スリランカ

AMDA スリランカ医療和平プロジェクトに参加して


保健師 成田 和末   保健師 相原 洋子
      AMDA Journal 2004年2月号より掲載

AMDAスリランカ医療平和プロジェクトに参加して

保健士・成田 和未  

    平成15年11月17、スリランカで半年の任務を終えて帰国しました。これまでによスリランカPBPの活動は AMDAジャーナルで紹介されていると思います。私にとっては、キリノッチ地域での活動が一番長いもの でした。そこで、私はこの場をお借りして、特に厳しかったキリノッチ地域活動当初の私たちの生活の様子 をまとめさせて頂きます。

ローカルスタッフと共に(左から3人目筆者)
ローカルスタッフと共に(左から3人目筆者)

キリノッチ地域では20年もの激しい内戦の結果、周辺の建物が全壊か、よくて半壊のもなばかりとなって います。そこで、キリノッチ地域での活動を始めるに当たり、半壊状態の建物を修復し、そこをスタッフ の住居とすることになりました。そして、そこでの生活も独特のものでした。8畳サイズの部屋に3ベッド 、男性1人と女性2人での共同生活です。行動にもスペースにも制限のある生活でした。私のシャワー入浴中 を、現地人に覗かれたこともありました。

6月中旬に住居が完成しました。しかし、やはり生活は悲惨なものでした。窓にネットが無いので夜には灯 りに惹かれて大量の昆虫が住居に入ってきました、これは外で生活するのよりひどいです。机や椅子が無い ので巡回診療活動から住居に帰ってくると、診療で使っていた机を食事・仕事用に組み立てます。翌朝には 再びそれを分解することを繰り返しました。扇風機はありません、暑かったです。冷蔵庫はありません、暑 くても常温水です。発電機はあったので、日暮れより就寝までの間、灯りにだけは不自由しませんでした。 キリノッチ地域で生活していると特に時間の経過が遅く感じるようになります。「すでに1年くらいここで生 活している気がする。」といった会話をほかの看護師さんと話したりしました。この生活を通して、生卵なら 常温で何日保存できるとか、残った食べ物を蟻から守る方法など熱帯生活を学びました。個人的に、もし自分 が熱帯暮らしとはどんなことを言うのかと質問されたならば、私はこう答えるでしょう。それは体にハエが留 まっても払いのけるのが面倒に感じること、そして、ハエに留まられたまま気にせずに実行中の作業を続行で きること、と。

このように、現地での生活は辛いことばかりでした。しかし、ではなぜ、それでも私たちは活動を行なったの でしょうか。それは、内戦の影響を受けたキリノッチ地域の人々は、私たちよりも粗末な住居に暮らし、電気 も全く無い生活を送っていたからです。そんな生活の中で、病院がそばに無く、人が病気になったらどう考え ることでしょう。私が伝えたいのは、だからAMDA・PBP は動いた、ということです。(↑ローカルスタッフと 共に3番目が筆者)そこに明日への希望を失くしている人たちがいる限り、AMDAはAMDAの厳しい生活を顧みず PBPを進めるわけです。そして、日本にいる皆様のご支援にAMDAは背中を押されて、私たちはこんな状況でも胸 を張って前に進めるのです。キリノッチでの活動を、今も頑張っているスタッフがいます。今後もAMDAの活動 にご理解とご協力をお願いいたします。

保健師  相原 洋子

2003年2月からスリランカで開始されたスリランカ医療和平プロジェクト:PBP。6月より活動に参加し、 9月より北部で本格的に学校保健を開始しました。それまでは、巡回診療においても子供の患者が利用して いましたが、実際に学校を訪問して活動するにあたって、手探りの状態からの開始となりました。

地域のヘルスワーカーや、教育関係者に会い、実際どのように学校保健が行われているのかを把握する ことから始めたものの、戦争により病院や学校でもマンパワー不足が深刻となっている状態で、日本で の養護教員と名のつく教師ももちろんおらず、学校保健を行う状況ではない様子でした。

対象学校は、巡回診療地域の近くの3学校とし、連絡手段もないために、突然の訪問により活動をさ せていただきたいことを伝えました。自分の感覚では、授業も中断させ迷惑かな、という思いがあり ましたが、すべての学校において、校長をはじめ私達の活動に大変協力的であり、「子供たちにいい ことをしに来ているのだから、感謝している」の言葉には、活動への不安が払拭されました。プロ ジェクトスタッフと共に誕生日を迎えて子供の健康問題では、歯科疾患、低栄養、マラリア、と地域の 保健省の指摘がありましたが、実際に学校を訪問して感じたことは、学校保健が行われていない状況で、「 病気を予防する」ことが学べていないことにあると思います。

巡回診療でも、多くの子供が利用していますが、少しの咳や創で学校を休んでいる状況です。病 気になり、薬を内服して治癒させることだけが重要ではなく、毎日の行動で病気を予防することがで きることを、私達の活動を通して学んでくれればと感じました。

プロジェクトスタッフと共に誕生日を迎えて(前列左から3人目 筆者)
プロジェクトスタッフと共に誕生日を迎えて(前列左から3人目 筆者)

PBPの活動は2年を予定していますが、AMDAが撤退した後には彼ら自身が中心となって地域 の健康問題を解決していかなければならなくなります。 学校保健においても、常に1割か ら2割の生徒が欠席しており、雨季においては通学路のコンディションが悪くなるためにさらに 登校する生徒が減るという問題もあります。しかし、活動を通して伝えたメッセージが子供達が 中心となって、地域に伝えていき、戦後の復興を支える大きな原動力となっていけばと願います。




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