ミャンマー

トレーニングセンター (ACT) での研修を終えて

講師 深澤 智子(専門会理事)
AMDA Journal 2003年11月号より掲載


AMDA研修センター(ACT)運営プロジェクト
 日本大使館草の根無償資金協力の支援を受け、AMDAは30名が宿泊できる医療従事者・保健ボランティアの研修施設(AMDA Center for Training: ACT)を建設した。このACTはミャンマー保健省と協力し、伝統医療施設に勤務する伝統医に対して、東洋医学(針灸および指圧)研修を行い、農村や地方での住民にとって廉価でアクセスのしやすい医療の普及を目指している。今回は2002年9月および2003年7月の三宅和久医師(AMDA医師)による研修に続き、第3回目として、日本から鍼灸師グループである命門会から3名の講師(片倉武雄氏、深澤智子氏、高村久氏)を招聘し、20名の伝統医に対して、8月4日から15日まで約2週間の研修を実施した。

 ミャンマーに来るのは今回で4回目になる。初めてこの国に来たのは今から2年前になるが、その時はこれ程この国が好きになり何度も来ることになるとは思っていなかった。
 今回は、AMDAからの要請を受け初めてACTでの講義を行うことになったが、緊張と同時に不思議な興奮を感じていた。正直、日本での仕事が忙しく準備が思うように進まずイライラしたり挫折しそうにもなったが片倉武雄先生(今回同行した師匠)が常におしりを叩き続けてくれたおかげで何とかここまで到達したのである。
 オープニングセレモニーが始まりそこで初めて研修生と対面した。過去の私のミャンマーでの講義は若い女子学生さんが対象となっていたので、今回の研修生はちょっと年配が多いなというのが感想だった。
 このセレモニーの後、一人の研修生に声をかけられた。彼女は昨年私が大学での講義の時に特別聴講に来ていた先生だった。日本の按摩・指圧を覚えたいということで一緒に勉強した人だった。ここで会えるとは思ってもみなっかた。とても懐かしさを感じた。

1日目 8/4(月)
 まず、針入門(森秀太郎著)という《テキスト》の説明からはいる。
 この針入門は、針の基礎知識(針の種類から、打ち方、消毒法など)について初心者にわかりやすく簡潔に書いてある本である。
 ここでこのテキストを使いながら、針治療とは何か、治療の注意点などについて説明をした。苦心しながら英語の《テキスト》も用意していたが、通訳が入ることになり日本語での講義となった。意外に難しいのは、通訳を介した意思伝達になるため、いかにわかりやすく日本語で表現するかである。漢方用語を使ったりわかりにくい表現で説明してしまうと、旨くみんなに伝わらず講義の意味が全く無くなってしまうということになる。誰にでもわかる表現、なおかつ日本人独特の感覚は、注を入れたりした。わかりやすい日本語は、通訳もしやすいはずである。

集合写真
集合写真

2日目 8/5(火)〜5日目 8/8(金)
 この期間はツボの位置、効能について一つ一つ講義をしていった。
 まず、ツボの名前はすべて日本語で板書しながら説明していくことにした。当初どのようにツボの名前を講義するか相談した、中国語(ピンイン)、国際表示の番号などがあるが、私は大学で教えている経験から日本語のツボの名前で教えることを選んだ。日本の針灸に興味がある様子で、大学でも興味を持って楽しく覚えてくれたので、この方法を選ぶことにした。ツボの位置も中国と日本で少々場所が違うところがあるが、これもあえて日本のツボの位置を選んだ。これは、私が和針(日本の針)を教えたいと思い今回この講義に望んでいるからである。今まで何百人ものこの国の人々を治療してきた経験から、ミャンマー人には日本のソフトな針が一番適していると確信している。
 今までの治験例を考えても、診断さえ間違えなければ和針で十分対応できると思う。研修生は皆熱心で覚えるのも早く、こちらもやる気がどんどんわいてきて一日ごとに波に乗ってきていた。

6日目 8/11(月) 腰痛・坐骨神経痛
 今日からいよいよ臨床にはいる。午前で臨床各論の授業をおこない午後実際伝統医学の病院から患者さんが1日20人来ることになっている。
 今日は腰痛・坐骨神経痛の講義である。ミャンマーには坐骨神経痛の患者が非常に多い。日本では冷房・冬場に冷えることで坐骨神経痛をおこす人が多いが、このミャンマーではちょっと違う。当初、私はなぜこの国に坐骨神経痛の患者がこんなに多いのか不思議だった。「パラメディカルの学生も臀部を指しこの奥が痛い、この1点が痛い」と訴えるのだ。
 その理由が分かったのは、2年前にWAZO(1年に一度おこなわれるミャンマーでの仏教の大会)に大学生と一緒に参加した時だった。仏教での正式な座り方は、日本での横座りなのだ。1時間以上この座り方で祈るため、私はもう足腰が痛くて痛くて随分辛かったのを覚えている。この国の人々はそれを習慣としているため、年々腰痛に苦しむことになるのだ。テレビを見ていても、パコダに行ってみてもみんなこの座り方をしていることに気づいた。
 それから私は、このことを考慮に入れて治療することにしている。以来、治療成績は非常にいいように思う。生活習慣病に対するアプローチを最も得意とするのが漢方医学(中国医学)なので、ミャンマーの人々と生活の中で付き合うことが、その原因を探るのには適しているようである。
 そしてこの時期ミャンマーの人々の生活をのぞいていると、田植えをしている大勢の農民を見かける。日本ではもう人の手で田植えをすることはあまり見かけないが、この国ではそれが主流になっているため、これも腰痛の原因にもなっているのであろう。聞くと素足で一日中田植えをしているそうなのでこれでは足から寒湿*の邪が入ってしまう。ますます治療法をおぼえてもらい一人でも腰痛の辛さから農民を助けてもらいたいものだ。
* 寒湿の邪:漢方の病因のひとつ。外部からの冷えと湿気が人体に悪影響をおよぼすこと。

7日目 8/12(火)
 膝関節痛昨日の坐骨神経痛と同様、これも横座りによって膝関節がガタガタになっている人が多い。もちろん座り方からだけでなく農作業などの重労働から来るものや、水浴びをするのが習慣の為に、冷えから来るものもある。関節疾患は針でのアプローチも良いが按摩・指圧・運動法が非常に効果的だ。もちろん腰痛との関連性も重点に置かなければいけないので、よく説明した。
 腰痛も膝関節痛もおなかを温めることで治療成績が上がるので、ここで以下の方法を用いることにした。温灸療法とゆで卵療法である。温灸は、日本から持参した棒灸というものを使い神闕(へそ)を温めたり委中(膝の裏)を温めた。ゆで卵を使った療法は、良く温めたゆで卵をタオルにくるみ神闕を温める方法である。どちらかというと患者さんへの指導の方法として教えてみた。日本のように物資が豊富ではないためどこにでもあるものを用いてやってみましょうという試みでこのゆで卵を使用した。この方法だと一般にも家庭療法として使うことができ子供の腹痛などにもとても効果的である。

講義する筆者(右)
講義する筆者(右)

8日目 8/13(水) 中国医学の基本的な考え方ついて
 中国医学について気・陰陽・五行などを実例をあげて、片倉武雄先生にわかりやすく講義してもらった。
 自分の師匠について賛辞するのは、はばかられるが、難解な概念をこれだけわかりやすく、通訳を介して説明できる人は、そう多くはいないはずである。聞いていると簡単そうに思えるが、自分でやるとなるとできない。聴講生にうまく伝わらないということは、患者にも伝わらないということであり、自分の頭の整理ができていないということである。
 私自身、片倉先生から講演技法のレクチャーを何度となく受けたが、指導が厳しくそのたびに涙したことを思いだす。もちろん恨む気などはさらさらない。だから今がある。

9日目 8/14(木) 肩関節周囲炎(五十肩)
 この疾患もミャンマーではとても多いと思う。やはり農作業などの重労働で肩・腕を酷使するためだと思うが、何度もミャンマーに来て治療をしているうちに、治療の方法が分かってきた。これは、どちらかというと針でなく按摩・指圧で治療していく。腋窩(脇の下)のしこりを指で追っていくのだが、それをうまくつかめれば7割方成功である。後は運動法で仕上げていく。これは、少々訓練が必要だが2週間近く講習を受け、普段も治療にたずさわっている彼らはかなり上達が早く正直驚いた。以前大学でもこの方法を教えた。その大学の講師がインドに研修に行き、そこでこの治療したところ治癒率が良く大評判になったそうだ。
 我々が最も得意とするのはこの道具もいらない按摩・指圧の治療である。訓練すれば指が最大の武器になるの だ。何度もミャンマーに来てその度に「この技術を伝達できさえすれば、いったいこの国の人がどのくらい笑顔で過ごせるのか。」と思い、今に至っている。

10日目 8/15(金) 頚椎症
 いよいよ最終日、仕上げの日である。頸椎の配穴を勉強しながら、ストレッチの方法も片倉先生に指導してもらった。
 昨日までに研修生より、以下の治療穴についての質問が出ていた。それについて質疑応答の時間をもうけ説明を行った。
・ 腱鞘炎の治療法
・ 脳卒中の前駆症状・後遺症の診断方法と治療法
・ 胆石についての治療
・ 不妊症について
 みんな臨床にでているだけあって本当に熱心であった。
 最後に、歯ブラシを使い小児針の治療法を行う。これは子供を持っている研修生にはとても喜ばれた

 今回の講義を終えて、相手にいかにわかりやすく教えるかということの難しさを痛感した。専門用語を引っ張り出し教科書を読んでいるだけでは、相手は本当の意味で理解はしてくれない。日常生活の指導によって、治療効果を上げていく方法は沢山ある。その方法を指導して、少しずつ浸透させていくのが一番だと思う。我々治療家が相手にするのは、常に医学に関しては素人の患者なのである。
 ミャンマーで講義をさせていただくという貴重なチャンスを与えていただき本当に感謝する。と、同時にさらに勉強を重ねてもっと針・按摩・指圧の良さを伝え、一人でも多くのミャンマー国民の役に立てればと思っている。




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