ネパール

Primary Health Advancement through Sustained Empowerment
PHASE 事業(保健衛生教育パイロット事業)


藤野 康之
AMDA Journal 2002年 11月号より掲載

はじめに

 ある男の子が蚕の卵を見つけた。毎日卵が孵化するのを楽しみに眺めていた。そんなある日、卵に亀裂が入り始め、中から幼虫が殻を割って外に出てこようと必死でもがいていることに気付いた。心の優しい男の子は幼虫を助けてあげようと思い、外から殻を割り、幼虫を外に出してあげた。男の子はこれからの幼虫の成長を楽しみにしていたが、数日後に幼虫は死んでしまった。硬い卵の殻を破り、外の世界に出てくるのは、蚕の幼虫にとって大きな試練であるが、その困難こそが、外の世界で生きていくための強さを培っている。その困難を経験していない蚕は、免疫力が弱く、外の世界で生き延びることができなかったのだ。

 この話を国際協力にも当てはめて考えることができる。一方的な視点から、全面的に援助することは返って受益者の依存心を高め、協力が止まれば、彼らは自分達の足で立てなくなってしまう。受益者が将来的に自立した生活ができることを目的とする協力とは、自分達で考え、時には苦労も経験し、自分達の力で生活の向上を獲得できるような、自助努力を啓発する協力である。ネパール事業では、農村落において保健衛生教育事業を介し、女性を対象に自助による生活改善を目指した活動を行っているので、下記に紹介する。

PHASE事業

 ネパール王国で行っているPrimary Health Advancement through Sustained Empowerment(PHASE)事業は、女性を対象に、保健衛生教育・啓蒙活動を行い、女性達が自分達の力で母子の健康を守ることができるようになることを目的としている。ネパールの高い乳幼児死亡率や妊産婦死亡率の原因として考えらているものの多くは、医療サービスへのアクセス不足(診療所の数や交通手段)だけでなく、女性の基本的な母子保健の知識不足や貧困など社会経済的な要因に起因するものもあるといわれている。女性を対象にした保健衛生教育・啓蒙活動を通して、彼女たちの母子の健康に関する基本的な知識を高め、自助努力による生活環境の改善を図り、母子の死亡率の低下を目指している。

 PHASE事業は2000年から試験的に着手されたが、今年で3年目を迎え、本格的に対象地域を拡大した。今年度は59の女性グループ、約1,500名のブトワール市郊外に住む村落女性を対象にしている。まず、村落にネパール子ども病院のPHASE事業担当職員が訪れ、各グループから無作為抽出した家庭の家族構成、生活環境、衛生観念、教育水準等の基本情報を収集し、事前調査を行う。その後、PHASEスタッフ(4名)によるPRA(Participatory Rural Appraisal:農村参加型手法)を採用し、「住民啓発」、「自発性の薫発」、「主体的参加意識」の向上を目指す。そして、女性達の自発的な意見や要望を尊重するため、地道で堅実な「対話」を行い、グループの要望に沿い、識字教育、Pri mary Health Careの知識や技術の勉強、簡易トイレの設置等を行っている。

保健衛生教育
保健衛生教育
保健衛生教育

 「いたたたた〜」お腹を抑えながら、やっとの思いで長いすに寝転ぶ。しかし、横になってもお腹の痛みは治らない。痛みはますますひどくなる一方だ。そこで、祈祷師を呼び、どうしたらお腹の痛みが治るのか、占ってもらう。すると、「下痢をしているので、水分を極力取らずに、ずっと横になっているように」とのアドバイスを受け、指示に従う。しかし、体はしんどくなり、悪化しているようだ。そこへ、 PHASEスタッフが現れた。PHASEスタッフが症状を診て、ORS(経口補液剤)を作り、飲むように薦める。しかし、男性は、祈祷師に水分を取らないように言われているので、断固として飲まない。そこで、スタッフは、ゆっくりと男性が理解できるように、下痢をした時には脱水症状に陥るので、水分を取る必要性があることを説明する。さらに、下痢や腹痛の要因、不衛生が及ぼす影響、衛生的な環境の必要性、下痢や腹痛が起きた時の対処法等を説明する。説明を理解した男性は ORSを飲み、体の調子も良くなった。そして、衛生面にも気をつけることをPHASE職員に約束した。めでたし、めでたし。

 上記の内容の劇を4人のスタッフが中心になり、さらに、飛び込みで村落の人にも登場してもらい、披露する。村人達は大変熱心に聞き、そして、時々、子ども達や村人達が大きな笑い声をあげる。劇を見ているみんなはとても楽しそうである。劇が終わると、スタッフ達が村人達との対話を通し、保健衛生教育を行う。

 ネパールの女性達は控えめであまり自分の意見を言わないと一般的に言われているが、PHASE事業を行っている村落の女性達は質問も積極的に行い、自分の意見もどんどん言う。

 他にも、結核、日本脳炎、ハンセン氏病、毒蛇、性病といった病気の知識や予防法、対処法などについて、講義や、寸劇、IEC教材(Information、 Education、Communication)、視聴覚資材を駆使して楽しく愉快に、クラスを展開している。

 女性に対し、保健衛生に関する教育を行うことにより、家族全員の健全な健康管理の推進へと繋がることが期待される。妊産婦の健康管理や母体のケアの知識を得れば、自分で自分の身体を大切にし、安全な出産を迎え、より健康な赤ちゃんを出産することにつながる。また、栄養の教育を受ければ、日々の食生活の栄養のバランスが改善される。そして、家庭内での比較的簡単な処置ですむ下痢なども、わざわざ診療所まで行かなくとも母親の処置で快復が可能となる。更に、これらの期待される効果以上に、何よりも大切なことは、教育を受けた女性自身の独立心(self-reliance)や自尊心(self-esteem)を啓発することになる。そして、長期的視点に立脚すれば、子どもと接する機会や時間が圧倒的に多い母親が教育を受けると、その教育が確実に子どもへ、次世代の母親・父親へと受け継がれていくことも期待される。

識字教育

識字教育
識字教育

 木陰に20名〜30名ほどの女性達が輪になり、地面に敷いたむしろにどっしり座り、識字教育の先生が予め黒板に書いた文字を先生の指導の下、声を合わせて大きな声で読み上げていく。さらに順番に1人ずつ前に出て、先生役になり、みんなで繰り返し繰り返し文字を読み上げる。このようなロールプレイを通し、女性達は文字の読み方だけでなく、人前に出たり、人前で話をする機会を得る。文字の読み方を一通り練習した後は書き方を学ぶ。今日習った文字をノートに鉛筆で何度も何度も大きく書きこみ、文字を覚える。

これが識字教育の典型的な授業の風景であるが、現在、42のグループに対し、識字教育を行っている。日曜日から金曜日(ネパールの伝統的な暦では、世界的に用いられている暦法の土曜日が休日にあたる)の毎日1日2時間授業が行われ、6ヶ月のコースとなっている。文字の読み書きの必要性は女性達も強く感じており、識字教育を希望するグループは多い。しかし、PHASE事業では、女性達からの希望があるからと言って簡単に識字教育を始めたり、支援を行うことはしない。希望するグループに対し、識字教育を行う先生を見つけることは可能か、授業料をどうやって出すのか、また、識字教育を行う場所を確保することができるのかなど勉強会を自分達の力で始め、また、継続できるのか話し合ってもらう。この話し合いにより、女性達がどれだけ真剣に識字教育の必要性を感じているのか判断することができる。また、女性達自身もグループで話し合うことにより、読み書きができるようになることによって何が得られるのか、また、何を得たいのか、改めて考えることができ、女性の自立に対する啓発にもなる。自分達の力で識字教育を行いたいという女性グループに対し、彼女達の自助努力が成就するようそっと支えてあげるのが、PHASEスタッフの役割である。識字教育の実現が決まった女性グループに対し、AMDAからは黒板やチョーク、文房具類を支援し、識字教育の教師への手当も一部捻出する。また、政府からの教材も調達する。6ヶ月後には、政府広報のポスターが読めるようになり、手紙の読み書きができるようになる。

簡易トイレ・排水溝の設置支援

 識字教育や保健衛生教育のほかに、簡易トイレの設置支援や、排水溝の設置支援も行っている。これらの支援活動は、保健衛生教育の効果のひとつである。衛生教育を通して、村落の人々が地域の衛生環境の重要性を認識した結果、地域にトイレや排水溝の設置を求めるのである。AMDAからは、建設に伴う技術的な支援と設置補助として建設費の約10%〜20%程度を支援し、 80%〜90%の費用や労働力は住民が担う。このように、住民達の依存心を高めるのではなく、自助努力を促すような協力を目指している。




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