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自分たちが導き出す発展
森岡大地(昭和大学形成外科)
AMDA Journal 2002年 9月号より掲載
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本年5月10日より約2ヶ月間、「コソボ地域医療再建プロジェクト(HoRP)」に参加し、私は指導医師として、3ヶ所での養成プログラムを担当しました。
現在の養成プログラムの様子について、簡単に報告致します。
家庭医養成プログラムでは、各研修所にて、テーマに基づいていくつかの科目を履修します。
ここでは、セミナー、症例検討会、ビデオ検討会、医療調査研究など、科目内容に沿ってご紹介します。
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<セミナー>
月毎のテーマにおいて、その症状や診断、治療法などを発表するというものである。
興味深い発表であっても、ほとんどの発表者はOHPを用いて、教科書を写したものを棒読みするだけの発表であった。
そこで、分かりやすく、インパクトのある、効果的なプレゼンテーションの手法を指導した。
それが奏功したかどうかはわからないが、その後トレーナー、受講医師たちの中には、大型液晶プロジェクターを用いたり、インターネットからダウンロードした資料を活用して、分かりやすい発表を行う例が増えたことは喜ばしい。
<症例検討会>
毎回数人の受講医師のもちよる難症例、興味深い症例などについて発表し、トレーナーや他の受講医師らと討論する。
症例検討会は日本においても一般的に様々なかたちで行われているが、コソボにおいては定着していない。
非常に興味深い症例や学ぶべき症例がある一方で、残念に感じることも多かった。
原因の1つはカルテ(診療録)を書く習慣、規則がないことにあると思われる。全員が手帳を持ち、それに診療経過を記入している。
現在はWHOがカルテの書式を決めている最中であるとのことであったが、一刻も早い導入が望まれる。
<ビデオ検討会>
これは家庭医の通常の診療風景をビデオに記録し、トレーナーや他の受講医師らの前で再生し、その診療技術などについて討論するものである。
これは非常に有用な手法である。つまり、自覚していない欠点も、他の医師の指摘によって自覚することができるし、逆に他の医師の長所を自分に取り入れることもできる。
ビデオカメラやプレーヤーなどの購入が必要ではあるが他の地域でも実行すべきであると思われた。
<調査研究>
受講医師らは、グループ毎に何らかの医療調査研究を課せられている。
これは各グループが一つの研究テーマを決めて調査をし、その結果を分析、検討したのち、一本の論文としてまとめあげるものである。
私の着任当時、受講医師たちは調査方法、分析方法、経費等々、実際にどうすればよいのか分からず、戸惑っているようであった。
そこで、調査研究についての研修会を開くことになった。
<医療調査についての研修会>
研修会は、コソボ全域のトレーナーと研修所の責任者全員を対象に開かれ、家庭医に調査研究の基本的なやり方を学んでもらうだけでなく、実際にかれら自身が被験者となってデータをとり、コンピュータを用いて分析する実習を目的としていた。
午前中は研究の進め方について講義をし、参加者自身が被験者になるべく、アンケート用紙に身長、体重、体脂肪率、喫煙歴、ストレスなどについて記入してもらった。
午後はそれをもとにコンピュータを用いてデータベースを作成、分析、検討するという方法ですすめた。
これは日本においては大学医学部の基礎医学実習とほぼ同等のものであるが、約10年医学教育が中断されていたコソボにとっては斬新な試みであったらしく、地元テレビ局の取材を受け、ニュースで放映された。
残念だったのは、データ入力に時間がかかりすぎ、最後のデータ検討まで到達できたのは数グループにすぎなかったことである。
これはわれわれのの予想以上に参加者がコンピュータを扱いなれていなかったことも一因ではあるが、私の準備不足が一番の原因であることは間違いない。
いくつかのパターンを想定し、どのような状況でも対応できるようにしておくべきだったと反省している。
しかしながらかれらが熱心に、ひたむきに、キーボードに向かう様子は印象的であった。
研究の実際を学び、被験者の立場を体験し、コンピュータの必要性を感じてもらえたと信じている。
<特別講義>
私は本来形成外科医であり、家庭医とはまったく異なる専門分野で働いてきたが、私の経験を何らかのかたちで示したいと思い、「褥瘡(じょくそう=とこずれ)のケア」と「先天奇形」という2つのテーマで、プログラムとは別に特別講義を行った。
どちらも彼らの日常診療上、深刻な問題であるとのことであった。前者については褥瘡の分類、治療、予防法について話し、創部の洗浄やマッサージなど混乱している知識を明確なものとした。
後者については、頻度の高い先天奇形(口唇口蓋裂、尿道下裂など)の病因から治療まで、家庭医が患児の家族に説明できることを目指して講義を行った。
さらに、コソボの医師らの薬物についての知識不足を痛感していたため、薬物についての基本的な講義も開いた。
薬物はどのようにして効果を発揮し、どのように排泄されていくのか、という薬物動態学など基礎を踏まえた上で、薬物相互作用とはどのようなものなのかを、彼らが日常で処方している薬剤を中心に述べた。
受講講師もトレーナーにとっても薬剤の作用の最新情報に疎く、講義の中で薬剤の最新情報が得られるインターネットのサイトを紹介したことは効果的であったようである。
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コソボ赴任にあたって、現地での生活に不安はありませんでしたが、仕事に関し不安に思うことはいくつかありました。
私のような形成外科医が「家庭医養成プログラム」という異なる分野で、指導医師になり得るか、ということが最も大きな不安でした。
私は、形成外科医になる前は薬理学や麻酔学を学び、非常勤ながらも一般内科医としての経験もあったのですが、それくらいの知識なら現地の医師らに拒絶されてしまうのではないかと感じていました。
また、これからイギリス式の家庭医学システムを取り入れていこうとしているコソボに、そのようなものを持たない日本人医師がどの程度貢献できるだろうかとも思っていました。
しかし着任後トレーナーらと話したところ、彼らの望んでいるものが自分の考えたこととは少し異なっていることが分かりました。
かれらは現在の情報に貪欲といってよく、自分たちの知らないことなら何でも取り入れたい、何でも啓発されるものを望んでいる、ということに気づいたのです。
私はコソボの医師のレベルが低いとは感じていません。しかし、一部にそう感じさせるものがあるとしたら、それは医療インフラの遅れと、情報不足であると断言します。
コソボの家庭医には十分な能力と可能性があり、西欧諸国で教育を受けた医師もいるため、かれらがリーダー格となり、家庭医学全体の底上げに努力しています。
必要最低限の医療設備と情報収集環境が整えば、近隣諸国と同等の医療を行えるものと思われます。
前者については、AMDAはじめ海外の諸機関が診療所を建設し、医療機器を配備し、技術の指導にあたっています。
後者は現地の医師自身の努力によるところが大きく、自分たちでつかんでいくことが大切であると感じました。
すぐにコソボの医療状況が大きく変化するだろうなどと楽観視はしてはいませんが、環境を整えさえすれば、かれらコソボの家庭医は、しっかり吸収しようとします。
かれら自身が導き出す発展が、コソボの医療の未来を示していると思っています。
この度コソボでの家庭医指導という貴重な機会を与えて下さり、惜しみないサポートをしてくださったAMDAコソボ事務所の濱田祐子さん、現地スタッフの方々、関係諸機関の皆様、
そして日本の支援者の皆様、送り出してくださった昭和大学の皆様に深く感謝いたします。 |
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