ケニア

スラムと若者とHIV/エイズ
AMDAケニア 徳岡 有佳

AMDA Journal 2004年 12月号より掲載

カウンセリング中 マンダジ売り
1.はじめに

いつも皆様のご理解とご支援を賜り、誠に有難うございます。

あちらこちらから大音量でレゲエやケニアの若者の間でとても人気のあるヒップ・ホップなどの曲が流れ、ケニア人の大好きなチップス(フライドポテト)やマンダジと言われる穴の開いていないドーナツなどを揚げている油とごみなどの廃棄物の強烈な臭いに同時に包まれながら、今は雨季のため、ゴム長靴を履いてドロドロになっている地面で滑って転ばないよう、またスリなどに持ち物を取られないよう二重に注意を払いながらキベラスラムの中を歩いている日々が続いている。キベラスラムは世界で2番目に規模が大きいとされている(人口約80万人)。1番大きいとされているのは南アフリカのソウェトスラムであるが、キベラの住民には、ソウェトの人々の生活水準はキベラよりもはるかに良いとのことで、ソウェトはスラムではないと主張する人もいる。
 現在AMDAはキベラ内でVoluntary Counselling and Testing (VCT:自発的カウンセリングとHIV検査)センターの運営を行っており、VCTサービスを通してHIV感染者やエイズ患者に対する治療とサポートを提供している。 2003年1月の開設以来、10代、20代の訪問者が多く、感染率は30代が最も高い。そのことから、10代〜20代に対するHIV/エイズ予防教育の必要性を感じ、事前調査を実施した。以下は、その調査を含め、キベラの10代、20代の若者たちのHIV/エイズに関わる現状、またケニア全体におけるHIV感染者・エイズ患者が置かれている状況などについて説明させていただきたい。

キベラスラムの教育の現状

日中キベラスラムを歩いていると20歳くらいの男性がぼんやりベンチに腰をかけてブサーといわれる発酵酒を飲んで眼を真っ赤にして座っていたり、バンギといわれる違法ドラッグを吸っていたり、特に目的もなさそうに歩いていたりする姿をよく見かける。一般的にケニアでは失業率は30%だといわれているが、キベラスラムなどの低所得者層においてはその割合がもっと高くなっている。キベラの教育制度は、初等教育8年(6〜13歳)、中等教育(14〜17歳)、大学教育(18〜22 歳)の、8・4・4・制であり、2004年10月に日本を訪問した現大統領であるキバキ大統領が就任した2003年1月から、公立の小学校の学費は無料となっている。しかし、キベラには公立の小学校は1校しかなく、無料化されたことにより入学希望者が殺到し、結局限られた数の生徒しか入学できなくなっている。あるのは私立の小学校のみで、全ての子供たちを収容できるほどの校舎のスペースもなく、学費が支払えないという経済的な理由で学校に通えるのはキベラスラムの4割の子供たちだけだとされている。キベラに住む子供たちでキベラ外の公立小学校に通っている子供もいるが、大抵はスラムから来たといわれていじめられるケースが多く、登校拒否となり結局は学校を辞めてしまう例も多い。他の6割の子供たちは、家事の手伝いをしたり、近所の子供たちと遊んでいたりしている。高校の入学費、授業料はとてもスラム住民には支払えない金額で、通える子供たちの割合はもっと低くなっている。

若者たちとドラッグ・アルコール

そのような状況の中で所謂学歴の無い若者たちは、定職には就けず、日雇い労働など、その日暮らしの生活を送っている。まだ、日雇い労働の職を得る若者は良い方で、職もなく何もすることがないと言って前述のバンギといわれる違法ドラッグ(葉っぱをタバコのように紙に巻いて吸う)を吸って、ハイな気分になって現実逃避をしたり、お金がなく満足に食事ができないため、ドラッグや安くてアルコール度の高い地酒を飲んで空腹を紛らわせる若者が多い。ドラッグ使用は、周囲の友人たちのプレッシャー(ピア・プレッシャー)が負うところもとても大きいと言われている。吸わないと格好悪いと思われる、仲間はずれにされることが怖い、といった感情が彼らをドラッグの誘惑に取り付かれるきっかけとなっている。
 そうしてドラッグの勢いで強盗や暴力に走り、彼らの性行動も乱れたものとなっていく。ドラッグを手に入れるために強盗をして購入資金を手に入れる若者も多い。生計をたてるためにドラッグを吸ってその勢いで売春行為を繰り返しているという女の子もいる。「もちろん、売春などしたくないのだけど、子供がいるから仕方が無いの。」と以前話をしたことのあるキベラに住む22歳の彼女は淡々と語っていた。
 このようにキベラでは「何もすることが無い(職が無い)」、と人生に希望を失い、ドラッグに陥り、その結果危険な性行動(コンドームなどの予防策なしでの性行為)に傾斜しHIVに感染してしまうことが多い。そういう若者たちは自分たちの向こう見ずな行動を少なくとも自覚はしている。ひょっとして自分はHIVに感染しているのでは?と思うと怖くなって、またその恐怖を紛らわせるためにドラッグ使用行為に陥る若者も多い。貧困層におけるドラッグは値段の高い注射を使用するものではなく、ミラーといわれる草をくちゃくちゃと口の中で噛んで使用する(合法)ものやタバコのように吸うバンギが主流であるため、注射針から感染する割合はかなり低いとされている。もちろん、若者の間のHIV感染はドラッグだけが原因ではない。ドラッグを使用していなくとも不特定多数の相手との性行為により感染し、本人が知らないうちに感染が拡大している可能性も高い。

AMDA-VCTセンター

AMDAは2003年1月よりキベラスラム内にVoluntary Counselling and Testing (VCT:自発的HIV検査とカウンセリング)センターを運営しており、 2004年9月末時点で訪問者の総計は1,530名であり、そのうち男性925名、女性605名となっている。年齢層は男女とも10代後半から20代にかけてが最も多い。若者がVCTセンターを訪問する理由は、最近ボーイフレンド以外の人と性行為をしてしまった、また自分のガールフレンドが複数の人と浮気をしているようなので不安だから検査をして欲しいということが多い。また全体の感染率は12.0%であるが、男性で6.4%、女性で20.5% となっており、圧倒的に女性の感染率が高いことが分かる。
 VCTセンターにはよく結婚前の若者や夫婦が一緒に訪問してくる場合がある。その場合にも、例えば夫が不貞を働いていて、妻の方が貞節を守っている場合においても、HIV検査の結果妻だけがHIV陽性であるというケースが多いことは事実である。これは一般にHIVのウイルスは女性の膣分泌液よりも男性の精液に多く含まれており、女性性器は男性性器よりも表面積が大きく、妊娠しやすくするために精液をためる構造になっているため、男性から女性に感染する確率が高いからであるとされている。あとは、依然としてケニアにおいては性に関する決定権は女性にはなく、性交渉をする際も女性からコンドームを使用して欲しいと主張することは難しい状況にあるということも大きな原因である。
 また、VCTセンターの訪問者は10代後半〜20代にかけてが多いのであるが、実際の感染率は30代〜40代前半で最も高く平均で約23%となっている。10代後半から20代の訪問者数が多いということは、彼らは自分の感染の有無についてとても関心を持っているということの現れであると考えるため、その年代を対象としてHIV/エイズ予防教育を実施することは30代からの感染を未然に防ぐという意味ではとても効果的であると考える。

キベラの若者対象調査と

そして、予防教育を効果的に実施していくために、事前調査として実際にキベラの若者のHIV/エイズに対する考えや態度、それに関連して彼らの性行動や薬物使用との関連性などを知り、また、彼らの興味の対象から、アプローチ方法を考えていくという目的で2004年6月より調査を開始している。現在、キベラの15〜29歳の男女400名に対する個別インタビューを終了し、集団インタビューを実施しているところである。。
 若者に対するHIV/エイズ予防教育活動は、現在まで世界各国で実施されてきている。その中の一つで比較的広く実施されてきているものは、男女別でサッカーの試合を実施し、ハーフタイムにHIV感染予防などに関する人形劇や歌などを観客に披露したり、選手たちのユニフォームに例えば「コンドームはいつも使用しましょう」などと誰にでも分かりやすいメッセージをプリントして、観客に伝えるということが実施されて効果も出ている。現在では、オリンピックでのなでしこジャパンのようにサッカーにおいて女性にも焦点が当てられているが、私などからすると日本ではサッカーを観戦する女性は2002年ワールドカップ以来急激に増えたとは思うが、実際プレーをするとなると未だに男性のスポーツであるという印象が強い。私がジーンズなどを履いて歩いていると「男の人みたい」と子供に言われるようなキベラスラムでは、大半の女性はサッカーには興味を示さない。キベラにある広場で紙などを丸めて作った形の悪いボールでサッカーをしている若者たちを見かけることが良くあるが、やはりプレーをしているのはたいてい男の子たちである。同じように女の子たちにも彼女たちが興味のあるものを通じて、HIV感染予防などのメッセージを伝えていきたいということがあり、今回の調査でヒントになるような回答を得たいと考えている。最終的な調査の結果は調査終了後に報告させていただければ幸いである。

ケニアのHIV感染者・エイズ患者に対する治療・サポートの現状

最後に、ケニア全体ではHIV感染者の数は減ったとされているが、エイズ患者の死亡者数は依然として増加している状況にある。これは、HIV感染者やエイズ患者が適切な治療やサポートが受けられていないことを反映している。現在ケニアでは人口3,200万のうち140万人がHIVに感染しているとされており、そのうち20万人が抗エイズウイルス薬による治療(ART)が必要であるにもかかわらず、90%の人々は治療が受けられず命を落としていっている状況にある。現在ケニアでは、ARTプログラムは一部の政府経営の医療施設で実施されているだけであり、費用も1ヶ月500ケニアシリング(655円)、一部の民間病院では1,000ケニアシリング(1,310円)もかかる。また抗ウイルス薬(ARVs)による治療を受ける前に実施不可欠な様々な検査 − CD4測定(HIVは体内に入るとヘルパーT細胞と言われる免疫システムの司令塔として働いているリンパ球にくっつきそれを破壊する。そのヘルパーT細胞の数値はCD4という数値で表され、健康な状態ではCD4は1/1000mlあたりで 800〜1,200あるが、HIVに感染するとその数値が低下するため、CD4の数を調べることにより感染しているかどうかが分かる。)、肝臓、腎臓、尿素の検査 − に費用がかかる上、ARVsの投与を受けている人は少なくとも3ヶ月毎に、ARVsがその人に効いているかどうか体内のHIVの量を測る必要性があり、それも最近値下がりしたとはいえ1回2,500ケニアシリング(3,275 円)もかかってしまう。これでは特に大半の人々が1日1ドル以下で生活しているスラムでは、その金額が支払える割合はかなり低く、ほとんどの人々が治療を受けられない状況にある。
 しかし少なくとも、VCTセンターでHIV陽性だと分かった直後に、すぐに病院などで診察を受ければ日和見感染症の早期発見や治療が可能となり延命に繋がる。日和見感染症とは、免疫機能が正常な状態では感染・発病しないような弱い病原体や、感染・発病してもすぐに治るような病気が、免疫力が非常に弱っているHIV感染者には病原性を発揮し、それによって引き起こされる感染のことで、症状が軽ければ簡単な治療ですむこともある。肺炎・結核・性感染症などの日和見感染症が発症した状態が、エイズ発症といわれている。
 またそのような身体的な治療と同様にとても重要なことがHIV感染者、エイズ患者に対する精神的なケアである。HIV陽性の結果が出た場合はHIV感染者やエイズ患者が集まってお互いの感染を打ち明けた上で自らの心情や悩み事を話し合い互い支えあうサポートグループも紹介する。そのようなグループへの参加が感染者、患者が精神的にも前向きな姿勢で生活する手助けとなり免疫力の低下が防げ、HIV感染者の場合はエイズ発症を大幅に遅らせることも可能である。そういった意味においても、VCTサービスはHIV感染者、エイズ患者にとって治療やサポートの重要な入り口であると大いにいえる。

テールスープ用下ごしらえ 子供たちとランドクルーザー
キベラスラムの子供たち

キベラスラムの子供たちはエネルギーに満ち溢れている。子供たちは私を見ると「ハーアーユー(How are you)?」を連呼しながら駆け寄ってくる。ケニアでは挨拶として握手を交わす習慣がある。子供たちも争うように私の手を握ってくる。ただ、肌の色が違うから触ってみたいという子供もいるようだ。また、私の方からケニアの母国語であるスワヒリ語で 「ササ?(元気?)」と挨拶をすると、一瞬私がスワヒリ語を話したことにビックリしたような表情をするが「フィティ!(元気!)」と元気に答える。でも、時々赤ちゃんなどは私を見ると怖がって泣いてしまうこともある。最初のうちは私の顔を見てお母さんにしがみ付き大泣きをしている赤ちゃんを見て、私は強面なのだろうか、と少し落ち込んだが、どうやら自分のお母さんと肌の色も目の大きさも服装も違う私を見て怖がっていたらしい。ケニアに赴任して1年経った今ではそういうこともほぼなくなったように感じているのだが、これは単に私自身がそういう状況に慣れてしまっただけなのかもしれない。
 また、未だに中国のカンフー映画の影響で彼らからすると東洋人は皆中国人に見えるらしく、「チャイニーズ!」とか「ブルース・リー、ジャッキー・チェン」といいながらカンフーの動きの真似をして見せてくれる子供たちも多い。子供たちからすると、ブルース・リーやジャッキー・チェンと肌や髪の色が同じ私も当然カンフーができるだろうと思っているようで、私がただ笑ってみていると「あなた(カンフーを)やってみせて!」とせがまれるが、いつも彼らの期待を裏切ってしまうことになる。
 そのようにはちきれんばかりの笑顔で、ぴょんぴょん跳ね回っている彼らの傍らで、日中から強いお酒を飲んで眼を真っ赤にして ぼんやり座っている若者たちがいる。外国人の私を見て何かと理由を付けてお金をくれとせがむ若者もいる。私も実際彼らと同じような立場であったら、同じようなことをしていたかもしれない。しかし、そういう彼らを見ているとキベラの子供たちの将来を見せ付けられているような複雑な気持ちになる。子供たちの将来が少しでも明るくなるように、彼らの才能や可能性を少しでも引き出せて、人生における選択肢が広がって希望が見出せることに繋がっていくように今後も事業を展開していきたいと考えている。

おわりに

今後もVCTサービスを通じて、キベラスラムの少しでも多くの人々が身体的、精神的な治療やサポートが享受できるように、より多くの病院や診療所などと連携し、AMDA内にもHIV感染者、エイズ患者に対するサポートグループを形成していくなど、より広く深いサービスを提供していけるよう継続して努力していく。それと同時に、将来の感染を防ぐために、若者に対する HIV/エイズ予防教育も強化していきたいと考えている。
今後とも私どもの活動に対するご理解とご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

    



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