パキスタン

3年目のクエッタ事務書から

(アフガン難民支援プロジェクト)
AMDA職員 小西 司
AMDA Journal 2004年 3月号より掲載

「2002年まではすごい数の日本のNGOが来てたんですけれど、今はみんな居なくなってしまいましたね」。パキスタンの首都イスラマバードで聞く話は、日本社会とアフガンとの関わりをよく表しています。今では2001年にマスコミで騒然とした街が嘘のようだと。 2001年の10月に始まった、ここクエッタでのAMDAとアフガンとの関係は今年 で3年目に入りました。緊急医療救援活動として始まり、これまでにも日本から のべ40人の方々に現地にて参加・協力いただき、今も3人の日本人を中心として 95人の現地スタッフがチームを組んで事業を運営しています。会員の皆様をは じめ市民の方々からのご協力、また日本政府や国連難民高等弁務官事務所、国連児童基金、世界食糧計画な どの国連機関との事業委託とご支援、加えて現地行政各機関に支えられ、ここまで発展してきました。この 地域に対して国際社会の関心が急速に失われているにもかかわらず、ここまで継続できたのは、関係各位の ご支援・ご協力の賜物と、この場を借りて御礼申し上げます。

アフガン難民の問題は、@歴史的にも民族単位での移動が多くあり、今あ る国境という認識は薄いこと、A旧ソ連と米国の勢力争いの前線であったため、国際政治の力学によって地 政学的な政治グループに分割、翻弄されてきたこと、B米国を中心とする石油企業の戦略と地元の各民族運 動の思惑の入り組んだ錯綜、など複雑な影響力の中で、問題の長期化が避けられない背景を持っています。 もとより強大な軍事力を外部から行使することが難民問題の解決にはならないことは、かつてのソマリアを 見れば判るとおりですし、インドシナ難民の帰還が軌道にのったのは、難民対策よりもインドシナ諸国が「 戦場から市場へ」移行した経済効果によるところが大きいのです。帰還先の経済発展の影響力は、軍隊によ る治安よりも帰還を進める好材料になり得ます。しかし上記のような複雑な問題に加え、資源豊かな周辺諸 国に至る地政学的なルート確保争いも加わり、それらが解決どころかイラク情勢に見られる通り複雑・拡大 している現在、アフガン難民問題だけが別に解決するとは、当分は考えられません。息の長い、国際政治を 越えた広い視点での、且つ地道な活動が重要になっています。

AMDAが2002年から運営を続けているラティファバド難民キャンプBHU(基礎診療所)
AMDAが2002年から運営を続けているラティファバド難民キャンプBHU(基礎診療所) 隣接するムハンマド・ケイル難民キャンプの移送に関しても医療サービスを提供している。

AMDAクエッタ事務所はこうした視点から、難民キャンプでの医療救援事業に加え周辺各地の問題にも参画 してきました。2002年には@アフガニスタンの帰還先キャンプ−帰国してもさらに環境の悪い国内避難民キ ャンプに暮らす人々−への巡回診療などの救援活動、Aさらに南部カンダハル州僻地農村での緊急医療復興 事業などを実施。一方パキスタン側では長期化する難民に対する地元クエッタの医療機関の負担軽減と効率 的な診療をめざして150km以上の広域に分散する難民キャンプ群全体に対する重症・救急患者搬送システム (リファラル・サービス)を開始。活動領域は地理的にも質的にも拡大してきました。多くの名だたる大手 欧米 NGOが次々と撤退していく中、日本からの唯一のNGOが長期化をも視野に入れて活動を進めていたことは 幸いだったかもしれません。

2003年はアフガンからイラクへ戦場が移動する中、 AMDAはイランにて医療チーム編成、3月にはクエッタ 事務所から医療チームがイランを経て、イラン・イラク国境のアルバン・ケナルからイラク南部への緊急医 療支援を実施しました。

またその際に培ったイランでの関係は、昨年12月のイラン南東部大地震での迅速な対応の足がかりにもな り、クエッタ事務所から最初の救援活動を実施しました。蛇足ですが、イラン南東部大地震の緊急救援活動 では、イランでのAMDAの医療救援活動がパキスタンのテレビでも報道され、クエッタ事務所でも評判でした。

  さらに、長期化する難民問題に加え、難民だけでなく、パキスタン地元住民への貢献を視野に入れた活動を 開始しつつあります。

8月から開始したバロチスタン州全域の難民キャンプ各地での結核診療・予防活動(TB-DOTS)は治療対象 者こそアフガン難民であるものの、事実上パキスタンでの結核対策の一環として統合的に取り組んでいるも のです。27 個所、辺境6郡600kmに展開する診療ネットワークの構築であり、結核対策 だけでなく広域のレ ファラル・サービスと共にパキスタンでの広域医療の向上に連携していく計画でもあります。また、並行し て始まった、国境にあるチャマン市民病院での診療器材向上プロジェクトと医療職員派遣は、2004年からは 予防診断ラボの開設に至りました。2003年後半にはクエッタ事務所に加えてチャマン事務所、クエッタにレ ファー事務所など、州内3事務所+2 連絡所で機能的にネットワークしていく体制ができあがっています。

国際NGOの事務所が概ね首都イスラマバードに開設される中、クエッタという個性的な地方都市に本拠地を 構えながら、こうした広域な多国間活動を展開している点、AMDAはパキスタンでも異色の存在です。首都と いうのは、国境で分割された国単位の存在であるのに対し、地方の、それも辺境地同士をつなぐ事業展開は 、民間のNGOが得意とする活動であると同時に、国境を越えるNGOが担う重要な可能性の一つでもあるでしょ う。

2003年終わり頃から、この辺鄙の事務所へ、マスコミの関心とは裏腹に、首都からの訪問客が増えてきま した。名だたる国際機関、支援機関から商社まで、この町に再び関心が集まるのは、まずは喜ばしいことで す。今後も辺境地にありながら国境の向こう側をも組み入れた、大地で繋がる地域国際事業の拠点として取 り組んでいきたいと思います。

窓の外、静かに舞う新年の雪を見ながら。

クエッタは今・・・

看護師 佐々木 久栄

2001年秋から始まったパキスタンでのアフガン難民支援活動は、今も事業内容を拡大し、皆元気に頑張って います。2001年1月からは、ラティファバド難民キャンプにおける基礎診療所での活動が中心となっていま したが、その後、難民キャンプからクエッタ市内の病院への重症患者の搬送とフォローアップシステムの運 営(リファラルシステム)が開始されました。現在は更に運営する診療所が増え、またバロチスタン州全て の難民キャンプにおける結核プロジェクトと規模を拡大し、アフガン難民の支援を続けています。難民のア フガニスタンへの帰還は徐々に進んではいるものの、まだまだパキスタン内でテント生活を余儀なくされて いる難民の方はたくさんいます。

キャンプにおける診療活動は、活動当初から早や2年が経過しましたが、今でも多くの患者で忙しい毎日で す。日中40度を超える暑い夏は下痢や脱水症状、マラリアなどの患者、零下10度ともなる寒い冬は上気道感 染症などの患者でいっぱいです。しかし、活動が長引くにつれこのような急性疾患だけでなく慢性的な訴え で日々訪れてくる患者も多くなっています。日々患者とのいい信頼関係も築け、話をしに気分転換に来るだ けの患者もいます。活動が長期化するにつれ、私達は忘れがちな精神面での関わりにも目を向けるように、 心がけています。キャンプに来られた患者さんに、アッサラームアレイクム(こんにちは)と言って握手を する事、これが私の日々の診療活動の始まりでした。患者さんと握手をする度、一つの出会いを感じます。

また活動が長期化している今は、患者や家族に保健教育を行い予防活動にも重心をおいています。患者が疾 患の知識を持ち、患者自身が疾患の予防に取り組む事、それが私達の目標の1つでもあります。つたない現地 語とジェスチャーを交じえて、時には私も現地スタッフと共に行なった予防教育。ブルカを外して一生懸命 聞いてくれるお母さんの姿、澄んだ眼差しで見つめる子供達、大きく肯く長老・・・難民が少しでもここで 多くの知識を得て、今だけでなくアフガニスタンに帰ったにも思い出し、また活かしてもらえる事がありま すように、そんな気持ちでいっぱいでした。あの緊急救援の時期から2年たった今も、各検診や検査内容を充 実化し、また保健教育の重要視、夜間体制の継続と、日々患者との関係を徐々に深めながら、安定した医療 の提供に常に心がけています。

重症患者搬送(リファラル)システムは、キャンプでは治療の難しい重症のケースをクエッタ市内の病院 に送り、入院生活や外来治療を支援するシステムです。6つのキャンプから搬送されてくる患者は、入院患 者だけでも月に90人、外来患者は200人近くに及びます。難産となるケース、ヘルニアや骨折、盲腸など、 また小児になると高度な下痢や栄養障害のケースが多くみられます。私もキャンプに行く日以外は市内の病 院を現地ドクターといっしょに回診します。

救急患者を病院に搬送する際に、救急車に同乗した事が何度かあります。現地のナースと共に心臓マッサ ージと呼吸の援助を行ないながら、何としてでも命を助けたいと必死の思いでした。子供(患者)が助かる 事を必死で願う家族。病院までの2時間という道中はいつになく長く感じました。激しいでこぼこ道の続く 道中、救急車が大きく揺れる度、本当に冷や冷やしました・・・が、幸いにもこの患児は何とか命をとりと めることが出来、今もすくすくと元気に育っています。こういった場面に遭遇した時、本当にこのリファラ ルシステムの必要性を強く実感します。

このリファラルシステムの難しさは搬送されてきた患者にどこまでの援助を適用するかという事にありま す。搬送される患者は急性疾患で予後のいい患者(改善する可能性がある事)である事を原則としていま す。例えば慢性疾患の治療を永遠に保証する事は出来ないし、予後の悪い患者に治療を開始する必要がある のかどうか・・・なぜなら、治療が必要な患者は1人ではなく、治療費にも限界があります。
完治する事が予測出来ない患者に、中途半端に治療を開始したとしても最後まで私達は患者の治療に責任が持てませ ん。患者や患者の治療を選択せざるを得ない状況に陥る場合もあるのです。必要な患者に必要な治療を必要 な時に。キャンプで患者搬送を決定する前にそれを見極められればよいのですが、実際にそこまで判断する のは難しい現状。病院に搬送され、治療方針が確定した後、治療を選択している事が多いです。

先日も顔面腫瘍の13歳の男の子が送られてきました。顔に出来た腫瘍はとても大きく、顔全体が腫れ上 がっていて表情の変化がわからないくらいにまでなっていました。患者の顔を見るだけで心が張り裂ける ような思い。そこまで病状は進行していました。もちろんこの患者に対しての第1選択の治療は手術でした 。でもそこで私達が考えねばならない事は術後のQuality of life(生命/生活の質)です。今の進行度は? 手術による侵襲は?予後は?再発の可能性は?このように予後がケースによって違う疾患はあらゆる事を 考慮し慎重に治療を選択せねばなりません。最終的に私達は討論を重ねた結果、手術する事を選択し、よ り高度な設備が整っている他都市の病院へ患者を転院させました。

患者や患者の治療を選択するなんてとんでもない事のように思われるかもしれませんが、限りある支援状 況の中では、全てを有効に使う事を考えねばなりません。でも私達はいつも希望を捨ててはいません。スタ ッフや病院関係者と話し合いを重ねたうえ、必要な患者には最大の治療が提供出来るように援助していま す。患者や家族と共に回復する可能性を信じて・・・このシステムも始まってから早や1年半。多くの患者 が送られ、厳しい選択をせまられる困難なケースもよくありますが、今では欠く事の出来ない重要なシス テムとなり、病院のドクターや各機関と連携を深めながら継続した支援を続けています。

そして最後にもう1つ大事なプロジェクトの1つが、結核診療・予防活動です。この活動を始めてから6ヶ 月経過したばかりの新しいプロジェクトです。 日本では結核といえば少し影が薄くなりつつありますが 、発展途上国においてはまだまだ恐ろしい伝染性疾患です。キャンプのような保健衛生状態がよくない所に おいては、あっという間に結核菌は伝播されてしまいます。

そこで、私達はまずキャンプ内での結核の伝播予防、そしてパキスタンの市街地にも結核が流入しない事を 目標に、パキスタンのバロチスタン州にある全ての難民27キャンプにおいてこのプロジェクトを進めていま す。患者の早期発見、治療の開始また治療を継続させる事により、結核患者の致死率、罹患率の低下を目指 しています。結核チームのドクターは実際に各地域のテントを訪れ、結核患者の発見や把握、また薬剤や教 育用の教材提供に努めています。また、現場で働く医療スタッフに対してもトレーニングを行い、スタッフ 自身の知識と技術の向上にも努めています。手探りの中進めてきたこのプロジェクトですが、各地域のキャ ンプにスタッフも積極的に足を運びながら、問題発見と解決に向けて、皆頑張っています。

患者さんの命は、患者さん自身やその家族だけでなく、私達にとっても大切な命。私達は患者さんに出会 った限り、患者さんの命を守る責任があります。クエッタのスタッフは皆、そんな気持ちの中で日々活動し ています。

クエッタで過ごした1年間の日々・・・広大な砂漠地帯、アザーン(礼拝の合図)の大音響、大勢の男性 人で賑うバザール、とても新鮮で甘いマンゴーシェイク、スタッフと活動した日々、何1つ忘れる事は出来 ず、今でも私の心の中に鮮明に残っています。

でも何よりも心に強く焼き付いているのはキャンプで出会った子供達の笑顔・・・あの子供達の笑顔は、 過酷な状況の中で生きている人々を支援し続けたいと思う私の気持ちを今も支えています。

クエッタで出会い、共に過ごしたスタッフの皆様、本当にかけがえのない時間を有難う。そして私達の活 動を日々支え、見守って下さっている会員の皆様、私にこのような貴重な体験をさせて下さった本部職員の 皆様、本当に本当に有難うございました。




緊急救援活動

アメリカ

アンゴラ

イラク

インドネシア

ウガンダ

カンボジア

グアテマラ

ケニア

コソボ

ザンビア

ジブチ

スーダン

スリランカ

ネパール

パキスタン

バングラデシュ

フイリピン

ベトナム

ペルー

ボリビア

ホンジュラス

ミャンマー

ルワンダ

ASMP 特集

防災訓練

スタディツアー

国際協力ひろば