ミャンマー

コーカンで働いて

AMDAミャンマー ニー・ジン・ラ(コーディネーター)

    
PHCワークショップ
巡回診療

私は2003年9月以来、AMDAミャンマー事務所で働いています。 AMDAに加わる前は、他のNGOでプロジェクトアシスタントとして2年半勤務し た経験があります。当時、もっと経験を積む必要性を感じていた私は、AMDAのスタッフ募集を見つけ、コミュニティー開発員のポストに 応募しました。
 当時の上司であった岡安事業統括と面接した後、エイズ事業のコミュニティー開発員として働くことが決まり、任地はメティラ事務所と なりました。そして、4ヶ月が経過した後、フィールドオフィサーに昇進しました。
 2004年10月にエイズ事業が終了し、それと同時にコーカン事業がスタートしました。私はその開始当初からアシスタントコーディネータ ーとしてコーカン・プライマリーヘルスケア事業で働くことになりました。
 コーカンに行く以前は、中心都市であるラオカイは危険であり、住民は銃を持ち、中国語を話し、物価が高く、ケシ栽培が盛んであると 聞いていました。しかし実際住んでみると、ラオカイは山々に囲まれた美しい都市であり、ネオンが輝き、電気は24時間供給され、携帯電 話やインターネットがあり、ケシの栽培はすでに禁止されていました。また、カジノが立ち並び、現代風の若い女性が見かけられ、そこは まるで先進国のようでした。
 しかしながら、村落を訪ねるとラオカイとはまったく対照的な光景が広がっていました。ケシ栽培が禁止される以前は、住民はケシの栽 培から現金収入を得ていましたが、ケシ栽培の禁止が成立し現金収入が途絶えて以来、村落の大半は貧しくなり、特に稲や他の代替作物の 栽培に適していない村落は貧しさを増しています。
 コーカンには主要民族であるコーカン族のほか、パラウン族やミャウ族、ワ族、シャン族が住んでおり、特に少数民族であるパラウン 族とミャウ族は山に隔てられた山岳地帯に住んでいます。彼らの大半は貧しく土地を所有しないため、従来コーカン族の下で小作として働 き生計を立ててきました。
 こうした状況のなかで、住民は日々を生きることで精一杯であり、医療や教育に充てるお金がありません。 AMDAは2004年3月から4月に かけてコーカン地区において619人の5歳未満児を対象に栄養状況調査を行いましたが、調査の結果、全体の6パーセントが重度の栄養不良 であり、37パーセントが軽度の栄養不良であることが判明しました。
 AMDAはこれまで医療機材を寄付すると同時に、国境地域診療所のスタッフや住民を巻き込み、コミュニティーでワークショップを行って きました。言語の壁や誤解(例えば、村人は迷信や風習により間違った治療法を信じていることがある)を越えて、いかにより良い関係を 築いていくかが今後の課題です。
 ワークショップで住民と接すると幸せになる一方で、小さな子どもが薪を運んでいる姿や背中に兄弟をおんぶしている姿を見ると複雑な 思いがします。また、パラウン族の村で汚い布切れをまとい、水浴びをしない子どもたちを見ると悲しく思います。村には小学校がなく保 健知識がないために、容易に下痢や皮膚病を引き起こしてしまいます。厳しい気候条件と水、土地、食糧が不足するなかで、住民は私たち が驚くような生計手段をもって日々を生き抜いています。
 私は山や旅行、冒険が好きなので、コーカンで働くことができて幸せに思います。これからも国境地域診療所のスタッフやコーカンに住 む住民とともにゴールに向けて着実に進んでいきたいと思います。 (翻訳 吉田直子)

    
マンロー村での米配布
保健ボランティアによる保健衛生教育(PHC事業)



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