緊急救援活動

イラン・バム 自信から5ヵ月・・・

緊急救援事業部 佐伯 美苗
AMDA Journal 2004年 8月号より掲載

 喉が渇くというより、肺が焼けるような気がする。40度を越える熱風が巻き上げる砂塵と炎暑、乾ききっ た砂漠の中に、倒壊した街並みが現れる。昨年12月26日クリスマスの翌日、大地震に襲われたイラン・バム の街は、5ヶ月を経たこの日もその様子を変えることなく、壮絶なる災害の爪あとを晒していた。
 「赤ん坊がすぐに熱を出して。ドクターは大通りの医療テントにときどき来てるんだけど、2週間もすると 帰ってしまう。結局いつ居るのか判らない。」ナジアさんの家族も、庭に張ったテントで暮らしている。ナ ツメ椰子の木陰でまだ涼しいものの、彼女のすぐ後ろでは倒壊した自宅の瓦礫が手付かずだった。やっと、 1日1回給水が来るようになったことと、電気が無料なのが幸いだ。「仕方ないから(180km離れた)ケルマン の病院へ連れて行かなきゃいけないんだけど。急病になったら、どうしたらいいのかねえ。」電話がないの はもちろん、穴だらけの細い路地裏では、ナジアさんが救急車を呼ぶ術は、ない。
 モルキィさんの家族は、ようやくプレハブのような家を建て終えた。6畳くらいの、トタン屋根の小屋だ。 「暑いから昼間は中に居られないです。でもやっと家族を安心して寝かせられるようになった。残ったった 家具も入れることができたし。」すぐ横にはひび割れ、くだけた白いタイルの壁がわずかに残っていて、往 時の家を偲ばせる。目地はまだ新しく、照返しが眩しい。「とても気に入っていた家でした。去年完成した 、ところだったんですが。でも家族がみんな無事だったのが、神様の思し召しです。」26歳のモルキィさん は、今も運転手として日雇い仕事をし、父母の家族6人を養っている。やっと、学校に通えるようになった ことを、妹さんがうれしそうに話してくれた。
 真冬の1月には見かけなかった、無数の蝿や蚊、虫たちが飛び交う。街中を網の目のように流れていたカ ナートの水路は震災で崩壊し、給水が止まる一方で、生活排水はそこかしこで溢れ、気温の上昇とともに衛 生環境は急速に悪化している。かつて被災後に設置された給水タンクは、その水質が飲用には危険だと言わ れて久しいが、そうした指摘にも関わらず対策は未だ進まない。1月でもすでに懸念された、飛び交う虫か らの感染症_マラリヤ、チフス、コレラ…・無数の危険は、テント一張の暮らしでは防ぎきれず、一方で対処 は後手に回っている。そして肝心の医療は、復興計画すらまだ確定しておらず、仮設の診療テントやコンテ ナが配置されているのみである。
 AMDAは特に、低地に位置するバラバト地区で、乳幼児がテント暮らしをしている家庭の暮らしを調査しつ つ、蚊帳と衣類を配布して子どもたちの感染を防ぐように努めている。現在も地元の医師たち、ボランティ アとして一緒に救援にあたったグループと連絡を取り、支援を継続している。
 日本の報道では取り上げられなくなり、NGOがほとんど忘れ去った今も、復興に苦しみながら、明日への希 望を見出そうとする人たちに、AMDAは手を差し伸べていたい。
 大地震と復興、災害対策、隣国イラクで続く紛争、国際的圧力と開かれた協力関係。今、おびただしい重 要課題が、この国に突きつけられている。その瓦礫の中で、これからさらに厳しさを増す炎暑の中、人々は 小さな希望を大切に、復興の行く末を見つめている。

これまでの多大なご支援に感謝いたしますとともに、今後とも変わらぬご協力をお願いいたします。




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