ネパール

ネパール子ども病院見学報告

アデレード母子病院 森 臨太郎・森 享子
AMDA Journal 2003年 1月号より掲載

このたびわたし達は9月から10月にかけてネパールに3週間滞在し、カトマンズにあるカンティ子ども病院を1日見学と、ブトワールにあるAMDAのネパール子ども病院を10日間見学する機会が与えられました。

臨太郎は日本で新生児学を中心に小児科の研修をした後、オーストラリアにあるアデレード母子病院で新生児科医として2年間働いてきました。 AMDAとの付き合いは医学部の6年生のときに阪神淡路大震災でボランティア活動に参加したことがきっかけです。享子も現在同じ病院で小児科医として勤務中です。 かねてから発展途上国での医療にも興味があったことから、AMDAのご理解をいただき、このたび見学の運びとなりました。欧米の医療と日本の医療は少し違います。その両方を経験した立場からネパールの病院における印象を小児・新生児医療を中心に書いてみたいと思います。

カンティ子ども病院

カンティ子ども病院は首都カトマンズにあり、ネパールにおける小児医療の中心となっています。現在働いているアデレード母子病院の上司のひとりがこのカンティ子ども病院のシュレスタ教授と知り合いであるため、彼に案内してもらいました。この病院では、基本的な医療から、ある程度高度な医療までをするのには不足のない設備が整っていました。 医師や看護師も熱心でよく勉強しているという印象でした。結局、患者が移送もしくは来院するタイミングが遅くなるので、治療成績としてはいいとは言えませんが、限られた経済状況や周囲の衛生環境のなかでは可能な事を最大限行われていると感じました。 印象的だったのが24時間アクセス可能のインターネット設備がNICU(新生児集中治療室)のなかにあることと、著しく悪い予後が予想されるときでも緩和ケアという考え方はほとんどしないという2点です。 彼らは医学そのものを英語で学ぶため、医療内容もオーストラリアをはじめとする西洋社会での医療に近いのですが、考え方そのものはアジア的というか日本の医療に近いと感じました。

AMDAネパール子ども病院

全体として

10日間の子ども病院での滞在の間、回診に参加したり、各部署を見学したり、PHASE(Project for Health Advancement through Sustainable Empowerment)という公衆衛生の教育活動の一環で小さい村に訪れたり、ルンビニ郡病院を見学したり、またAMDA高校生会が支援する知的障害児学校も見学しました。 夜間、医師が忙しく、赤ちゃんの蘇生を手伝う機会も与えられ、ちょうど蘇生についての講義をした翌日だったのでよい実践の講義にもなりました。講義だけでなく、子ども病院の医師・看護師達、院長のビーマル先生やAMDAの藤野さん、現地で看護師としてご活躍中の田窪さんと様々なことを話す機会もあり、盛りだくさんの見学内容となりました。

医師や看護師も含めた病院の職員の方達と話をじっくりすると、限られた環境のなかで皆さんがそれぞれのベストを尽くされていることがわかります。そういった個人個人のがんばりの上に、すこし科学的な、系統的なアプローチで引き締めることができれば、より多くの女性や子供たちが健康の恩恵にあずかることができると思います。

ネパール子ども病院スタッフのミーティング
ネパール子ども病院スタッフのミーティング

具体的にはどの部門においても一定のプロトコールを作成し文書化する時期に来ていると思います。各部署ごとに定期的なミーティングをし、きっちりした診療のルールを作り、医療を標準化、平均化することで適度の緊張を作り出すことが必要です。こういったシステム作りはお金も機器も必要としませんので、効率が良いと思われます。

それから衛生状態です。私たちがこころしなければいけないのは見た目にきれいであることと、医学的に清潔であることは違うということです。かの国と日本の文化背景の違いや、人それぞれの清潔感覚によりきれいさ・きたなさの感じ方は違います。 医学的に清潔であることが必要である場所は、科学的根拠に基づいてきっちり清潔であるべきですし、そうでないところは、予算の限られるこの病院では後回しでいいように思います。文化や感覚の押し付けをしてはいけないということも重要です。

つぎに、人を育てるということがなによりも重要です。外から指導に来るよりは、自分の目でどこが違い、その結果を肌で感じるという外国での研修がかなり有益な段階ではないかと感じました。 とくに世界の中では特異的な位置を占める日本の医療よりは、大学の医学部や看護学校で彼らが学んだ医療が実際に行われている英語圏での研修がより適しているように思われました。 また、単に医師や看護師だけでなく、助産師や伝統的産婆、政府の診療所(通常、医師はおりません)まで医療従事者みなを総じての教育ということも考える必要もあります。

小児一般診療

小児医療で目に付いたのは感染症です。一概に比較することはできませんが、診療の原則はオーストラリアでわたし達が行っている医療に近いものでした。ただし、抗生物質の使い方を含めて感染症に対するアプローチがとてもおおざっぱな印象でした。 もちろん日本における一般的な抗生物質の使い方は論外ですので、それに比べればはるかにいいですが。一般的に抗生物質は、多くの細菌に効くものは耐性菌(一定の抗生物質には効かなくなってしまった菌のことです)を誘導する傾向にあります。 そのため、症状や検査から、できるだけ目的とする細菌を絞り込み、できるだけ狭い範囲で効くものを使う必要があります。日本では他の諸外国と比べて最初から新しく、広い範囲に効く抗生物質が処方されたり、単なる風邪など抗生物質の効かない病気に抗生物質が処方される傾向にあります。 そのような状態が長く続いたため、MRSAを代表とするような耐性菌が現在蔓延しており、社会問題にもなっています。ネパールでも現在のような状態が続くと、5年とたたずに日本のようなMRSAの蔓延をみることになると思われます。また政府の診療所ですでに不必要な抗生剤が処方されていることが多いことも気になりました。 治療だけでなく診断法にも同じことが言えます。となりのインドではかなり多数のHIV感染者も含めて、日本では珍しい感染症がめずらしくありません。ネパールにおいても似たような状況であろうと考えられます。ちょっとした症状の違いに注意して系統的に診断していかないと、こういった珍しい感染症は見逃されている可能性があります。 診断も治療も含めて、いい意味で教科書どおりの基礎からしっかりと固めていくようなアプローチが必要だと思いました。きっちりとした診断システムを作り、医師や看護師だけでなく、検査、周囲の診療所まで範囲を広げて啓蒙し、よりよい感染症診療へのアプローチができるとともに、経済的な効果もあがるはずだと思います。 以上のことからオーストラリアでの急性感染性下痢症の診断治療について発表することを考えましたが、職員の皆さんの都合がつかなかったため、書類を作成し、各自で読んでいただけるようにしました。

NICU(新生児集中治療室)、PICU(小児集中治療室)

以前指導されておられた小林良太先生の作られた基礎がしっかりと根付き、皆さんの熱意も感じることができました。欧米では出生体重1500グラム未満の未熟児は全科のそろった大きな子ども病院でしか診ないシステムになっています。 これは単に大きな病院でないと高度な医療が出来ないと言うだけでなく、未熟児の子供たちは長期にわたりかなり包括的なケア、たとえば眼科、耳鼻科、小児外科、心臓の専門家、あとになれば、臨床心理や発達の専門家のケアが必要でそういう周りのケアがない限りみてはいけないとまで言われています。 日本ではそのあたりはすべてのところできっちりとされているとはいえませんが。未熟児はそれだけで多くの合併症の可能性があり、多くの先進国でかつて何グラムの赤ちゃんが助かったという影に数多くのこどもたちが大きな障害を持ち、そのために施設に入所したままだったという現実があります。 未熟児を診るということはそれだけでとても大きな責任を負うことになるのです。すこし辛口になりますが、ネパールの医療の現状からいって、ほんとに小さい未熟児の子供たちを責任持って診るというのは難しいと思います。小さな未熟児をケアするには莫大なお金と時間と労力を必要とされるのです。 実際1000グラム前後の未熟児の赤ちゃんがわたし達の滞在中も入院していました。このような子たちはミルクを少しでも口から飲んだように見えれば平均1〜2週間で退院していくそうです。しかしおそらくそのような児が退院後そのまますくすく育っているということは考えられません。 なぜなら通常1000グラム前後の未熟児の子たちが経口のミルクが飲めるようになるのに10週間は必要だからです。でも、医療・健康保険の手を借りずに10週間もNICUに入院している費用をだせる両親はほとんどいないでしょう(健康保険などの補助がなければ、日本でも膨大な費用となります)。 もちろんミルクを飲むということ以外にも数多くの問題を抱えている可能性があります。いたずらに何グラムの子が助かったというような事をするよりは、正常により近い赤ちゃんたちをしっかりと正常に育てることにお金と力を注ぐべきだと思います。 よりたくさんの赤ちゃんたちを助けるために、場合によってはこれ以上の未熟児を助けるという基準を作ることも考えるべきだと思います。 お金のたくさんある日本ではお金がいくらかかっても‘かけがえのないひとつの命だから助ける’というきれい事が実現可能ですが、ネパールのような限られた資源しかない国では、少ない資源をいかに効率よくできるだけ多くの人に還元するという考え方が必要だと思います。 ここでも系統だった、全体的にものを見る考え方が必要のような気がしました。そういった意味も込めて、系統立てた新生児の蘇生法を発表させていただきました。

AMDAネパール子ども病院のプロジェクトはまだ始まったばかりですが、現在全体としてとても適切な方向に向かっているように思いました。南インドのベローに「クリスチャン医科大学・病院」というひとりのアメリカ人女性が始めたプロジェクトがあります。 たった一つのベッドから始まった病院が、いまや発展途上国で最も成功した病院のひとつとして有名です。ベローの周囲ではインドの他の州と比較して格段に高い女性識字率と格段に低い周産期死亡率をほこり、いまやその数字は先進国並です。病院自身も大学をも付属し、インドで一番という評価を受けました。 ネパールの子ども病院も将来かの病院を越えるような規模に成長し、できるだけ多くの人々が医学の恩恵にあずかり、健康を楽しむことができればと望みます。




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