点」を引き合いに出し ているが、これは単にAMDAが提言するよりも効果が高い。2つの村は距離が離れているので直接的な関わり は薄いものの、いい意味での「競争心」を刺激することはやはり重要であるようだ。
また、スリランカは識字率90%以上と高く、かつ娯楽に乏しいこともあって、みな新聞を読むのが好き である。コミュニティーセンターでは皆でお金を出し合って購入した新聞を設置しているが、いつも誰かし ら熱心に新聞を読んでいる。
セレモニーの記事は地元の地方紙に掲載されたが、やはり自分たちの村の記事 が新聞に載るのは嬉しいらしく、保存している記事を大事そうに見せてくれる村人もいた。また、Madduvil の記事はインターネットにも掲載された。村ではパソコンを持つ者は皆無だが、海外に出稼ぎに出ている者 が記事を見て感想を家族に伝えてくる、という思わぬ反響もあった。最近はつくづく便利になったものであ る。

エピローグ
−村の今後、活動とはなにか−

以上、簡単に述べてきましたが、ジャフナプロジェクトの内容がうまく伝わりましたでしょうか。前述の インターネット掲載記事ですが、 tamilnet.comで検索してNewsの項目で11月19日のニュースを見ていただ ければ、すぐに見つかると思います。tamilnetは文字通りスリランカのタミル人関連の情報サイトです。 LTTE系列なので情報や意見に多少の偏りが見られますが、スリランカ北東部の情報やタミル人について知り たい方にとっては興味深い情報がいっぱい掲載されています。

セレモニー後のコミュニティーセンターの利用ですが、Madduvilでは「髪結いとケーキ作りの講習」が12 月に行われました。
これは結婚式での特別の髪の飾りつけと祝い事に欠かせないケーキの作り方に関する講 習です。今後は、「ココナツ栽培講習」「養鶏」「家畜の病気対策」に関するセミナーを予定しています。 Kaithadiでは学校に英語の教師が配置されない事情から「英語クラス」を開始しています。その他「救急医 療に関する基礎知識講習」が予定されています。

立派な建物が出来上がったせいで、政府や他のNGOが各種セミナーや巡回診療等で利用してくれるケースも 多いです。
また、ミシンを購入して女性の収入確保につなげたり、図書を収集して図書館として利用したり 、夜間の映画上映会、子供たちの自習スペースとしての利用・・・とアイデアは際限なしに出るようで、今 後村がどのように運営していくのか期待と一抹の不安の入り混じった目で見つめています。

これらすべては私がやったことではなく、私はただそこにいただけ、という気がしないでもありません。 建物を建てたのは業者だし、運営に関わっているのは村人、私はただやかましく口を出していただけに過ぎ ないかもしれません。
 村人との関わりについても、「こうすればきっとうまくいく」と自信を持って対処したことなどありませ ん。世間には「村落開発」に関する理論はごまんとありますが、「こうすれば女性にもてる」という本を熟 読したからもてるか、というと決してそうではないのと同じで、結局は公式など存在しないようにも思えま す。

ただ一つ確信をもって言えることは、「人は誰かが見てくれていることによって思わぬ力や才能を発揮で きることがある」ということです。そういう意味で私の存在や村との関わりが彼らにいい影響を与えること ができたなら、私にとってこれほど嬉しいことはありません。
「公式などない」などと述べましたが、逆に「これだけはやってはいけない」ということは確実にあると 思います。傲慢・慢心・虚栄心を捨て去るように努力し、今後も活動していきたいと思います。




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