ネパール

ダマックAMDA病院
高野 篤 医師 インタビュー
聞き手 岸田 典子ネパール調整員
AMDA Journal 2001年12月号より掲載

高野外科医師は、昨年(2000年)の11月初めにネパールに入られました。赴任地は、1992年にブ ータン難民のための第2次医療センターとして出発し、1995年からは総合医療施設としてネパール政 府から認可も受け、現在は難民と地元住民両者の診療に当たっているネパール・ジャパ郡ダマック市の「AMDA病院」です。約1年間、現地の60数名の病院スタッフと共に医療活動を行われました。


 約1年間、お疲れさまでした。こちらでは数多くの手術をされたと聞いておりますが、どのような手術が多かったのでしょうか。

 ヘルニア、盲腸、胆石、帝王切開など、毎日、小さい物を含めると、 8-10件ほどの手術をしました。その中には子宮外妊娠の子どもが成長し、産まれて きた例など、興味深い例もありました。


 10件ですか。ダマックからは高野先生がおられる間に手術数が数倍に伸びたと聞いておりました。難民を含む、多くの患者さんを治療していただいたの ですね。

 数倍に延びたというのは大袈裟かもしれません。私も病院のスタッフや事務長のアショックさんにそのように言われましたが…でも、皆がそう言ってくれ、私を慕ってくれたのは非常に嬉しかったです。

 患者さんは、難民と、ローカル、大体半々くらいの割合だったと思います。難民は国連が治療費を負担しているのですが、ローカルの人はそういうわけにもいかず、医療保健制度のないネパールでは貧しい人たちは手術を受けるのも難しいようでした。手術をしなければならないと言うと、まず、いくら掛かるかを聞かれました。ある日、盲腸の10歳の男の子がお父さんと一緒に、外来へ来たのですが、手術をしなければならないことを伝えると、お父さんの方が「お金を集めに一度村へ帰らないといけないので、息子を一晩入院させておいて下さい。」と言われま した。もちろんOKしたのですが、その男の子が、不安のためか泣き出し、お父さんに置いて行かないでくれと頼んでいました。そういう光景を目の当たりにすると、自分が代わりに治療費を負担したくなることもしばしばでした。


 外来もされていたのですね。言葉は大丈夫でしたか?日本人のお医者さんということで非常に人気の高い(?)外来だったと聞きましたが。

 外来は週2回していました。1回40名くらいの外来患者を診ました。最初は病院で働く研修医に一緒についてもらい、通訳をしてもらいながら外来をしていましたが、途中から自分一人でするようになりました。言葉は1 日の大半を過ごしていた手術室のスタッフに仕事の後に教えてもらって、辞書を作って覚えました。ネパール語は素朴なところがあり、単語300語くらい覚えると意志の疎通は割合出来るようになります。

外来の子どもを診察する高野医師

 外科の外来にも関わらず日本の医師がいるということで、「内科だろう」というような患者さんもよく来ました。ネパールでは、日本も日本人も大好きだし素晴らしいと思うと言う人が多く、驚きました。患者さんは、とにかくちょっとでも不調なところは全部聞いてもらいたいようで、色々話され、それも語学の向上に役だったのかもしれません。


 高野先生の外来は何度か見させていただきましたが、患者さんにとても優しく、人気があるのは当然だろうと思いました。なぜ、赴任先にネパールを選 ばれたのですか?

 赴任先は、必要とされているところなら、どこでも良かったのです。AMDA の活動を知ったのも赴任する数ヶ月前のことで、AMDAに関しても、ネパールに 関しても、縁があったという感じです。ダマックでは、必要とされ、ボランティアすることができ、とても幸せだと思います。


 一度、お話しさせていただいた時「高野先生がマンパワーとして働かれることに、疑問を感じる。」と私は言ったことがあります。

 そうですね。でも、私はそれでも良いと思いました。例えば、夜中にER(急患室)から呼び出しの電話が何度も掛かると、辛いなぁと思うこともありましたが、いつも私を慕って、信頼しきっているERのスタッフのことを思うと行かずにはおれなかったです。手術に関しても同じです。自分を信頼して頼っ てきてくれる患者さん、病院スタッフがいたから、マンパワーでも良いと思いました。それが求められているなら、そうするのがボランティアだと。


 そうやって働かれるうちに伝えられたことはきっと沢山あったのだと思います。ダマックから、「高野先生が来てから手術室のスタッフの動きがスムーズになった。一生懸命働くようになった。」と聞きましたし。そうやって時間をかけてゆっくりと、私自身もブトワールにいて高野先生にお会いする機会は 月に1度しかなかったにも関わらず、教えていただいたことは沢山あるように思います。

 スタッフは皆、とてもかわいらしいです。研修医のトゥロバイ(Dr.ザーのこと。背が高いので「背の高い人」と言う意味のネパール語。高野医師が付けたニックネーム。)なんか、手術室に一緒に入ると「(手術)やらせてもらっても良い?隣でちゃんと見といてね。」とか言ってくるし、ほっとけないですよね。ネパールは医療設備も整っておらず、大変だと聞いておりましたし、実際日本と比べると何もない環境でしたが、それはそれで楽しく、充実した日々でした。

高野医師の手術を見る実習生


 そうそう、帰られる前に手術器具を寄付していただき、本当にありがとうございます。

 AMDA病院に有ったハサミ、切れないんですよ。ピンセットも、はさめないし。新しいはさみやピンセットで、私のいなくなった後、外科としてはたった一人になるプルナ医師(GP)が少しでも仕事しやすくなればと思います。一人はきっと大変だろうと…でも、彼なら大丈夫だと思います。


 高野先生が使われないのが残念ですね。ぜひ、また来て、寄付して頂いたハサミやピンセットでバンバン手術して下さい。

 そうですね。いつかまた来たいと思います。せっかくネパール語も話せる ようになったのですし。


 ところで、ネパールでの生活はどのような感じだったのですか。

 快適でした。水シャワーを除いては。ローカルの人は誰もお湯のシャワーなど使っていないと聞きましたが、やはり、冬は辛かったです。

 その他は、一時、日本食が非常に恋しくなり、毎日「豆腐が食べたい。」と熱望した時期もありました。

 生活の中心は病院と病院の傍のゲストハウス(まかないつきの簡易宿舎)でしたが、ゲストハウスには病院の研修医らも泊まっており、毎日、学生時代の合宿生活のような感じでした。食事を作ってくれるバジェー(おじいちゃん、という意味のネパール語。ゲストハウスを切盛りするスタッフのニックネーム)にはとても世話になりました。バジェーは、私が赴任した当初、「日本人の偉いお医者さんが来る」ということで、「食事が口に合わなかったらどうしよう。クビにされるのじゃないか。」などと心配していたそうですが、打ち解けるにつれネパール語の良き先生となりました。私が帰国する時、バジェーが泣きそうになっていて辛かったです。


 帰国される時には病院のスタッフから近所の人まで色々お土産を持ってこられたと聞いています。

 一番嬉しかったのは近所の女の子がくれたお土産でした。その子とは話し たこともなかったのですが、帰る数日前に「もうすぐ帰るんでしょ。」と、突然ゲストハウスにお土産を持ってきました。それは、その女の子が何回も聞いたであろう聞き古したカセットテープと、ハンカチで、新聞紙にくるんでもって来てくれたのでした。きっと自分が大切にしている物を持って来てくれたのだろうと思います。

 高野先生にも娘さんが3人おられるのですよね。

 はい。ダマックで仲良くなった人たちのことを思うと帰るのは辛いですが、娘たちや妻に会うのはとても楽しみです。一番上の娘の誕生日9月20日に帰ろうと思っていたのですが、飛行機がキャンセルになり帰るのが少し遅れそうで残念です。日本へ帰ったら、まずはこの1年間、日本で支えてくれた家族のために時間をとりたいです。


 本当に長期に渡りダマックに来ていただき、ありがとうございました。もう1年居ていただけませんか、と言いそうになりますが、病院プロジェクトはエンドレスですものね。高野先生から学んだことを生かし、地域のため、患者さんのため、そして病院で働く人たちのためにもなるプロジェクトを続けていきたいと思います。

 ありがとうございました。

 人口約2千万人のネパールに医師はわずか3千人。そのほとんどが首都カトマンズに集中するなか、ダマックやブトワールのような地方の病院が医師を確保するのは非常に困難です。そんな中、高野医師やその他多くのネパールプロジェクトに関わっていただいた方々が現地に与える影響は大きく、深いものです。

 高野医師が帰国された現在、ネパールのAMDA病院プロジェクトには日本から の医療従事者がいない状況となりましたが、今後とも頑張って参りますのでどうぞよろしくお願い致します。

 現在、ダマックではUNHCRと協力し、新しい手術棟の建設が行われる一方、病院付属の保健従事者養成学校の充実を図るため、学校の2階部分の建設も実施 中です。篠原記念小児病棟を開設するブトワールのネパール子ども病院同様、来年はダマックのAMDA病院プロジェクトにとって、とても大切な一年となりそうです。

 ネパールプロジェクトにご興味がおありの方は、是非ご連絡下さい。



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