ネパール

PHASE(保健衛生教育パイロット事業)での体験

島川 祐輔
東京慈恵会医科大学4回生
AMDA Journal 2002年 6月号より掲載

2002年の2月から3月にかけて、24日間、私はAMDA海外参加研修制度を利用し、AMDAネパール子ども病院のあるブトワール市に滞在した。 そこで、主にPHASE(Project for the Health Advancement through Sustained Empowerment保健衛生パイロット事業)のチームに参加し、様々なことを体験した。今回はそのPHASEでの体験を通して感じた事について書こうと思う。

(1)PHASEの理念

ネパールの西南部において、小児・産婦人科領域で中心的な役割を果たしつつあるAMDAネパール子ども病院(SCWH:Siddhartha Children and Women Hospital)の役割が治療であるならば、それに対する予防の観点からPHASEは活動している。

ブトワール市を含むルパンデヒ郡内の農村落において、主に女性のグループを対象に、保健衛生教育、識字教育、トイレ建設支援、伝統的助産婦(TBA:Traditional Birth Attendant)の選出や育成等の開発事業を行い、彼らの自助という意識を引き出し、依存するのではなく自発的に生活の向上を目指してもらうことが目的である。

保険衛生教育を行っている村の人々と一緒に
保険衛生教育を行っている村の人々と一緒に

ここで2つ重要な事がある。一つ目、なぜ女性のグループが対象なのか?ネパールは世界で2つしかない女性の方が男性よりも平均寿命の短い国である。これが意味する事は、女性の方が重労働を強いられ、生活の質も低く、教育レベルも国自体が低い中で、さらに男性よりも圧倒的に低い、ということだと考えられる。 それが女性をターゲットにしている理由である。二つ目、自助の意識を引き出す開発事業とは一体どんなものなのか?トイレ建設支援を例に考えてみたい。ODAや国連主導の開発事業、それは大きなお金でプロジェクト側主導で動いていることが多い。 例えば、ある農村に行って、トイレを作ってあげます、と言って沢山のトイレを無償で建設する。村の人はトイレの意義や重要性をよくわかっていないのに、外からのお金を期待して、はいはいどうぞ、と喜んでそのプロジェクトを受け入れる。 しかし、村からそのプロジェクトが去った後、一体誰がそのトイレを使うのか?誰も使わない。なぜなら、トイレの意義を理解していない彼らにとって、狭いトイレで用を足すよりは、畑が広がる田園風景の中、夜空の下で用を足すほうが余程気持ちいいからだ。 それに対しPHASEのやり方は、衛生教育を通してトイレの重要性、疾病との関連について何度も村落を訪れて説明する。そして、彼らの側からトイレが欲しい、という声が出るのを待つ。さらに、例えトイレが欲しい、と村落側から言ってきても、そこで一方的にトイレを作ってあげてはいけない。 彼ら自身で可能な限りの費用と労働を負担してもらい、残りの費用や技術支援をPHASEが受け持つ。これだけのプロセスと負担を経てトイレを作った村落の人なら、自分達で作ったトイレを大事に使っていくだろう。これがNGOならではのPHASEのやり方である。

(2)私が体験した事

今回ネパールに向かう前に、海外参加研修員として一体私に何が出来るのだろうと考えた。まだ学生で特殊な技術や知識もなく、今回はきっとスタッフの足を引っ張るだけで迷惑をかけてしまうだろうな、と思った。ましてや、自分が何か貢献出来るとは思ってなかった。

実際PHASEでフィールドに出かけ、村落を訪れても、ネパール語の出来ない私がスタッフに通訳してもらうことなく彼らと自由にコミュニケーションをとることは困難であり、さらに幾つかの村落ではタルー族というヒンディー語系の言葉を持ち、ネパール語を話さない人々もいるので、そうなるとコミュニケーションは不可能に近い。 自分から村落の人々に働きかけたい気持ちで一杯だったが、いちいちスタッフに通訳を頼んでいては彼らの仕事の邪魔をしてしまう。だから、今回はオブザベーションで、と心に決めて、毎日のフィールドに臨んでいた。

そんな私も、英語を話すPHASEのスタッフとは仲良しになった。スタッフは全部で8人(全員ネパール人)いるが、特にリーダーのガガンは私と同性だし年も近いし、そしてモンゴル系に属していることも手伝い、互いに親近感が湧き、周囲から兄弟と言われるほど仲良くなった。

識字教育を行う保健衛生教育パイロット事業のリーダー ガガン氏
識字教育を行う保健衛生教育パイロット事業の
リーダー ガガン氏

ある日、タルー族の村でトイレの意義を説明するビデオショーをやった時だ。ビデオやテレビの珍しい農村では、スタッフがオフィスから運び込んでくるそういったものに皆興味を示し、普段ポスターや黒板を使っての衛生教育にはいつもの女性グループのメンバー中心に、主に女性しか集まって来ないのだが、ビデオショーの日は子どもや男性達もなんだなんだとやってくる。 その日は、2本のビデオを見終わった後、珍しく英語の話せる村の青年がやって来て、このビデオはネパール語だからタルー族の我々の中には理解が困難な人もいると思うんだけど、と私に言った。彼の指摘どおりなら、村の人の中には物珍しい“テレビ”を見ただけで、肝心の内容についてはあまり理解していない人もいるのではないか、と思われた。 早速リーダーのガガンと話し合った。そして、ビデオと同様に村落の沢山の人々の興味を引きつけて、もっと効果的でメッセージの理解が平易な方法はないかな、と二人で議論した。その時、以前テレビのドキュメンタリー番組で、ある医師が日本で初めて集団検診を導入した際に、保守的な農村の人を啓蒙するのに演劇が有効であった、と言っていたのを思い出した。 そして、これをそのままガガンに提案してみた。すると、彼も以前から演劇という手段について考えていたところで、いいね、やってみようということになった。早速次の日、二人のスタッフと劇の内容について検討した。テーマは下痢で、下痢になったらジーバンジャールという電解質を多く含んだ粉を水に溶かし、それをコップ6杯分飲んで脱水にならないようにしましょう、というのがメッセージだ。 そして、スタッフ全員が集まった時にさらに煮詰めて、私も下痢になる少年の父親、という役でネパール語のせりふももらった。翌々日には、軽いリハーサルの後、村落で実際演劇をやってみた。村人達に受け入れられるかどうか、やってみるまではすごく不安だったが、蓋を開けてみれば大成功。 下痢の少年役をやったスタッフのリアルな演技や、私のぎこちないネパール語のせりふが受けたのか、村の女性達は皆爆笑していた。約二十分の劇の後、彼女達に感想を聞いたところ、面白かっただけでなくメッセージもしっかり理解してもらえたようで、いつものポスターやビデオを使った衛生教育も悪くないが、時にはこういった劇もあるともっと良い、とまで言ってもらえた。 スタッフも満足げで、今後は人形劇や歌もやっていきたい、と意気込んでいた。言葉の壁はあったものの、一つPHASEの役に立てたかな、と思った。

(3)PHASEの問題点

今回PHASEのチームに入れてもらって、短い期間ではあったが私も彼らと活動を共にする中で、幾つかの問題点が見えてきた。

一つ目は時間がかかる、ということだ。ある村落で、TBA(伝統的助産婦)の研修を行うのでグループの中から二人、トレーニングを受ける女性を選出しよう、ということになった。しかし、ブラーマンや、チェットリといったカーストの高い人が多く住むこの村落において、グループ側から選ばれたのはなぜか二人ともカーストの低い女性だった。 一般に、保守的な農村地域ではカーストの伝統が色濃く残っている場合があり、低カーストの人が高カーストの人の家に足を踏み入れる事が許されないケースがある。 ではこの場合、せっかくTBAの研修を受けて助産婦の技術を身に付けてきても、村の大部分を占める高カーストの人の家に入ることが出来ないのであれば、二人が助産を行う機会は少なくなってしまうではないか。これではトレーニングを提供する意味が薄れる。 かといって、PHASEはグループの自主性を重んじつつ行う事業であり、その決定に対して否定してかかる訳にもいかない。そこでどうするかと言うと、再度スタッフが村に足を運ぶのである。 そして、このグループがTBAトレーニングをきちんと理解しているのか、あるいは、低カーストの人が選出されたのはたまたまであって、オープンな地域であるが故にカースト間の制約も重視されていないのではないか、等様々な可能性を考えつつ、グループがどうしてこのような選出を行ったのかを、聞き取りを中心に調べていき、TBAトレーニングが最も効果的に行われるよう導くのである。 この様に時間もかかれば手間もかかる。

これに関連して二つ目、他の開発援助を行っている組織に比べて、なかなか目に見える結果を残しにくい、ということも言えると思う。しかし、これは問題点と言うよりも、スタッフ達の焦り、と言った方が的確かもしれない。 冒頭に書いたトイレ建設支援の話でもそうだが、時間は要するし、村落の人も簡単には自助努力、啓蒙活動といったPHASEの意図を理解してくれない場合がある。しかし、そんな手法だからこそ、将来PHASEが去った後もその地域にはPHASEの意図したことが根付いていくのだろう、と私は考える。 だが、スタッフ達は目に見える(例えば、3ヶ月でトイレを100個建設したetc)結果を残す事にも強い興味があり、PHASEの理念の素晴らしさを理解はしているものの、たまに焦りを感じてしまう事があるようだ。

最後に第三の問題点は、PHASEのスタッフ達自身だ。日本でNGOの仕事をしている人たちは、金のため、というより、国を良くしたい、地域を良くしたい、世界を良くしたい、という大きな理念を持って行動していると私は思う。 しかし、ネパールは経済的に苦しく就職先も見つかりにくい為、彼らにとってNGOとはまず良い就職先であり、さらに、自分の収入やステータスを上げることが最大の関心事であったりする。 よって、フィールドでは良く働くスタッフ達も、オフィスでのレポート作成などでは、日本のNGO関係者に比べると、モチベーションの低さに驚かされる。 しかし、みんながみんなそういうわけではなく、リーダーのガガンなど、一部、もっと国を良くしたい、と思っている人もいる。だから、私はスタッフ達の仕事に対する姿勢について、何度もガガンと話し合った。スタッフのモチベーションを高めるために、もっと他のスタッフに仕事を分配して、もっとスタッフ達の意見を広く求めるべきだと。 ガガンはプライマリーヘルスの専門知識があり、それを買われてPHASEのリーダーを務めてはいるが、フィールドの経験等に関してはもっと豊かな実績を持つスタッフもいる。にもかかわらず、他のスタッフに対して、リーダーということからか偉そうに振舞うことがあり、私には、それもスタッフのモチベーションを下げてしまう理由の一つに思われた。 さらに、仕事への熱意があり国を良くしたいと強く欲してしまうが故のガガンの悪い癖は、PHASEの、時間や手間のかかるやり方への焦りだ。前述の“どうやって目に見える開発支援を行うか”、これはガガンの中にある葛藤であり、彼は今のPHASEの理念を大事にしながら、どのようにしてこのプロジェクトを広げていくかを考えている。 そんな彼と沢山の時間やアイディア、葛藤を共有した私は、リーダーシップや、スタッフ内の人間関係等、開発支援とは直接関係のない様々なことについても考えさせられ、大変勉強になった。

(4)最後に

保健衛生教育パイロット事業:PHASEは、『自助』というテーマを掲げることで、その手法は一方的ではなく“相手を尊重”していると言える。確かに、彼らの潜在能力を引き出す事を目的としているため、物資ばかり提供して盲目的に支援をする方法に比べると、時間もかかるし、数字的には政府系の開発の様な大きな結果は残せないかもしれない。 しかし、同じ開発援助でも、村落の“幸せ”の充実には、より深く貢献できるのではないかと思う。そして同時に、私の今回の経験を知ってもらうことで、PHASEの理念を理解し、賛同してくれる人が一人でも多くなれば、と思う。




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