ネパール

TBAトレーニング活動報告

助産婦 紺谷 志保
AMDA Journal 2004年 1月号より掲載

現在、地域保健衛生教育事業:PHASEの活動のなかで、パロハ、ガジャデ、デ ュデュラクシャの3VDC(村落開発地域)のTBA(伝統的分娩介助者)に対して月に一度のミーティングと、 1月に7日間のベーシックトレーニング(2 年に一回)を行い、その後6ヶ月毎に3日間のリフレッシュトレー ニングを行っている。ネパール政府は、2年前に TBAに対するトレーニングは効果が得られないとして中止 した。同時にTBAによる出産介助を禁止し、医療施設での出産を推進している。だが、現状は自宅分娩が90% 以上で、それが高い妊産婦死亡率、新生児死亡率の原因といわれている。PHASEでは対象地区の3つのVDCの 母子保健の現状からTBAの必要性を把握し、トレーニングを続けている。政府の方針にのっとり、自宅での分 娩介助は緊急(実際には経済的、地理的理由で医療機関へかかれない)の場合に限り、妊産婦の異常時の医 療機関への搬送、乳幼児の予防接種、家族計画の推奨をTBAの役割とした内容で行っている。私は今回、今 年1月に行われたベーシックトレーニングの後の一回目のリフレッシュトレーニングを担当することになっ た。

4月中旬より産科病棟に入り仕事を始めたが、毎日様々な緊急、異常出産を 経験した。子癇発作、子宮破裂、子宮内胎児死亡、前置胎盤、胎位異常、等々。来院時は既に手後れで胎児 ・新生児死亡、あるいは母体死亡に至る例もあった。こういった症例の殆どは妊婦検診が未受診で、検診に よって異常を早期に発見し、予防することが可能だったのではないかと思われた。その中でも忘れられない 一症例があった。まだ、私がここに来て3日目の日中に、当院まで徒歩で10分程の所に住む初産婦が、ストレ ッチャーで運び込まれた。妊婦の出血か何かだろうと思い、ペチコートをめくると、体幹のみが娩出され、 頭部が膣内に留まったままの児がいた。骨盤位の児頭難産である。すでに体幹は青紫色に変色し、だらりと 弛緩していた。直ちにスタッフによって児頭が娩出され、救急蘇生が行われたが、既に遅く蘇生不可能であ った。だが、児頭が看護婦によって外に出された瞬間、赤ちゃんが「はぁっ」と小さく息をしたのを私は見 た。この赤ちゃんの最初で最後の呼吸は、狭く窮屈な場所からやっと出られて、安堵したかのようだった。 この妊婦は、自宅で出産経験のある姉と義姉が立ち会い、もう少しで頭が出るはずだと頑張り続けていたら しい。殿部が娩出された時点で病院へ向かっていれば、児は助かっていただろう。この妊婦も妊婦検診を受 けておらず、骨盤位と知らなかった事、もしくは骨盤位の危険性に対する無知、お産の場に訓練を受けた出 産介助が不在であったことなどが、この悲劇を生んでしまった。

私はこのような病院での経験からも、コミュニティレベルでの妊娠出産に 対する知識の普及と、異常と正常を判断でき、適切に医療機関への受診を勧められる診断能力を持った人材 の育成が早急に求められていることを感じた。病院へ容易にアクセス可能な地域でさえこのような事が起こ るのに、ましてやPHASEの対象地域となっている遠隔地では、更に問題は深刻だろう。

政府はTBAの教育を止めてしまったが、現在もTBAは遠隔地における母子保 健の担い手として存在している。地域の母子保健知識の普及、また、基本的な妊婦検診が行え、異常時に妊 婦へ医療機関への受診を推奨できるようTBAの能力の向上を図ることで、母子保健改善に貢献できるのではな いかと考えた。そこで、TBAの知識と技術の検証と再教育を目標として、ベトナムでの母子保健トレーニング をベースに、妊娠中の正常と異常の判断を中心にしたトレーニング内容に組み立てた。

また、今後もPHASEスタッフによる効果的なTBAトレーニングが続けられる よう、3回のトレーニングのうち少しずつパートをわけて、PHASEスタッフもトレーナーとして参加するよう にした。更に、同時期に進めていた産科病棟スタッフによる、妊婦検診外来(ANC OPD)を、PHASEスタッフ 自らの希望もあり、産科看護婦とともに担当することにした。ANC OPDは実施経験の乏しい彼女達にとって、 直接、産科看護婦から指導が受けられ、検診知識と技術を習得できる場となる。それによって、PHASE スタ ッフによる、ANCを中心としたより実践的なTBAトレーニングができるのではないかと期待した。

<パロハ>

期間:5月27日〜29日
対象:TBA14名
 
年齢6035283535656550554030323535
分娩介助件数多数0025170-80多数↑100多数35320-22623
初めて授産した年齢16-182540272516282830212519

地理的条件:ローカルバスでブトワール市内より20分。幹線道路沿いの中心 地にあるヘルスポストまで最も遠い地域から徒歩1時間、地域内の主な交通手段はバス、バイク、自転車、 徒歩

医療機関:ヘルスポスト(保健士 2、ヘルスアシスタント 1、准看護師 1、 ヘルスワーカー 1)、プライベートクリニック

トレーニングの実際と所感:

殆どのTBAが日常的に妊産婦に関わり、出産介助の経験も豊富な印象を受け た。だが、産科学的知識は、政府によるトレーニング経験のある数人が、基本的な事をまずまず理解してい る程度であった。出産介助経験の多い50〜60代の者は、経験による知識が主で、産科学的知識には乏しい。 だが、出産を医学的視点と結び付けて捉えられてはいなくても、女性の自然な生理のひとつとしてのお産を 良く知っていると感じた。また、彼女らのほとんどは字が読めなかった。

トレーニングに対するモチベーションはとても高く、各トピックに対して 、自分の知識や経験を積極的に発言し、議論が白熱して収拾がつかなくなる程の場面もあった。日常的に関 わっているからこそ発せられる意見だなと感じる事が多かった。それ故、「なぜ、そうなるのか」「なぜ、 そうすべきなのか」といった説明をすると非常によく理解できるようであった。また、写真や絵、胎児人形 など視覚的なマテリアルを多用したことも興味を引き、字を読めない方にも判りやすいと好評だった。

妊婦検診の実地研修では、皆が近所の妊婦を連れてきて十数名集まった。実 際に妊婦の体に触れて症状を見るのは初めてという者が殆どだった。先ず我流のままで行ってもらい、その 後でより適切な方法を紹介して、実施してもらった。正確に児頭を触知できる者もいれば、ただ妊婦の腹部 を摩っているだけの者もいた。胎児の位置を手で触れ判ったり、心音をFetoscopeで聴けたりしたことで、 正しい手技の効果と方法を実感し、何よりも自分でできたということに感激していた。その翌日も、数人が 近所の妊婦を連れてきて、ANCをしてほしいと求められた。人はそれがほんとうに大切な事だと解れば、自ら 動き出すものだと思った。

ここは、若く医学的内容も理解できる者と、年配の長いお産経験のある者 が、お互いの意見や情報を交換しあえている。また、個人個人が、地域の妊産婦のためにTBAとしての役割を 果たそう、という責任感を持っているように感じた。より実践的なトレーニングの継続によって能力を高め れば、ここのTBAは地域の母子保健改善のための頼もしい即戦力になるだろう。

聞き取りアンケートによる評価:

1.トレーニング内容のなかで最も良かった(役立つ)ことは?
  Fetoscopeを使って胎児の心音を聴くこと
2.トレーニング内容のなかで最も良くなかった(役に立たない)ことは?
  トレーナーがネパール語を話せず、十分な話ができなかったこと
3.このトレーニングで初めて学んだことは?
  自分で絵(地図や胎児)を描くこと
  妊婦検診の実施
  羊水の変色で胎児の危険を予測できること
4.マテリアルは適当だったか?
  よい(12名) まぁまぁ(0) 悪い(0)
5.トレーナーの態度は?
  よい(12名)  まぁまぁ(0)  悪い(0)

<ガジャデ>

期間:6月13〜15日
対象:母子保健ワーカー (ヘルスポストスタッフ)1名、TBA15名
年齢294440274522256041254536212535
分娩介助件数47多数0635多数多数370-80004550-60
初めて授産した年齢23352725224202728252020

地理的条件:ブトワールから最寄りのバス停まで1時間。 そこから未舗装の脇道を車で40分の所にヘルスポストがある。徒歩で1時間。最も遠い地域から ヘルスポストまで徒歩で1時間。VDC内の主な交通手段は、徒歩、自転車、バイク。バイクのある家は 少ない。

医療機関:サブヘルスポスト
    (保健士 1, 母子保健ワーカー 1, ヘルスワーカー 1)

トレーニングの実際と所感:

ここは対象地区の中でブトワールから最も遠く、最寄・ 最寄の病院である郡病院、ネパール子ども病院まで最低でも2 時間以上かかる。村民の大半が農業従事者で 現金収入は平均的農家で月に500ルピーほど。サブヘルスポストでは、分娩は扱っておらず、ほぼ100%が自 宅出産との事で、経済的理由とアクセスの悪さによるものだろう。だが、TBA の分娩に関する話にはいまひ とつ現実味がなく、上記の分娩介助数ほどの経験があるようには感じられなかった。おそらく、殆どのお産 は家族のみの立ち会いで行われているのだろう。

トレーニングは、唯一のヘルスポストのスタッフ(母子保健ワーカー)が 参加し、よき指導者としてTBAを引っ張っていっていた。ここはヘルスポストとTBAの連携がとれていて、 ヘルスポストのスタッフがTBAの活動に協力的な様子だった。現在のTBAのおもな活動はANCと異常時のリフ ァーで、トレーニングの中でもこれらに関するトピックに特に熱心に取り組んでいた。全体的に知識や手技 もまずまず適当であった。妊婦検診の実地研修では、パロハ同様今まで経験のない胎児の触診や、児心音聴 取に最も興味を示し、それらが判る事の重要性を深く理解できている様子だった。Fetoscopeの供与を望む 声も一番多かった。

ここは、TBAによるANCが既に主な役割とされており、ヘルスポストのスタ ッフも協力的なので、更に内容の充実を図り、より質の高いものへと働きかけやすいのではないかと感じた。 ただ、マッピングで胎児死亡や新生児死亡が多いことが判り(ここ1年のうち5名)原因を探っていくと、 やはり貧困やアクセスの悪さといったことにいき着いた。遠隔地の厳しい環境下においては、TBAの活動を ANCだけでなく、産後検診や新生児検診へも拡げていく必要があると感じた。

評価:(内容は同上)

1.地図をかくことで地域の問題がわかったこと
 妊娠中の胎児の様子がわかったこと
 ANCの方法が詳しくわかった
 妊娠中異常について詳しく知ることができた
2.なし
3.脈拍の取り方と正常値
  胎児心音の聞き方と正常値
  子宮のなかの胎児の様子 
4.よい(16名)
5.よい(16名)

<デュデュラクシャ>

期間:6月21日〜23日
対象:TBA 16名
年齢3151503128322530274040523930
分娩介助件数2多数多数60017020354多数0
初めて助産した年齢292530 28 25 2739353530 

地理的条件:ブトワールからバスで30分。幹線道路沿いのヘルスポストまで最も遠い地域から徒歩1時間。途中川が増水し雨季には渡れなくなる場所もある。交通手段は自転車、バイク、徒歩、バス

医療機関:サブヘルスポスト( 保健士 1, ヘルスワーカー 1,  母子保健ワーカー 1)プライベートクリニック

トレーニングの実際と所感:

ここのTBAは、全体的に積極性に乏しい印象だった。集合時間に最も遅れ 、ANCの実地研修にも誰も妊婦を連れてこなかった。ブトワールへのアクセスが良く、VDC内に分娩のできる プライベートクリニックもあり、医療機関にかかる妊産婦が比較的多いという背景にあり、地域でのTBA の 役割があまり必要とされていないのかもしれない。それぞれの分娩介助件数も少なく、異常や緊急の事例を 紹介してもピンとこない感じで、妊娠や出産に関する経験が乏しいように感じた。トレーニング内容にも、 難しくてついて来られない者が結構いたり、他のVDCでは簡単に答えられていたような事も誰も知らないと いった場面が度々あった。だがここでは、今までに何度か政府や他のNGOによるTBAトレーニングが行われて いて、TBA達のトレーニング経験は最も多いらしい。それなのに、母子保健に関する知識は少なくモチベー ションも低い。かえって、変にトレーニング慣れしてしまっていて、参加費だけ貰って適当にやり過ごそ うとする雰囲気がある、とPHASEスタッフも指摘していた。

ここのアクセスは問題ないといっても、VDC内の幹線道路から遠くはずれ 奥まった場所には、雨季に川が増水し孤立してしまう地域や、年齢を数える習慣が無く若年層の妊娠出産が 多いといった地域があり(年齢不明のTBAも2名)、やはりそういう場所で妊産婦死亡や新生児死亡が起こっ ている。そこに住むTBAが出来る事は必ずあるはずだ。トレーニングを受けることで、人々のモチベーション が下がるようでは本末転倒である。トレーニングの持ち方や内容を慎重に考えないと人材をだめにしてしま うのだと痛感した。

評価:

1.脈拍の取り方
 貧血症状の見方
 子癇発作の症状と対処
2.ビデオの内容(ネパールの現状とかけ離れている)
3.脈拍の取り方
 妊娠中の異常症状の見方
4.よい(16名)
5.よい(16名)

まとめ

ネパールでは、2時間に1人の妊産婦が死亡しているといわれる。その原 因は、危険な自宅出産にあると決まって言われるが、私はそうは思わない。確かに自宅で出産時に、突然の 異常に対処できず、妊産婦や新生児が亡くなるケースは多いだろう。しかし、それらの殆どは出産に問題が あるのではなく、妊娠中からそれに至る原因が起こっているはずだ。妊娠中に適切な検診を受けず、状態が 悪化したまま出産に至ったり、危険な状態と知らず出産に挑んだ結果が、妊産婦の死を招いてしまうのだ。 ネパールの妊産婦死亡原因の上位にあげられ、実際に病棟でもたびたび遭遇する子癇発作は、若年妊娠を避 けることや妊娠中の健康管理で予防が可能である。正常な妊娠経過をたどれば、そのほとんどは正常な出産 ができる。それは、出産が本来女性に備わっている生理だからである。

もちろん、病院でしか助からない場合もある。しかし、遠隔地の現状は、 病院に行きたくても行けない様々な理由が解決されないままあるわけで、病院出産の推進は絵に描いた餅に すぎない。それよりも、安全な自宅分娩ができるような、具体的な援助を勧めていく事のほうが、妊産婦死 亡を防ぐための、はるかに意味のある実現可能な対策ではないかと思う。

その対策のひとつが、正常な妊娠をたどっているか判断され、異常を早期 に発見し適切なアドバイスを受けることのできる、妊婦検診である。今回、遠隔地に於ける妊婦検診の充実 を図るための要員として、TBAの活用を考え、トレーニングを行った。地域によってTBAの技量や、モチベー ションに差はみられたものの十分に地域の妊産婦のために働ける人材だと感じた。もちろん、彼女達の知識 も技術も、現状ではまだまだ不十分であるが、トレーニングの継続によってそれらを吸収できる土台が備わ っていると感じた。それは、長年地域のお産に関わってきて培われた経験と勘であり、何よりも、妊産婦の 気持ちの側にたった援助ができているからである。ANCの実地研修といった実践的なトレーニングを継続し、 異常と正常を判断する力を養なうことが最も効果的だと思う。

トレーニングの継続のために、予定通り、PHASEメンバーに2回目のトレー ニングから、いくつかのパートを担当してもらった。技術的なことや、専門的な内容には対応しきれないこ ともあったが、短時間のうちに要点を掴んで適切に行えていた。また、これまでのTBAとのつき合いの中で、 個人々の理解力をよく把握しており、個人的に説明し直すなどして、私の配慮の足りない部分をうまくフォ ローしてくれた。視覚的なマテリアルの活用や、TBAが経験した事例を基に話を導いていくといったやり方が 効果的なことも実感したようだ。6月初旬から、二人の女性メンバーもANC OPD で着実に経験が積めていて、 彼女らによるTBAへの実施指導も可能になるだろう。更に、ANC OPD 担当の産科スタッフもPHASEの活動に興 味を持ってくれ、 ANC OPD をヘルスポストスタッフやTBAのANC トレーニングの場として活用するという案 にも協力を申し出てくれた。いろいろな可能性が生まれてきて、とても喜ばしい。

ネパールではお産は不浄のものとされ、お産の介助は、地域のカーストの低い者の役割とされていたそうだ。 お産の介助は彼女達の役目なので報酬もない。お産という、女性が最も弱く、誰かの助けを必要とする場に ずっと居つづけ母と子を守ってきたTBAの、母と子への眼差しは優しさに満ちている。TBAとの出会いは、私 にお産というものを見つめ直させてくれ、私自身にとってかけがえのない経験となった。




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