緊急救援活動

AMDA・岡山老健協共同
中越地震介護支援ボランティアに参加して

AMDA Journal 2005年 1月号より掲載

●介護老人保健施設すこやか苑
作業療法士 奥田 真由美

このたび、岡山老健協・AMDAによる介護老人保健施設 春風堂の支援プロジェクトに参加する機会をいただいたので、その活動について報告する。

活動内容
1)基本介護(食事介助・移乗介助・  排泄介助)補助
2)ベッドサイドや簡単な基本動作の訓練
3)集団体操を中心としたレクリエーション活動実施 他

所 感
1)介護施設内が人員不足・危機管理のため、デイルームに利用者を集合させての一括管理体制となっており、移動スペースが大変少なくなっている。また、環境面の状況が利用者の心身に与える影響の大きさを感じた。
2)最初20名くらいを対象に、集団体操のレクを実施した。体をほぐす目的で行ったが、利用者から少しずつ笑顔が見られ、笑い声も聞こえた。基本スケジュール内にはレクは含まれておらず、ほとんど実施されていなかった様子で、声を出すことにより、周りの空気が少しほぐれた気がした。
3)職員の中には被災者も多く、避難所から出勤されている人も少なくない様子だった。小千谷市内および周辺を見学したが、自然の力の大きさに改めて人間の無力さを感じるとともに被害の深刻さを実感した。

感 想
急激な環境変化や、過酷な生活環境による急速な心身機能低下が起きているため、早期のOT(作業療法士)・PT(理学療法士)の介入は必要である。しかし緊急一次対応では、被災施設のOT・PTも介護業務や夜勤業務に従事しており、そこまで手が回りにくい。彼らが本業に戻れるよう早期に介護力を補充することは有意義である。また彼らがリハ業務に従事できても、一度に大勢の機能低下を起こした対象者が出るため、通常人数では追いつかないと思われる。そのために療法士を応援派遣することは意味があると感じた。

当施設には、新潟県内の老健から日替わりで老健職員が支援に来たり、他からの出入りも多いため、受け入れ側の負担も相当にあると感じた。今回の介護士派遣のように一定期間固定して入っていくことは負担軽減につながると思えた。療法士派遣も同様に、ある程度固定して行えなければ、かえって受け入れ側に負担をかけてしまうようにも思えるため、慎重に行うべきだと思えた。

●(医)賀新会 ニューエルダーセンター
宇野 真智子

阪神大震災や鳥取地震など、これまで大きな災害が起きるたびに「被災したら自分は職場に行くのだろうか」といつも考えていた。答えは「Yes」だった。
 職員のうちのほとんどが被災している状況であるのに、震災の翌日から、自分の職種を越えて、リハビリ職員も相談員も全員が利用者の介護をしていた。一言の不満も聞こえなかった。本当に明るく優しい職員さんの姿があった。寒い土地の地域性かもしれない。  それでも私は、職員さんの姿に本当に感動した。ここで、職員さんの言葉で一番印象に残っている言葉を紹介したい。
『私たちは、いくら大きな震災に遭ってもどうにか食べていくことはできる。でも、ここにいる人たちは私たちがいないと生きていけない。私たちの仕事はそういう仕事です。』
 この言葉は、職員さんがさらっと言った言葉だった。普段から自分の仕事に誇りをもって仕事をしている証拠だと感じた。
 今回、介護ボランティアに参加して、地震の恐ろしさや震災時の食事や排泄のケアについてどのようにするのかなど多くのことを学ぶことができたが、中でも自分の介護福祉士としての専門性を改めて感じることができ、自分のしている仕事がどれだけ素晴らしいものかを再確認することができたことが、今回のボランティアにおける一番の収穫だった。ボランティアは12日間だったが、現地にいる人たちには期間が決められていない。現在も本当に不安な気持ちで過ごされていると思う。震災の恐ろしさはそこにあると思う。
 介護福祉士の今後の課題としては、今回のような大きな災害が起きた時の利用者のADL※状態をどのようにして維持していくのか、またどこまでQOL が保持できるのかということではないかと思う。職員の疲労は日に日に増していき、自分の家のことと施設の利用者のことを考えていくためにはやはり余裕のあるボランティアの存在が重要になってくるのではないか、また、そのような中でも自分たちは専門職だというプロ意識のもとで利用者の介護をしていかなければならないのではないかと感じた。

●(医)和香会 和光園
介護福祉士 田村 雅充

去る11月13日から11月21日までの8日間、私は新潟にボランティアに行かせて頂いた。ボランティアの主な目的としては、震災のために利用者のADL※の低下がもたらした介助量の増加によるマンパワー不足を補うこと、超過勤務を余儀なくされている職員の疲労を軽減させることであった。
 実際に現場に入って、まず驚いたのは利用者のほとんどのベッドが隙間なく食堂に並べられている光景を見たときだった。大きな地震はおさまったものの、もし次に大きな余震がきた時に、各々の居室にいると、全体の利用者の状態の把握が難しい為であると職員の方から聞いた。そこにプライバシーと呼べるものはなかったが、その時は一人一人のプライバシーよりも利用者全体を把握しなくてはならないという緊急性を優先していることで逆に新潟にボランティアに来たという事を改めて実感した。
 ボランティア内容としては、普段している仕事内容とそれほど変わりはなかったが、普段は離床して御飯を自力摂取される方もスペースがないためにベッドでの介助される食事を余儀なくされている方などもいらっしゃったり、普段より介助の量は増えていた。さらに、ベッド以外でごすスペースも少ない為に、寝たきりを余儀なくされた方の中には褥瘡ができた方、ADLが低下してしまった方もいらっしゃった。
 利用者の方々が各々の居室に戻ることができたのは余震も落ち着いた11 月18日だった。居室に戻ることができた利用者の方々の表情が明るくなったのは言うまでもないが、利用者の声の中で「やっとゆっくり寝れる」、「やっと落ち着いてトイレができる」という声がとても印象に残っている。
 新潟にボランティアに行かせて頂いて、とてもいい経験をさせてもらった。それと共に、自分の働いている施設が被災した時の職員の対応の仕方、震災直後の利用者の精神ケアの重要性なども同時に学ばせてもらった。このような貴重な経験をさせてくださった上司の方々に感謝すると共に、新潟の 1日も早い復興を願っている。また、ボランティアをさせてもらった施設の利用者の方々が1日でも早く前の元気な姿にもどれるように祈っている。




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