ネパール

ネパール事業の現状報告

AMDAネパール 藤野 康之
AMDA Journal 2004年 1月号より掲載

乾季のモンスーンが、朝晩の冷え込みを徐々に徐々に厳 しくしているネパールからの事業報告です。

ネパールで最も大切な時節である秋には、二つの大きな 祭事があります。ダサインとティハール。その大切な一年 の節目を終えて、人々は冬支度に入ります。クルタやサリ ーといった女性のきらびやかで華やかな素敵な民族衣装も 冬の間はコートやジャケットに覆われて、みんな身体を温 かくします。小さなこどもたちは、厚手のコート、帽子や マフラー、そして手袋などで身を包み、ころころしてまる で「だるまさん」さながらです。

そして、空気が乾燥して透明度が増すこの時節は、ヒマ ラヤ連峰を特に美しくみることができます。雲海の彼方に 悠然と聳えるその泰然たる威風堂々としたその姿は、まさ に「世界の屋根」。夕陽に映えて、一瞬一瞬微妙に淡く表 情を変える大自然の荘厳さ、やわらかさ、あたたかさには、 自然と真摯に畏怖の念を抱かしてくれます。

1.ブトワール事業
(拠点:西部開発地域ルパンデヒ郡ブトワール市)

ネパール子ども病院事業

釈尊の生誕の地(ルンビニ)に程近いルパンデヒ郡ブト ワール市に1998年11月に設立された「ネパール子ども病院(英語名は、「AMDA Nepal Siddhartha Children and
Women Hospital」。因みにこの「Siddhartha」は釈尊が僧となる前の名前です)」。小児科、産婦人科の医療サービス を提供する周産期センターです。世界的に著名な建築家・ 安藤忠雄氏により無償で設計していただき、建設資金は、 毎日新聞社、毎日新聞社会事業団(東京、大阪)による新 聞紙上でのキャンペーンを通して集められたご寄付、そし て阪神淡路大震災の被災者からの真心の浄財、その他本当 に多くの全国各地の皆様からのご寄付により賄われました。

2003年11月2日に、「開院5周年」を迎え、在ネパール 日本国大使館、国際協力機構ネパール事務所、日本の支援 者、地域の支援者、地域行政当局、地域住民等多数の参列 者とともに、この佳節を迎えることが出来ました。現在は、 80床を備え、小児科外来、産婦人科外来、救急外来、レン トゲン及び各種検査、入院、新生児・小児集中治療室、薬 局、妊婦健診、予防接種、24時間救急サービス、救急車発 動、宿泊施設「ボランティア・ハウス」等のサービスを提 供するまでに成長いたしました。現在の職員数は、約98名 (内、医師10名、看護職員40名、レントゲン・検査技師6 名、薬局職員6名、事務局職員32名、地域保健衛生事業担 当職員4名)。ネパールで唯一の小児科・産婦人科を兼備し た医療機関であり、あらゆる医療施設が集中しているカト マンズ以外では、唯一の小児専門医療サービスを提供でき る病院です。

午前9時から午後4時までの外来では、1日約170名から 200名の患者さんが来院し、診察を受けています。小児科 ということもあり、ひとりの子どもの患者に対して両親、 兄弟姉妹、祖父母など、多くの付添い人で午前中の待合室 は人いきれで圧倒されます。また、産婦人科では1日約9件から10件の出産があります。 ここでも、新しい家族の誕生を心待ちにする夫、両親、兄弟姉妹、祖父母、親類縁者が 総出となって赤ちゃんの誕生をいまかいまかと待っています。まさに、くる日もくる日も病院内は健康な人も病気 の人も、ほんとうにたくさんの人たちでごったがえしてい ます。

また、ネパールの地方に存在する看護学校や保健医療人 材の育成機関、またはUNICEF(国連児童基金)の母子保健促進プロジェクトと連携し、 産婦人科の実習訓練機関としても認知され、実際に毎年多くの学生や医療従事者を受 け入れて訓練施設としても有効に機能しております。

日本からの支援は建設に関わる支援のほかにも、開院以 来5年間で、これまで現地に派遣されて技術指導や知識伝 達等に携わってくださった方が、非常に多いのもこの支援 事業の特徴のひとつです。特に、医療従事者の人材発掘や 当事業の情報提供で連携をしている「AMDA兵庫支部」。短 期・中期・長期派遣の人材がこの地で5年にわたって貢献 されてきた「支援の種」は現地で汗と涙とそして喜びを分 かち合いながら一生懸命に精魂込めて育てられ、今後大き な大きな「大樹」と生長し、甘くて美味しい「果実」とな ることでしょう。そして、その果実は、将来の新たな大樹 の「種」となることでしょう。

この病院にくる患者の中には、遠くの村から数時間かけ て徒歩で幹線道路まで出て、そこからバスに乗ってブトワ ールまでやってくる人たちもいます。開院以来5年を経て、 周辺地域のみならず、遠隔地の地方農村へもこの病院の存 在とサービスに対する認知度は高まっているという認識に 至ります。これからは、こういった地域住民の大きな期待 や、更にはネパール国政府からの期待を一身に背負い、現 状に満足することなく「常に患者の健康のために」をモッ トーにますます責任と使命の自覚を深めていかねばなりま せん。

地域保健衛生教育事業

通称「PHASE事業」と呼ばれるこの事業。英語名を 「Primary Health Advancement through Sustainable Empowerment」と言います。ルパンデヒ郡内ブトワール市 郊外の農村地域において、保健衛生教育(Health Education Programme)や識字教育(Literacy Programme)、または母子保健訓練(MCH Training Programme)などを実施して、主に「予防面」からの健全な母子保健の促進を目指し ております。このように地域の母子保健を、「治療」と「予 防」の両方のアプローチで促進している医療機関は、ネパ ール国内にあっても稀有の存在といえます。ネパールの乳 幼児の主な死亡原因は栄養失調や劣悪な衛生状態にも起因 し、妊産婦死亡率が高い要因としては、不衛生な環境での 自宅分娩の慣習(現在も約90%の出産が自宅分娩)、貧困、 母子保健の知識不足など社会経済的な要因も大きく関わっ ています。そこで、保健衛生教育活動を通して、母子の健 康に対する知識を高め、自助努力による生活環境改善を図 り、延いては母子の死亡率の低下を目指すことも重要な目 的のひとつです。従って、対象者は、女性。ルパンデヒ郡 公衆衛生局とUNDP(国連開発計画)の「参加型農村開発 プログラム(Participatory District Development Programme: PDDP)」と連携して、女性グループを組織し、彼女たちの内からリーダーや女性地域保健員(Female Community Health Worker: FCHW)を養成し、彼女たちの積極的、自発的な参加を通した活動を展開しています。

保健衛生教育プログラムでは、各女性グループからメン バー間で話し合いを持ちFCHWを選出してもらい、そのFCHWに対してPHASE事業担当職員が訓練を施します (「ピア・エデュケーション」アプローチ)。FCHW訓練は 2週間。約20項目の保健衛生に関する訓練を実施します(エ イズ、性感染症、結核、日本脳炎、ハンセン病、毒蛇、下 痢などの病気の説明やそれら疾患の初歩的な一次的対処法 など)。その後、適宜、PHASE事業担当職員の監督、指導、 助言などを加えながら、10ヶ月間でFCHWが各グループのメンバーへ知識と技術を伝達していきます。

識字教育プログラムでは、各女性グループからメンバー 間の話し合いで、「先生」を選出してもらいます。勿論、先 生自身は読み書きができる女性でなければいけません。メ ンバーの中で先生として妥当な女性がいない場合には、同 じ地域の女性を自分たちで見付けてきてもらいます。その 各グループから選出された識字の先生に対して、PHASE事業担当職員が識字教育の教授法の訓練を施します (「ピア・エデュケーション」アプローチ)。訓練は約1週間。そ の後、6ヶ月間を1コースとし、日曜日から金曜日まで毎 日2時間の識字教育を行います(ネパールでは、土曜日が 1週間のお休みの日です)。コース終了後には手紙を書く、 読むなど、簡単なネパール語の読み書きができるようにな ります。また、地域の政府広報のポスターや配布物なども 読めるようになり、女性の社会参加を促すことにも繋がり ます。また、なかには計算(算数)も学んでいるグループ もあります。

因みに、この識字教育プログラム。ルパンデヒ郡教育局 から非常に高い評価を得ているプログラムのひとつです。 その結果、識字教育プログラムに使われる教科書や教師用教本などは、 ネパール国政府教育・スポーツ省ノンフォーマル教育局から無償で供与されております。今年度は、 約900名分の教科書を供与してくださるとの合意を取り付 けました。

このPHASE事業は、4年目に突入いたしました。事業立 ち上げ初年度は、10の女性グループを対象に試験的に実施 しておりました。1年後、試験的な事業の効果が認められ、 昨年度には3つの村落開発委員会(Village Development Committee: VDC。行政区割の末端単位)の60の女性グループへと拡大いたしました。 今年度は、6つのVDCへと地域的に拡大し、60の女性グループを対象に事業を実施して います。

ひとつの女性グループには、平均約20名の女性たちがメ ンバーとなっています。従って、直接的な裨益者の数は1,200名にのぼります。 また間接的な裨益者(配偶者、こども等、その女性メンバーの家族)を含めますと、ネパール の平均的な家族人数が約6名ですので7,200名となる計算に なります。

また、この事業の大きな目的のひとつとしては、家族の 保健衛生環境の「同時代的な」改善と向上を目指すと共に、 母親から子どもたちへ(「Mother to Children」アプローチ) といった「世代を超えた」保健衛生の知識の伝承をも目指しております(もっ とも、この目的の効果を検証するには、まだまだ時期尚早ですが)。

さらに、昨年度からPHASE事業に「学校保健プログラム(School Health Programme)」を導入・実施しました。これは、事業対象地域のVDC内の 初等学校を対象にしています(昨年度は6つの学校で実施)。児童・生徒から の代表者を集めて「保健衛生委員会」をつくり、その児童・生徒に対して PHASE事業担当職員が保健衛生訓練を施します(「ピア・エデュケーショ ン」アプローチ)。その後、子どもたちから子どもたちへその保健衛生に関す る知識や技術を伝えるという手法です(「Child to Child」アプローチ)。

篠原奨学基金

この「篠原奨学基金」は、ネパールにおける過疎地域の保健医療の向上に尽力した日本人青年医師、 篠原明医師の生前の志を受け、お母様である浪枝さんや遺族の方々からのご寄付により設立された 奨学金制度です。1998年(平成10年)に開始されました。  故・篠原医師の志を最大に尊重し、@ネパールにおける小児医療の発展のために、 そして、Aネパールの保健医療に貢献する人材を育成するために、活用しています。 対象者は、AMDAの全ネパール事業の職員のうち保健医療従事者です。

これまで、この奨学金をもとに、ビノー・パラジュリ医師が日本で 小児医療の訓練を受け、現在ネパール子ども病院に復職し活躍しています。 また、現在、バングラデシュ国にて小児外科の勉強をしているマノーズ・シュレスタ医師 (ネパール子ども病院所属)とカトマンズの医科大学の看護学部にて勉強をしている サンタ・カルキ・チェトリ看護師(ネパール子ども病院所属)の2名がこの奨学基金の PHASE事業のフレームワークとアプローチブトワール事業のフレームワークとアプローチ 給付生として日々学業に勤しんでおります。

知的障害児デイ・ケア・センター
(Susta Manasthiti Bal Bidhya Mandir: Association for the Welfare of Mentally Retarded)への支援

ブトワール市およびその周辺には、 知的障害を抱えた子どもを持つ家庭は100を超えると言われています。 しかし、まだまだネパール国政府(管轄省庁は女性・児童・社会福祉省) の対応は不十分で、国家として取り組む問題としての認識がまだまだ低いとの意見を聞きます。 そのため、知 的障害者のための公的な教育施設や職業訓練施設は数少なく、 絶対的に不足しております。また、ネパールにおいては、知的障害は「前世のたたり」や 「前世の悪業に対する罰」という意識がまだまだ根強く、こうした社会的差別や偏見などの変革も必要です。

ブトワール市にも知的障害児のためのそのような 公的施設は存在いたしません。そこで知的障害児を持つ4人の父親有志が集まり、 「知的障害を持った子どもたちも健常者と同様の学習機会が与えられるように」と 1994年11月に知的障害のための教育施設としての「デイ・ケア・センター (現地語名「Susta Manasthiti Bal Bidhya Mandir」)」を設立しました。 当初、8畳程度の教室で月曜日から金曜日までネパール語の読み書きを教えたり、 併設する4畳半程の作業所で手工芸品の製作指導などを行っていました。 その後、ブトワール市郊外、ネパール子ども病院の近所に、地方行政当局から土地を提供され、 より大きな規模の知的障害児のためのデイ・ケア・センターを建設し、 2002年10 月に開校式をいたしました。

現在、知的障害児がそのデイ・ケア・センターに通学して ネパール語の読み書きをはじめ、歌や踊り、または、職業訓練的な手工芸品作製のための 技術訓練を受けています。一方で、通学できない児童に対しても、 「在宅ケア・プログラム(Home Visit Programme)」のサービスを提供しています。

さらに、地域での活動として啓発活動も展開しています。 教育ビデオや広報パンフレットその他の広報ツールを用いて、知的障害者をもつ家庭を勇気付けたり、 障害を持っていない人々に対し、知的障害の原因、親の役割、知的障害者の権利などに関する情報を 広く地域社会に発信しています。

AMDAからのこの知的障害児施設に対する支援は1995 年9月に発足した 「AMDA高校生会」により始められました。1997年夏、高校生会25名のメンバーのうち6名がネパールを訪れ、 障害児学校やストリート・チルドレンなどの現状を実際に目の当たりにしました。 帰国後、AMDA本部において障害児学校建設への支援が提案され、AMDA高校生会は街頭募金活動などを行い、 また多くの方々のご支援をいただいて、寄付金を集めることができたのです。 この寄付金は啓発活動資金と、新しく建設された知的障害児学校の外柵の建設支援に充てられました。 その外柵には、学校運営者から感謝の意を表して「AMDA高校生会による寄付にて建設されたる外柵」と、 大理石製の銘版に刻印されています。

支援には、結果や効果があらわれるまでに時間がかかる支援と、 そうでない支援があります。AMDA高校生会の知的障害児デイ・ケア・センターへの支援活動では、 啓発活動への支援が前者で、外柵の建設支援が後者であるといえるかもしれません。 どちらが善くて、どちらが悪いという比較の問題ではなく、どちらも大切な支援です。 これらの支援が、地域の社会福祉の成熟度を増し、健全な地域社会の促進に貢献していくことでしょう。 今後も、AMDA高校生会の自発的な意識と献身的な実践を最大限に尊重しながら、 継続的な支援と良好な関係を構築していきたいと思います。

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