ジブチ

ソマリア難民の帰還       
AMDAジブチ 吉田 美希
AMDA Journal 2004年 8月号より掲載

ソマリア南部では、いまだ不安定な状況が続くなか、北部のソマリランドと呼ばれる地域では治安も安定し 、隣国に避難していた難民の多くは帰還を始めている。
 ジブチに滞在していたソマリランドの難民も、2年前から帰還を開始。2002 年と2003年を通じ、祖国に帰 ることができたのは約2,500人だけだったが、今年はこれまでに4,000人が自主的に帰還していった。
 ジブチの夏はとにかく暑く、蒸暑さと、50度を超える気温、ハムーシーンと呼ばれる強風により大量の砂 埃が発生するため、帰還支援は6月から9月まで、一時的に中止される。
 しかし、このまま順調に進めば年内、もしくは来年には、今ある2個所のキャンプを1個所に縮小する可能 性も高い。

ソマリア難民帰還プログラムの概要

2月から5月まで、月に3回(約1,000〜1,500人/月)のペースで帰還プログラムを実施してきた。難民は、3 日間かけて出身地に戻っていく。

第1日目

朝早くにスタッフや帰還希望者は集合し、シェベレーにあるトランジットキャンプに向かうバスに乗り込む。 見送りの人も集まり、ワイワイガヤガヤと、バスに乗り込むまでは時間がかかるが、出発してしまえば、ア リアデからは3時間、ホルホルからは1時間の道のりである。
 通常、夕方にはシェベレーに到着し、スタッフは帰還者リストの最終確認に追われる。

2日目

ジブチのソマリア難民の場合、帰還に伴う支援として、9ヶ月分の食料、テント、ゴザ、調理器具、毛布等の 配給をもらうことができる。
その他、学生にはキャンプ内にて学校を運営しているUNESCO PEERが在学証明書を発行し、医療を担当するAM DAは健康診断書の発行を行っている。
 しかし、昼12時から4時までは、暑さのため全ての活動を停止。炎天下、無理に動いては、熱射病や脱水症 状の患者が増えてしまうからだ。そのため、関係者は夜中まで作業を続けることもまれではない。

3日目

トラックに配給品を積み、ソマリランドへ出発。国境までの距離は35Km あまりだが、道が悪くトラックだと 1時間半はかかる。
 国境に着くとUNHCRハルゲサのチームに引継ぎを行い、難民は同じトラックでそのまま各々の故郷へと戻っ て行く。場所よって異なるが、同じ日、もしくは翌日には出身地に到着し、10年に及んだ難民生活の幕を閉 じる。

「難民生活」からの自立

ホノルルキャンプ

帰還していく人々はさまざまな不安を抱えている。その中には、これまでのように毎月の食料配給もなく、 どうやって生活したらいいのかという声もある。
 彼らはもう10年以上「難民生活」を送ってきた。難民の人権は守られ、 WFP(国連世界食糧計画)による 食料の配給以外にも、UNHCRとImple menting Partner(事業実施契約団体)により、教育や医療サービスが 提供されてきた。
 ジブチにいるソマリア難民はノマッド(遊牧民)が多く、以前はヤギや羊、ラクダ等の家畜を連れ、草と 水を求めて移動を繰返し生活していた。しかし、過去10年を通じ彼らの生活スタイルは変貌し、「難民キャ ンプという都市の生活習慣」に適応してしまった。労働に対し報酬をもらうという健全な形ではなく、何も しなくても最低限の生活基準は保証されるという形で。

アラウサ・トランジット・キャンプ

−違法滞在者と難民認定−
アラウサキャンプ

昨年7月、ジブチ内務省が驚く発表をした。内容は、「違法滞在者の取り締まりを強化する。自分達の国に 帰れる人は1ヶ月以内に全員退去すること。」というものだった。
 なぜ突然このような政策に踏み切ったのか、ジブチ政府からの回答は納得できるものではないが、一説に はアメリカ軍やUSAIDがジブチでの活動を本格化するにあたり、町中を徘徊している人々を厳しく取り締ま ることにより、テロの可能性を最小限に押さえるための戦略だと噂されている。

ジブチはエチオピアやソマリア等の周辺国に比べ、状勢も安定し経済的にも利点が多いため、多くの違法滞 在者が職を求めてやってくる。職種も大工や車修理のメカニッシャンからガードマン、メイド、水商売まで 幅広い。外国人家庭でメイドとしているジブチ人家庭に、エチオピア人のメイドがいる、などという話も聞 いたことがある。
 街中での違法滞在者の取り締まりが厳しくなることを受け、5万人以上が祖国に自主帰還して行ったと言わ れている。また、「何らかの理由で自国に帰れない人々は、アラウサキャンプに行くこと。期限は8月31日ま で。」という内務大臣の呼びかけに対し、「アラウサに行けば、仕事をしなくても生活が保護され、食料が もらえる」という勝手な噂まで広まった。
 内務大臣の発表した期限が切れる2日ほど前から、アラウサキャンプに続々と人が集まってきた。3日のう ちに約1万3千人が押し寄せ、どこも混乱状態であった。住居はまったく足りず、食料はない、水も十分には なかった。関係機関が必要最低限の生活環境を整える間、大量の人々がAMDAのクリニックに助けを求め、や ってきた。

空腹や栄養失調は、薬だけでは治療できない。私たちが患者の診療に追われる一方、キャンプ内では空腹と 苛立ちから暴力の衝突が頻繁に起こり、傷や火傷を負った患者が多い日には10人以上クリニックに担ぎ込ま れてきた。また、出産数も多く、2ヶ月間で100人以上の赤ちゃんがAMDAのアラウサクリニックで誕生した。
 そして、これまで多くの違法滞在者で溢れ、賑っていたジブチ市内は、ゴーストタウンのように静まり返 った。新聞には、洗濯物がたまって着る服のないジブチ人や、朝ご飯が準備されていないため空腹で学校に 行く子供等、違法滞在していたメイドのいなくなった家庭の様子が描かれた。これにより、ジブチ人の雇用 機会が増えることも予想されたが、「ジブチ人は仕事をしないから雇いたくない」というジブチ人も多いら しい。
 その後、AMDAは少しずつ医療施設やスタッフ、衛生環境を整え、主に次の活動を実施してきた。

医療施設の修復、新設


●クリニックの修復工事 (診察室や分娩室、薬局)
●リハイドレーション・センターの設置 (下痢患者の入院テント)
●ポスト・デリバリーセンターの新築(出産前後の入院室)
●栄養給食プログラム用キッチンと倉庫の設置

スタッフの人材育成


●アラウサに集まってきた人の中から、これまでに医療に携わってきた人材をAMDAのスタッフとしてリクル ートし、ドクターによる講義や実践訓練を行ってきた。
●HIV/エイズについてのセミナーを開催。
●結核患者の痰検査の方法

コミュニティー内での活動


●予防接種キャンペーン
●トイレの新築
●キャンプ内の掃除キャンペーン
●HIV/エイズについて知識を広めるイベント
●5歳未満の栄養(健康)診断(栄養失調児は栄養給食プログラムに登録)

現在のところ、健康状態は比較的安定しているが、油断は禁物。暑さと水不足から下痢を訴える患者は多 く、また、結核患者も目立つ。

難民認定の結果通知

10ヶ月経った6月上旬、ジブチ政府とUNHCRによる難民認定委員会が「難民」として認定された約4,000人のリ ストを発表。
 戦争等の危険から身を守るためにジブチに移住してきた人や、政治的な理由から祖国に帰国した場合危険 にさらされる恐れのある人は「難民」として認定され、UNHCRからの支援や保護が受けられる。
 一方、経済的な理由等により出稼ぎに来た人々は、勿論「難民」としては認定されない。よって、根本的 な問題は何一つ解決していないにもかかわらず、このままジブチに滞在する資格を否定されたことになる。 したがって、もし今回彼らを強制的に帰還させても、また出稼ぎにくるのではないかと予想される。
 しかし同時に、テロを事前に防ぐという面では、効果があったといえるかも知れない。米国及びヨーロッ パ諸国は、東アフリカにおけるテロの脅威を継続的に警告している。ジブチでは、過去1年間に数回の爆破事 件が発生したものの、被害は少なく、正式な声明も発表されていない。

日本でも、テロ対策の警備強化により、搭乗時の検査や、入国管理が厳しくなっている。私たちにとっては、 少しの不都合だけだが、もしもジブチ内務省の発表がテロを視野に入れ実施したものであれば、ジブチに住 んでいた違法滞在者が受けた影響は計り知れない。

医師 アンドリュー ミッチェル
Life International (地元教育ボランティア団体)  (翻訳 出口純子)

難民キャンプでAMDAをお手伝いすることができたのは貴重な体験だった。時に品不足などはあっても、飲料 水、テント,食料、医薬品などの配布が当初から整然と行われたのは、立派なことであった。

キャンプに到着したとき、難民の多くは衰弱しているので、クリニックは繁忙をきわめ、また出産も毎日1 例あるほどの忙しさであった。残念ながら初めのうちは死亡者も多かった。キャンプでは容態が急変するこ とがあり、常に観察と警戒が欠かせない。

私は小児科医として、とりわけ子どもの健康に関心があった。AMDAでは特に危険に瀕している子どもを発見 することに力を注ぎ、そのような母子にミルク、食糧を余分に配布できるようにした。

われわれはさらに広範囲な問題にも取り組む必要があった。具体的には、妊娠中、授乳期の母親に対する保 健指導、身体の清潔、公衆衛生とHIV/エイズの予防と対策である。

当ジブチにおいてAMDAチームの優秀かつ思いやりある方々と働くことができてよかった。神のご加護があり 、困難な仕事ではあったが、やりとげることができたと思う。
心から、謝意をこめて。

難民キャンプにおける保健活動

AMDAジブチ Ali Ahmed Mohamed(衛生環境管理員)
(翻訳 出口 純子)

AMDAでは、ジブチにあるソマリアおよびエチオピア難民キャンプの保健衛生に関する問題について、病気の 予防と健康増進を計る取り組みを進めてきた。
 以下の視点から、保健活動を実施してきた。

1. 衛生環境および身体の衛生状態を向上させるために


・ パンフレットの配布、イベントの開催、スピーカーで流すなどして人びとの自覚を促すプログラムを実 施する
・一斉清掃などの環境美化運動をする
・基礎的な保健教育をする

2.保健活動において必要とされている主な事柄


・水と食物の確保と保存
・女性の割礼のような有害なしきたりをやめる
・HIV/エイズを主とする性感染症の予防と治療
・母子保健として母乳栄養と予防接種の普及
・適切な排泄物の処理として家族用の便所やゴミ捨て場の設置

3.コミュニティーヘルスワーカーの業務として


・ 毎日各担当区域を訪れ、保健施設との仲立ちをする
・結核のような深刻な伝染性の病気にかかっていて治療を受けずそのままになって  いるひとを見つけ出す
・栄養不良の子ども、母親、病人のケア
・保健省配属のコミュニティ ーヘルスワーカーや、キャンプで働く他の医療関係者などとの  情報交換をする
・保健省、世界保健機構、ユニセフと の協働でおこなう予防接種プログラムに、ポリオ予防を主眼として積極 的に協力する
・キャンプ内の死亡率、移動率、出生 率、予防接種実施率などの統計デー タの管理する

実績

われわれのコミュニティーヘルスワーカーは医師や衛生環境管理員の提供するセミナー、トレーニングを通 じて保健医療の知識を深めている。また日々の業務のなかで現場の実習訓練を積んでいる。

これらの訓練の成果として優秀なコミュニティーヘルスワーカーがでてきている。なかには看護師が不在の とき、医師の監督の下でその代わりを務められるまでになっている。

コミュニティーヘルスワーカーはキャンプ内での地道な保健教育を続けているので、環境衛生と住民の健康 状態も改善にむかって明るい見通しがでてきた。

難民キャンプの人びとはほとんどが遊牧民の出身である。そのため彼らに排泄物、廃棄物の適切な処理、つ まり指定のゴミ捨て場を使用することなどを教えるのはコミュニティーヘルスワーカーにとってきわめて難 しい。繰り返し注意を促すことで自覚を高め、キャンプではしだいに衛生意識が定着し始めた。いまでは家 族用の便所などを求めるようになってきた。

衛生面以外に難民キャンプでは、特に母親たちが子どもの健康についての知識を持つように配慮している。 たとえば乳幼児、子どもの命をおびやかす6大疾患について、予防接種の効果などの知識を提供している。
 もうひとつの重大な問題は母乳栄養の普及である。赤ちゃんに授乳することは両親の性生活の妨げにはな らないということを知らしめることである。しかしソマリア人はいまだに授乳する母親の性交が子どもに悪 い影響があると信じている。コミュニティーヘルスワーカーたちは両親や若いカップルを集めて、このよう な迷信は間違っていると説得に努めている。

コミュニティヘルスワーカーは多数のボランティアたちの手助けを受けている。彼らは難民キャンプの生活 環境をよくしようと日夜がんばってくれているのだが、今年多くの難民がソマリアに帰国することになって いる。われわれは、これからもできるだけ多くの人々と知識や技術を共有して、引続き難民キャンプの保健 衛生向上に資するように努力していきたい。




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