ルワンダ

大虐殺のその後 ─ ルワンダ

アフリカ地域プログラムディレクター 横森 佳世(ケニア在住)
AMDA Journal 2001年 7月号より掲載

縫製訓練プログラム ミシンのインストラクターと生徒達

 雨期が終わりに近づきつつある4月下旬、霧立ち込める美しい山々に吸い込まれるようにキガリ空港へ近づくと、「ようやくやって来たなぁ。」と感慨深く思いました。94年の「ルワンダ大虐殺」について、記憶されている方はたくさんおられることでしょう。私がこの世界に進もうと決めたのも、連日連夜テレビに映し出される彼らの悲惨な姿を目にして、居ても立ってもいられなくなったからでした。学生時代は治安が悪くて入国できなかったのですが、あれから7年、ツチ族のポール・カガメ大統領が統治する現在のルワンダは、不気味なまでに静かな落ち着きを取り戻していることに驚かされました。

 ルワンダは多くの湖と緑豊かな高原の小国で、海抜1,000メートル前後に位置するため年間を通じて涼しく、芋や豆を主食にし、コーヒーや紅茶、北部ではメイズなどを産出します。北西部の火山には野生のマウンテンゴリラが生息し、観光客を楽しませてくれます。大陸最高の人口密度を占めながらも、王国が形成されて、異なる民族間でも結婚が行われ、キテンギという布を体に巻き、穏やかな人々が平和に暮らしていました。その大半はツチ族とフツ族。民族紛争に名を借りた、大国間の政治闘争の結果犠牲になったともいえる大虐殺では、少なく見積もっても100万人の人々が亡くなったといわれています。ガリ近郊のネルソン・マンデラ平和村にある教会では、逃げ込んだ5,000人もの人々を無情にも殺戮したその残骸が、未だに漂う死臭とズラリと並んだ頭蓋骨と共に、空の青さと対照的にその惨さを物語っています。

 現在のルワンダは、国際社会の信用を回復するためにも、「夜中に1人で歩いても、15,000人以上の人数を擁する軍人の誰かがあなたを守るから、100%安全だ。」といわれるほど、治安は安定しているようです。のんびりとした雰囲気の中、ここで本当に大虐殺があったのかという錯覚に陥りそうになりました。他の途上国と比較して、政府保健省の努力により医療施設はかなり充実したものであるようで、数字的にみると5〜10キロに必ず1件のヘルスセンターがあることになります。しかし、政府が昨年1人あたりにかけた医療費はわずか1米ドルで、コストが高いために治療を受けられる状態にはなく、利用度でみるとガタ落ちしてしまうのが現状です。また、60%にものぼる失業率、約800万人の人口に対して医者の数はほんの120人(年間に15〜20人しか医師が誕生しない)、大虐殺の孤児たち、11%の罹患率といわれるエイズとその孤児たち、マラリア、そしてAMDAのプロジェクト予定地であるプレア湖のほとりのウガンダ・コンゴ民主共和国(旧ザイール)との国境地帯では「エボラ熱」の予防ポスターも目につき、この国がかかえる問題は様々で、それぞれに深刻で、どこから手をつけたら良いのか困惑してしまいます。


<AMDAルワンダ支部>

 首都キガリにベースを置くAMDAルワンダは、旧ザイールとの国境で実施された「94年大虐殺によるルワンダ難民支援事業」を推進するため、95年に設立されました。96年にAMDAスタッフが難民キャンプから撤退後、それまで活動していた現地スタッフがAMDAルワンダ事務所の配属となり、国連主導による難民帰還にあわせて、97年より日本大使館の草の根無償資金協力などによる帰還民シェルター建設事業、医療施設の修繕事業などを実施してきました。

 99年に難民帰還が一通り収束したことを受けて、インターナショナルスタッフ(佐々木諭氏─現在はザンビアJICA/PHC、ラザック氏─現在はバングラディッシュACT、藤野康之氏─現在はカンボジアADB、福井美絵氏─看護婦など)は撤退し、それまでAMDAと共に活動をしていたルワンダ人により支部を設立、事業のハンドオーバーが行われました。

 01年4月からは予算的にも完全に自立し、ナショナルNGOであるTABARABANA(子どもを救うという意味)、日本国郵政省、在ケニア日本大使館、UNICEF、UNDP、UNAIDSなどと協力を得て、5名のスタッフ(うち1人はコンゴ民主共和国人)のさらなる活躍が期待されます。


<AMDAプロジェクト>

 現在のAMDAルワンダは、主に郵政省ボランティア貯金の協力を得て、キガリ市にて以下の活動を実施しています。


ABC(AMDA Bank Complex)プロジェクト

1) マイクロクレジットプログラム

 大虐殺の後、女性の自立を促進する目的で、AMDAは98年半ばからマイクロクレジット(少額融資)を実施しています。第12フェーズまでは、TABARABANAが選んだ候補者の中から、さらにAMDAが対象者を選出する形を取っていました。担保はグループ全体での保証ということで、第12フェーズまでは50,000ルワンダフラン(約12,500円)に12%の利息が付いて、56,000ルワンダフランを返済していました。

 現行の受益者は、キガリ市当局が選んだ20名の中から、AMDAが5名を選出しました。それぞれの事業計画から、3人に50,000ルワンダフラン(約12,500円)、2人に30,000ルワンダフラン(7,500円)を、12%の利息で融資を行っています。彼女たちの仕事は、食糧を売る人が2名、果物のみを売っている人が1名、キャッサバの粉を売る人が1名、炭を売っている人が1名です。 (5月1日現在、合計62名)

 マイクロクレジットの受益者の1人だったスペシオスさん(50)は、第2フェーズで融資を受けて、返済はすべて完了しています。その前から雑貨を売って商売をしていましたが、投資するお金がないために、生活費の捻出がギリギリの状態でした。現在では子どもにも充分な教育を受けさせてあげるだけの商売ができるようになり、お米・砂糖・小麦粉など食糧も販売し、市場での商売がうまくいっています。


マイクロクレジットにより商売が可能になったスペシオスさん(50)

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