ネパール

「篠原基金」活用開始に際して

AMDA Journal 2000年 12月号より掲載

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「命に明かりを灯す空間」で故篠原医師に関するパネルと写真を眺める患者家族


 篠原基金の活用に関しては、ご支援を頂戴した方々に対しこれまでご報告できずにおりました。 今回その活用が開始され、皆様方にお知らせできる機会を頂戴できたと考えております。 以下をお読みいただきご理解を賜り、又これを機に一層のご支援を賜ることができれば幸いです。

 数年の間、基金は活用されないままとなっていた。それは基金と名づけられたことにより、取り崩して使用することを控えていたためである。 また、その元金から得られる利息も低金利の時代にあっては、僅かである。こうしたジレンマを解消し、ネパールにおける医療保健の向上に尽力された故篠原医師の思いと、 その思いを受けとめられた篠原浪枝さん(故篠原医師のお母様)のお気持ちを出来るだけ早く実現するべく、 AMDAは今年度に入り、篠原基金の活用方法に関して実施ガイドラインを作成した。

 まず、篠原基金に関するAMDAの考え方は、『国際医療協力(1997年3月号)』の誌上において、 菅波代表の言葉としてその公式見解が掲載されている。そのメッセージを要約すると、以下のようになる。

  「篠原基金」は、故篠原医師のネパールの母子保健向上への熱い志を生かすため、 ネパールの保健医療に貢献する人達 を育成する奨学金として、 入学したくてもお金がない貧しい人達の夢を叶え、ネパールの保健医療を推進するために活用される。

 これまでの経緯を考察すると、その使途に関して厳しい 枠をはめすぎていたきらいがある。基金の使用を人材育成目的とするといういう点も、 AMDAが諸事情を考慮し設定はしたものの、篠原浪枝さんご自身は、人材育成という限定的な使用ではなく、 (息子の思いがそこに生かされるのなら、という条件のもと) 敢えて使途を限定しない柔軟な使い方を希望された。

 しかしその一方で、基金の存在を知った後に人材育成のためと思いご寄付頂いた方も、 相当数いらっしゃるはずであり、こうした課題を解決するため、企画書の中に以下が提案された。

*篠原浪枝さんからの寄付に関しては、来年1月を目途に 開始される小児科病棟の建設費用の一部として活用させていただく。 病棟には「篠原メモリアル病棟(Shinohara Memorial Ward)」と刻む。 安藤忠雄氏に設計していただいた現在の建物は、建設の途中で当初の予算を上回る支出があり、 現在3分の2しか建設されていない。これを完成するため、 他からの寄付並びに助成(補助)金と併せて有効に活用させていただく。

*篠原基金に賛同された方々から頂戴した約600万円は、基金の趣旨どおり人材育成のために活用する。 原則として、毎年120万円を上限に4〜5年間にわたり活用する。基金を適用するための条件として、以下のコンセプトに合致した案件へ優先的な活用を図る。


ネパールの過疎・貧困地域において、
将来的に(母子)医療保健に関わっていく熱意と能力があるにもかかわらず、
経済的困難または社会的制約を理由に
その能力を開発する機会を奪われている人々に対して、
この基金は活用される。


 個々の適用に関して上記条件が満たされているかどうかについては、将来の受益者の多くが納得し得る正当性と公平性を考慮し判断する。

 尚、基金の適用に関して正当性、公平性、そして透明性を高めるため、その適用基準を下記のように定める。

(1)この基金の対象となる候補者は、原則として、選考の過程でAMDAのプロジェクトに何らかのかたちで最低3ヶ月以上、継続的に関わっていなければならない。

(2)基金の対象となる候補者は、基金の支給期間終了後も、人材育成のプログラムに関連した分野における活動をAMDAの要員として一定期間継続的に行なわねばならない。

(3)候補者の選考は、原則として、AMDA本部派遣のプロジェクト担当者が、一件につき10万円未満の案件に限り、 以下に掲げる教育プログラムの基金支給対象者を決定する。担当者はその経緯を本部関連部門へ報告する。又、支給額が一件につき10万円を超える案件に関しては、本部の承諾を得る。

【考慮の対象となるプログラム】

*医師研修(留学)プログラム
*看護婦・看護士(准・正)養成プログラム
*看護婦・看護士(准・正)研修プログラム
*助産婦(准・正)養成プログラム
*助産婦(准・正)研修プログラム
*TBA(伝統的村落のお産婆)研修プログラム(45歳以下対象)
*臨床検査技師及びその他のコ・メディカル養成プログラム
*臨床検査技師及びその他のコ・メディカル研修プログラム
*母子保健・衛生指導者及び保健婦・保健士養成プログラム
*母子保健・衛生指導者及び保健婦・保健士研修プログラム

(4)基金の有効活用を促進するため、交通費(海外渡航費含む)が支給額の50%を超えてはならない。

 2000年度は、ダマックのAMDA病院所属のスベディ医師(総合外科医:現在東京の慶応大学医学部・一般外科において3ヶ月間の研修中)とブトワールの子ども病院に所属するパラジュリ医師(小児科:現在岡山の済生会総合病院・小児科にて2ヶ月間の研修中)の研修支援に活用させて頂いている。 また、ブトワールにおいて、TBA(伝統的村落のお産婆)研修プログラムに活用させていただく予定になっている。 今後は逐次、この基金の利用に関して、本誌面上などで報告を行なっていきたい。

 今後とも篠原基金へのご理解、ご支援を賜れますよう心よりお願い申し上げます。

 最後になりますが、現在子ども病院の施設内の一角に、故篠原医師を偲び、また彼の思いを、ネパールの患者の皆様や病院スタッフに対して伝えるための場所を設けました。 読者の皆様にもご理解頂きたく、その全文(日本語版)を以下掲載いたします。
               
文責 鈴木 俊介

「命に明かりを灯す・・・故篠原明医師とともに」


 平成8年(1996年)11月21日未明、ネパール医療保健の向上に尽力した一人の青年医師が息をひき とった。享年31歳。死因は悪性のリンパ腫。篠原明医師の死は、ネパールにとってもAMDAにとって も非常に大きな悼みと哀しみを伴なった。

 国際医療に関わりたいという彼の熱い思いは、1992年にAMDAの会員になったことで現実味を増し た。1993年4月、ネパールへ飛び、3ヶ月にわたりブータン難民診療所(現在のAMDA病院)において、 診療活動はもとより、現地特有の熱帯病などについて研究をされた。その後も国内において「AMDA国 際医療情報センター関西支部」の設立と運営や、ネパールプロジェクトの支援活動に対して精力的な貢 献をされた。

 1994年秋、病魔が突然彼を襲い、長い闘病生活を余儀なくされるようになった。死に至るまでの間回 復の兆しも見え、1995年の秋から冬にかけては学会で講義をされたり、神戸大学留学中のポカレル医師 (前ネパール子ども病院院長)と共に、建設準備のための活動をされた一時期もあった。

 篠原医師の国際医療貢献にかける情熱は、死の数時間前にさえ心の中から消えることがなかった。「入 院なんかしていられない、と地球儀を持ち出して私に説明してくれたり、亡くなる4、5時間前まで冗談 を言うなど、辛さを決して表に出さない明るい子でした。」ご母堂の篠原浪枝さんは、後日取材にきた毎 日新聞の記者に対して、こう返答されている。

 篠原医師の強い思いと情熱は、今もここに息づいている。この国の子どもの命と彼らの将来に明かりを灯しながら、「ネパール・子どもと母の病院」のこの空間に。



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