ケニア

ケニアにおけるエイズ問題
―希望を持って生きるために―


AMDAケニア事務所 横森 健治
AMDA Journal 2002年 12月号より掲載

1. ケニアの現状

2001年の国連の統計では、世界には4,000万人のHIV感染者とエイズ発症者が存在する。そのうちの7割がサハラ以南のアフリカ諸国におり、ケニア共和国には250万人が暮らしていると推定されている。ケニアの人口は、約3,000万人であるから、人口の8.3%が感染していることになる。 15〜49歳の大人に限ると15%が感染しているとみられており、全ての住民にとって看過できない問題となった。

しかし、1984年に最初のケースが報告されて以来、ケニア政府の対応は、周辺国にくらべると緩慢だった。1999年になってようやくエイズを「国家的災害」と政府が宣言し、本格的な対策に乗り出した。大統領府直轄の国家エイズ対策評議会(NACC)を創設し、各省庁、各地域に対策部門を設けた。

NGOやCBO(地域住民組織)は1980年代から様々な活動をつづけてきたが、それらが予防と教育に偏ったため、後述するようなエイズに対する恐怖を広め、人々がエイズを直視することを妨げた。

2000年以降、国連エイズ基金の創設にはじまる各国の積極的取り組みがはじまり、ケニアでも、政府・NGOのエイズ対策活動が第2段階に入った。 エイズに対する科学的知識の普及、結婚前の性交渉の抑制、単独性交パートナーの奨励、コンドーム普及、VCT(自発的カウンセリング・HIV検査)の設置、性病予防、学校でのエイズ教育、母子感染予防、輸血血液検査といった「予防策」、そして、日和見感染症対策、抗ウイルス剤療法、患者に対する家庭での手当て、カウンセリング、ワクチン開発等の「患者・感染者への支援と治療」とが活動の中心といえる。 現在、これら全てに各種資源が投入され、総合的な取り組みが進んでいる。

2. エイズの特徴

1980年代初頭にアメリカで初めて報告されて以来、約20年でエイズは世界中に広がった。そしていまだに感染が拡大している。エイズはどうしてこれほどの早さで、広い地域に広まるのだろうか?

エイズの特徴は、長い潜伏期間と人間関係の破壊にある。

潜伏期間とは、人体がHIVに感染してからエイズを発症するまでの期間である。エイズの潜伏期間は、3年から10年が平均であるが、中には20年近くエイズを発症せずに生きる例がある。エイズ発症後は、平均1年で死亡する。 これらのHIV感染者は、外見上は健常者と変わりなく、自覚症状がない状態で他者にウイルスを感染させる。

そして、いったんエイズ患者が夫婦、家族、親族の中に現れると人間関係を破壊する。恋人にHIV感染を告げた途端にその恋人が失踪した例。会社の健康診断で感染がわかり、それが理由で退社を余儀なくされた社員。夫に離縁され、子供とともに実家に追いやられる母子。 夫から感染させられたと思った妻が、抗議の手紙を書いて自殺した例。信仰の拠所である教会で感染を告白したところ、性的にふしだらだから感染したのだと責められた夫婦。大学生からは、こんな状況で大人になってもどのように恋愛をし、結婚していったらよいのかわからないという声が聞こえる。

エイズは、感染者・患者だけでなく社会全体に負の影響を与えていることがわかる。恐怖を生起させるマスメディアの情報と、エイズ患者が直面する様々な差別、偏見、嫌がらせ、会社からの解雇、大切な人からのひどい仕打ちなどが、「エイズについて知りたくない、考えたくない」という態度をつくり上げたのである。

これまでのケニアにおけるエイズ対策をみると、患者に対する治療や手当てよりも感染予防に資金と時間を費やしたことがわかる。しかし、それにもかかわらず、感染率は上昇しつづけた。なぜ、予防策が効果をあげなかったのか?

予防策の内容は、新聞・テレビ・パンフレット、看板により、エイズの恐さを人びとに伝えることに重点が置かれた。 「AIDS Kills」「AIDS is real」「Kick HIV/AIDS out of Kenya」「Fight against HIV/AIDS」といったメッセージが日常的にあふれ、人びとは「エイズになると死ぬ」「不治の病」「性道徳の乱れている人がエイズになる」「エイズ患者は恋人・友人・家族から虐げられる」といった意味をそこから受け取った。

その結果、エイズを理解しようと夫婦、家族、社会で話し合うことが避けられるようになった。エイズについて知ることが恐くなったのである。「エイズは大きな問題だけど、それは、不道徳の人の問題であり、自分や自分の周りにいる人は関係ない」といった捉え方が多くなった。 しかし、感染はどんどん広がっている。一般の人が感染を知るのは、ほとんどが病院からである。女性が妊娠し、血液検査で判明する場合が多い。2001年のある調査では、血液検査で自己のHIV感染を知った女性の半数以上が、その事実をパートナーに伝えられなかった。 それを伝えると、家から追い出されたり、暴力を振るわれることを恐れたのである。

自己の感染の有無を知りたくない人は、心理的な自己防衛として、様々な反応を表した。たとえば、HIV検査への疑い、コンドームへの不信、性的問題行動などである。

HIV感染への不信は根深い。陽性の結果が出たが、別の検査所では陰性であったとか、結果は陽性と出たが、伝統医の薬によりウイルスがなくなったとか。特に、HIV抗体検査のメカニズムを正確に知らない人びとに誤解が生じやすい。

コンドームに関しては、「コンドーム内のゼリーにHIVが入れられており、コンドームを使うほど感染の危険度が増す。」「コンドームはHIVを通過させてしまうため、予防効果はない。」 これらは単なるジョークではない。日本では、コンドームは性病予防というより、むしろ妊娠予防のために普及した。 若者の多くは婚前性交渉をもつが、未婚の母を避ける目的でコンドームを使っている。しかし、ケニアでは未婚の母はまったく問題にならないし、避けるべきものでもない。父がいない家庭は数多く、社会の中でそのような家庭が差別されることも少ない。ケニアでは、多産が奨励される。 子供を産むことは女性にとっては誇りであり、男性にとっては活力の証である。

もう一つ、性的問題行動が挙げられる。HIV感染を自覚した男性が、自らを清めると称して処女と性交するのである。処女と交わることでエイズが浄化されると信じ、この行為を非感染者の少女に強いる。また、感染者の中には、自分一人だけ死ぬのは嫌だと、多くの売春婦と性交する男性もいる。 心理的に追い詰められ自暴自棄となった感染者の身勝手な行動は社会悪へとエスカレートしている。

3. エイズとの共生

恐怖により性行動を変化させようという過去の試みはうまくいかなかった。世紀が改まり、エイズ対策が希望をつくりだす方向に転換した。「予防」と「ケア」の両者がエイズ対策には必要であるという認識が、政府関係者、NGO、国連機関の間で共有されつつある。

もはや、エイズを数年で撲滅できると考えるエイズ対策関係者はいない。この先何十年も人類はつきあっていかざるをえないだろう。エイズとは、そのつきあい方次第で被害が大きくなったり小さく抑えられたりするような病気である。

AMDAケニア事務所では、本年9月、AMDAカウンセリングセンターをナイロビ市キベラスラムに設置した。本年12月からは、このセンター内にVCT(Voluntary Counselling and Testing 自発的カウンセリング・HIV検査)を敷設し、希望者にカウンセリングとHIV抗体検査を提供する。

VCTは、ケニア国内に70以上存在し、なお増え続けている。設置主体は、政府系医療機関、民間病院、NGOなどが多い。VCTの特徴は、カウンセラーがHIV抗体検査を相談者を相談者の目の前で行うことにある。よって、特別に検査室はいらず、カウンセラーと相談者のみが結果を知る。 検査時間は短く、1時間以内に結果が判明する。カウンセラーは、通常、検査前カウンセリング、検査、検査後カウンセリング、継続カウンセリングの順に相談者にサービスを提供する。現在、検査前後のカウンセリングは、法律でも義務づけられている。

カウンセリングはケニアでは新しいサービスである。エイズとともにケニアで広まったといえる。カウンセリングの定義は多様であり、依拠する心理理論により目的が異なるが、「カウンセリングとは、相談者が直面する問題を相談者自身の力で解決できるように手助けすることである」と広く解釈することができる。 HIV感染という重い事実と直面するとき、それをカウンセラーの助けとともに知るのと、なんの心理サポートもなく知るのとでは、衝撃の大きさが違う。

ほとんどの感染者は、感染の事実を告げられると、ショック、恐怖、混乱、他者からの否定、孤独、感染事実の否定、自己批判、自意識過剰、罪の意識、心理的落ち込み、自己の価値の否定といった感情に陥る。そこから立ち直るには、まず、現実を受け入れなけれはならない。 つまり、自身がHIVに感染したと自覚することが第一歩である。そこから、他者への感謝、生きがいと希望の発見を経て前向きな態度になっていく。この全ての過程において、無料でカウンセリングを受けることができるようにAMDAは人材と施設を整えている。

援助関係者の中には、このような心理的苦難を与えてまで感染の有無を知らせようとすることに疑問を呈する人がいる。知ることによる精神的落ち込みが免疫力を弱め、寿命を短くするのではないか、あるいは、ショックから自殺を選択する者が出るのではないかといった危惧である。 たしかにその可能性はあるが、事実を知る機会を提供することは重要である。もし感染者が自身のHIV感染を知らずに生活していたら、エイズ発症まで気づかないかもしれない。エイズが発症した段階では、体の自由はきかず、約1年の命なのである。多くの場合、ベッドの上で寝たきりとなる。 しかし、HIV感染者の時点で自身の感染を知っていたら、治療・カウンセリング・生活改善でエイズの発症を遅らせることが可能となるし、残される家族のための準備もできる。人生を自分で選択できるのである。

エイズ発症を遅らせるもっとも有効な方法は、心理的に安定することである。目的を設定し、人生を前向きに生きる人は長生きする。ケニアで長生きしている感染者は、患者・感染者支援グループの指導者に多い。彼らは自らの感染を公表し、患者・感染者の権利拡大のためマスコミに登場する。 組織のメンバーとともに、栄養・衛生・収入向上・財産保全・遺書作成・子供の将来設計など助け合いのシステムづくりを進めている。彼らの毎日は忙しく、自分の仕事に価値を見出している。

VCTでは、このような人びとの存在を感染者に示し、HIV感染は絶望ではなく、そこに希望があるということを伝える。その上で、継続カウンセリングを実施し、感染者が状況認識と自己認識を深めることができるよう支援していく。事実を知ることは苦難を伴うが、それは選択の自由を得るためである。

このような心のケアは一人一人を対象にするために効率は悪いが、前向きに力強く生きる人が出てくれば、少数であっても社会に及ぼす影響は大きい。彼らの存在が、そこに希望があることを人びとに示すからである。

また、感染者同士が連帯し助け合う環境では、批判中傷の心配をせずに心の内をさらけ出せるため相互の結びつきが強まる。そのなかで他者に感染させない生活などを相互に学ぶことで内初的な行動変容が生じる、という集団カウンセリングに関する調査結果が出ている。

AMDAとしては、VCTで感染を知った人びとがこのような相互の助け合いの中で、自己認識と状況認識を深め、力強く前向きに生きることを支援していく方針である。VCTはケニアのエイズ対策になくてはならないものである。現在、3人のカウンセラーを養成し、血液検査の訓練が進行している。 本年12月から開始し、できるだけ長期間、キベラスラムの数十万の人口にカウンセリングとHIV検査の機会を与えるべく資金を募っている。

この場をかりて、日本の方々にも、本件プロジェクトへの精神的・資金的協力をお願い申し上げます。




緊急救援活動

アメリカ

アンゴラ

イラク

インドネシア

ウガンダ

カンボジア

グアテマラ

ケニア

コソボ

ザンビア

ジブチ

スーダン

スリランカ

ネパール

パキスタン

バングラデシュ

フイリピン

ベトナム

ペルー

ボリビア

ホンジュラス

ミャンマー

ルワンダ

ASMP 特集

防災訓練

スタディツアー

国際協力ひろば